灰は龍炎に惹かれて   作:ジルバ

18 / 24
今回にはかなり独自解釈が入っております。
宜しくお願いします


第13話:EMBER RESTORED

 

 

──ホー……ホケキョ!

 

ウィンターフェザー──たしかアリーナが春の到来を伝えてくれる鳥だと授業の合間の雑学で言っていた覚えがある──の澄んだ鳴き声が木々の上から聞こえてくる。

 

そんな鳥のさえずりを聴きながら、私はタルラに朝早くから駆り出され定例会議に連行されていた。

 

「……やれやれ、凍原を駆けずり回って見つけた物資補給できそうな村がたったの二つとはな…」

「そう贅沢を言ってくれるなよ。……私達も、彼らも余裕が無い。互いに助け合える関係を築けただけでも充分な成果だ」

 

収入源(鉱山と軍の拠点)を狩り尽くしてしまった我々が物資不足に陥るのにそう時間はかからなかった。

そんな我々が拠点を移しながら凍原を彷徨った末に、そんな求めてやまない物資の交換を受け入れてくれた二つの村に恵まれ、その近くにあった集落跡に拠点を据えることにした。……しかし

 

「…その成果の恩恵もそう保ってくれそうにないがな」

 

木の根を齧りながらそう返すアッシュを見れば分かるが特に食糧不足が非常に深刻なものになっている。村から手に入れた食糧の量は決して戦士達や抱えている非戦闘員の者達全員に行き届く程のものではない故に困窮の完全な解決には至っていない。

彼は自身に配給された食糧を飢えた子供達にだけでもと譲ったり、拠点周辺で狩りをしてみたりと手を尽くしてはみたが精々気休め程度にしかなっていないのが現状だ。

 

「お前はよく食えるなそんなのを……」

「口が寂しくてな……というかそう言うお前も食べねば飢え死ぬ身なのだから贅沢言わずに食えるものは食いたまえよ」

「苔玉の時と言い何の躊躇いもなく食えるお前はどこかイカれ「おっとすまん」痛った!?」

 

“おたま”が突然私の手に現れ、驚いた私は()()手が滑ってしまいタルラの頭にその“おたま”をぶち当ててしまった。中々良い音を出すものだ。

 

「なんでおたまなんか持ってるんだ…!?」

「この前パツシィという子の母親が底が抜けたと言ってこれを廃棄しようとしていたのを見かけた時、何故か私は無性にそれが武器に思えてな。頼み込んで譲ってもらった」

「……お前やっぱり医者に診てもらった方が「懲りんな君は」ぐぅっ……!?」

 

……しかし、今思ってみてもタルラの言いかけたように確かに奇妙ではある。何故私はこんなモノを武器と認識できたのだろうか?

この目でどう見てもただのおたまにしか見えないのだが、このように実際に下手な武器と同じくらいには威力が何故か出せるのだから馬鹿にできない代物だった。

 

(……妙なこともあるものだな)

「…ん?おい、いつまで蹲っているつもりだ?会議なんだろう?」

「痛っつつ……後で覚えていろよ…!?」

「ククク…そんな涙目になった顔で脅されてもなァ?」

 

「……何やってるのよ貴方達……」

自分達が通ってきた筈の方から聞きなれた声が聞こえ、タルラとアッシュが二人揃って視線を向ければカゴを手に提げたアリーナがおり、呆れた様子で二人を見ていた。

 

「いつものことだ、気にしないでくれ…っとそうだ。おはよう、アリーナ」

「……おはよう、アリーナ」

「フフッ……はい、おはようございます」

 

三人はいつものように挨拶をする。挨拶、大事の精神だ。おかげで心なしか今日も一日頑張ろうという気になった…ように思う。

 

「そのカゴ……誰かの見舞いの品か何かか?」

挨拶も程々にしてアッシュはアリーナの持っているカゴをまじまじと見つめて尋ねる。

 

「ううん、ちょっと村で交換してもらいにね」

「……そういうのは物資補給班の役目では?」

「何を交換するんだ?」

「そうねぇ……缶詰の果物と干し野菜、あとドライフルーツかな」

「……特別重要な物ではなさそうだが…今は腹を満たすことさえ難しいんだ。今必要とするものじゃないなら──」

「タルラ、それは違うわ。…んんっ……コホンッ!」

タルラの言おうとしたことに頭を振り、わざとらしく咳払いをしたアリーナは眼をキリリとさせてどこか私の隣にいる女のような語り口で話し始めた。

 

“我々はいつも腹一杯食べられず、着る物にも事欠くからこそ──満たされる味覚、視覚、嗅覚、触覚に対する欲求は貴重なものとなる。そしてその欲求は、私たちがどんな生活を送るために奮闘しているのかを思い出させてくれるだろう”

 

「……健康な体もその一部。野菜や果物が少しでもあれば多くの人たちを病から守ることができるのよ」

 

彼女の語る交換の内容は確かにとりとめのない食物ばかりである。しかしアリーナもまた彼女なりに少しでも皆の為になることを模索しているのだろう。

私の先生はそういう娘だ。

 

「……私の口調を真似て私に反論するとは……悪知恵の働くことで」

「ククク……長いこと共に時を過ごしてきただけあって造詣の深い物真似だな」

「お前もやってもらったらどうだ?」

「私…?無理だろう……色々な意味で」

「できるわよ?やってあげましょうか?」

「やめてくれアリーナ、それは私が自己嫌悪で死ぬ」

 

その後も私達は他愛のないことに会話が弾み、各々の目的を忘れるほどに話し込んでしまった。三人揃うといつもこうだ。今の所タルラが会議に遅刻してエレーナかパトリオットにどやされる程度で済んでいるがいつかこちらにも実害が出てくるかもしれない。

 

……そうは思っても中々辞める気にはなれないのだが

 

「そうだ、アリーナに頼みたいことがあったんだ」

「あの件か。ハハ、気が早すぎるんじゃないか?」

「目途は立ってるんだから良いだろ?」

「そうか……まぁリーダーの望むままにするといいさ」

「何の話?」

揃って悪戯を決行する前の子供のような笑みを浮かべる二人にアリーナが怪訝そうな顔を作る。

そんな彼女にタルラがかねてから考えていたことを伝える。

 

「今後、感染者の教育グループを組織しようと考えていてな、もし実現したらそのリーダーを頼みたいんだ」

それは以前からタルラが誰に伝えるでもなく練っていたらしい案で、私もつい最近になって知らされアリーナに内密にと言い含められていたものだ。

私としても若いながらも博識で生徒たちへの細かな気配りのできるアリーナなら適任だと思っている。

 

「……私なんかで良いの?」

しかし、良い知らせの筈なのだがアリーナはあまり乗り気でなさそうな様子でタルラに聞き返す。

……何か都合でも悪いことでもあるのだろうか?

 

「戦士でない者達の間では私よりもお前のほうが評判が良いからな」

「……どうするかは君次第だ。私達は君の意志を尊重する」

「じゃあ──」

 

アリーナは俯いて暫くの間黙考し──

 

「──分かった。引き受けさせてもらうわ。……そうだ、就任のスピーチみたいなのはあるのかしら?」

「おっと!もう拍手喝采が聞こえるみたいだな?」

「……ハハッ、少なくとも私を含めた彼女の生徒全員は確定だぞ」

「もう!揶揄わないで!」

 

(……杞憂だったか?……しかし…思えばこの二人とはかなり長い付き合いになったな…)

私はタルラとアリーナと数年も共に過ごしてきた。これほどの年月を共に生きた間柄の者は少なくとも不死となった私の記憶にはいない。……“ダークリング”がこの身に現れる前の私にはそんな人がいたのかもしれないが。

 

……恥ずかしいので口から死んでも出せないが…私はタルラとアリーナに会えて良かったと思う。彼女たちのおかげで今の“私”が在るのだから。

もし私が二人に出会えていなければ私はどうなっていたのだろうか?興味は……いや、どうせあの(“火の時代”を生きていた)頃のまま変わることなくテラを彷徨い続けていたであろうことが想像できる。

 

──私は良き友人に恵まれた。自分で言うのもなんだが……私は果報者だと思う。

 

「……それじゃ、そろそろ行ってくるわね」

「!?待てアリーナ……よもや一人で村まで行く気か…?」

「今出かけるのは危険だと思うが……」

「用事は交換だけだからそんなに遅くならないわ。……そんなに心配しないで。」

身の危険を案じる二人にアリーナは笑って手に持つカゴを軽く上げて見せる

 

「しかし……」

「大丈夫、東の村はまだ監視隊の手が入ってないんでしょ?……貴方達に迷惑はかけたくないの。──じゃ、いってきます!」

「アリーナ……!」

仰々しい敬礼をして拠点を出ていくアリーナ。

 

……何故だか無性に嫌な予感がして落ち着けない。本当に彼女を一人で行かせて大丈夫なのだろうか…?

 

 

「……確かこの近くにウルサスの兵団の歩哨が巣を張り始めたよな…?」

「あぁ……」

脈絡の無い内容に聞こえるだろうがそれだけで私とアッシュの考えていることが同じだと分かった。

……杞憂に終わればそれで良い。だが──万が一のことがあるかもしれない。

だが今の私は個人の感情で身を振る訳にはいかない身だ。

「……タルラ、すまないが今日の会議は──」

(あぁ、そううずうずしてくれるなよ。全く──)

 

「みなまで言うな。……私も少しばかり心配になってきた。……頼めるか?」

「──了解だ、リーダーの手を煩わせるまでも無い。君の代わりに私が彼女の道中をエスコートするとしよう」

……本当に頼りがいのある騎士だよ、お前という奴は。

 

「あぁ……道中気をつけろよ」

「おうとも!」

傍から見ても張り切っているのがわかる様子で意気揚々と拠点を飛び出したアッシュを見送った私は遅刻確定となった会議へと向かった。

 

 

──杞憂が現実となることも知らずに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで……来ちゃったのね?」

「そうだ」

アッシュはいつかタルラにしてみせたように毅然と返した。しかもアリーナもタルラのように彼に苦笑する始末だ。

「……あなた達に迷惑をかけたくはなかったんだけど」

アリーナが魔術“見えざる姿”と“静かに眠る竜印の指輪”によるフルステルス状態のアッシュにつけられていることを後ろに続いていた自分のものでない足跡で気づけた時には既に彼女は村までの道のりを数キロは歩を進めてしまっており、さらに本人も断固として帰る気はない意思を貫いており、説得のしようが無かった。

 

「君に何かあれば悲しむのは私とタルラだけではない……君もタルラのことを言えないくらいには自分を大事にしていないきらいがあることに自覚したまえよ」

「でも……」

「護衛が嫌なら荷物持ちはどうだ?女性に荷物を持たせるのは男として失格モノだとアジン…スノーデビル達が言っていたのでな」

おかしな常識を埋め込まれてしまっているアッシュに思わずアリーナは笑い──折れることにした。

「もう……仕方ないわね。貴方に任せ」

 

 

 

どういうことだ!?あいつらまで俺たちを騙したのかッ!?

 

「「!?」」

 

その場に突然自分達のものでない子供の怒鳴り声が響き渡り、アッシュはアリーナを後ろに庇い、即座に“亡者狩りの大剣”と“石の円盾”を装備し臨戦態勢を取る。

 

「何者か!?」

 

「──アルス、気持ちは分かるが気持ちを制御して欲しかったな。──お前ら、張り込みは終いだ」

 

今度は低い男の声が聞こえ、それに伴って何らかによるアーツによって隠れていたのか、まばらに生えていた木々の間から幾人もの人影が輪郭を取り戻しながら現れてくる。

 

「全く…追放されて……その果てに駆け込んだ()()()から逃げ延びてから碌なことがない……監視官に襲われるわ、せっかく一人であの拠点から出るよう仕向けさせて作ったこのチャンスに護衛が着いてるわ、しかもその護衛が最前線で戦ってる筈のヒーロー様ときた…!」

 

彼等の装いは全身黒ずくめだったり、迷彩柄の装備を身に着けていたり、ボロボロの服を着た半裸であったりとバラバラだった。

 

 

「貴公等は…!?何故だ!何故こんなところに貴公等がいる!?」

──しかしアッシュはその顔触れに覚えがあった。

 

「……へぇ?俺らみたいな木端のことを覚えてくれてたんだな。嬉しいよ……んじゃ、悪いけど──」

 

無理に浮かべたような不自然な笑みを貼り付けた黒ずくめの男──ヴェンデッタは一瞬でその笑みを崩し、両目を殺気走らせ──

 

「そのエラフィアを俺たちに渡せ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村を捜索していた監視隊を殲滅し終えたタルラはその知らせを聞いた瞬間弾かれたように走り出した。

「タルラ!?」

走れ。

「お、おい!タルラどこに行くんだ!?」

走れ。

 

──タルラ!監視隊の生き残りを発見した。

 

──東だ。俺たちが追放した連中と鉢合わせになる可能性がある。

 

雪を溶かせ、ぬかるみを踏みしだいて走れ!

 

アッシュの杞憂が現実となってしまった。

 

走れ、もっと早く──手遅れになる前にッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ…ハッ……!!」

「走れ!アリーナッ!!」

多勢を一人で相手取れる訳がない、そう判断したアッシュは拠点へとアリーナを逃がすために撤退戦を試みる。

 

監視官の小隊程度ならばアッシュ一人だけでもどうとでもなった。しかし襲い来る敵手は──

 

「ぜりゃぁぁッ!!」

 

「くっ…!」

 

──同胞だった者たちだ

 

「よせ…!まだ間に合うぞ!?」

「間に合う…?いいや、もう俺達は手遅れなんだよ……何もかもがよォッ!!」

「ぬぅっ!?」

斬りかかってきたヴェンデッタの炎を纏った大刀を“石の円盾”で受け止め、説得を試みるが、相手は血走った目を飛び出しそうになるまでに見開き、大刀に込める力をさらに強めてアッシュを押し切る。

 

「撃て!!」

「了解……ファイヤァァッ!!」

(…っ!不味い……!)

 

ヴェンデッタはどうやら指揮官であるらしく、指示を受けた後方にいた対装甲歩兵が一発限りの十八番である使い捨ての榴弾ランチャーをアッシュへと発射する。

 

ドォォーン!!

 

爆炎がアッシュを飲み込む……が、アッシュは寸でのところで“石の円盾”から“黒鉄の大盾”に切り替えて直撃を防ぐ。

 

「ぐっ…」

 

しかし盾が受けた爆発の衝撃までは耐え切れなかったらしく、ランチャーの着弾点からのぼる黒煙からアッシュは地面を転がりながら飛び出る。

受け身を取り、直ぐさまエスト瓶を呷り、己が身に蓄積したダメージを回復させた彼は冷静に敵の構成を再確認する。

 

前衛はヴェンデッタの指揮官を先頭に流れ者とブッチャー。

中衛には……少年兵らしき術師と先の爆撃を放った対装甲歩兵の二人。しかしランチャーを撃った歩兵は前衛に加わってくるだろう。

遠距離は上級術師と射撃兵、技術偵察兵が一人ずつ。そして──四人の拳刃兵に守られているように待機させられている粗末な斧や短剣で最低限の武装をした非戦闘員が五人。

 

計…十七人

(……少ない…)

私はタルラ達が彼らの追放を決定し、拠点から追放した時に居合わせていた。しかし……その時は数十人といた大規模な集団だった筈だ。頭数が少ないのは相手取るにはありがたい話だが……何故こんなにも彼らの頭数が減っている?

それに何故アリーナを狙う…?

 

(──それは些末なことだな。今は……)

 

頭を振って思考を戦闘に戻したアッシュは煙の中から相手の気配を察知して盾を新たに選定。

選ばれたのは“リンドの盾”、まずは指揮系統を担っているヴェンデッタを始末するべくパリィからの致命で確殺する算段だ。

(…!来るかッ……!)

 

黒煙が切り裂かれ、アッシュの予想通りにヴェンデッタが斬りこんでくる。

──しかし、それだけではなかった。

 

「どけぇ!!」

「ぐぉッ!?」

 

斬りこむヴェンデッタの脇からさらに流れ者が飛び出し、その巨体に物を言わせてアッシュを突き飛ばし尚も直進する。

 

「ッ!しまった……ッ!」

 

そう、彼らの狙いはアッシュではないのだ。彼女は“幻肢の指輪”の恩恵により遠距離攻撃に晒されずに済んでいる。しかし、技術偵察兵のせいで大まかな位置は割られてしまっている以上近づかれてしまえば“幻肢の指輪”は意味を為さなくなる。

アリーナも必死になって逃げてはいるが、身体能力に秀でていない彼女では鍛え上げられた体を有する戦士から距離を引き離せるはずもなく、寧ろみるみるうちに二人の間の距離が縮まっていく。

 

──アリーナを守らねば…!

 

「おっと、行かせねぇぞ!」

「邪魔をするなァッ!」

 

ヴェンデッタに“リンドの盾”と“亡者狩りの大剣”を投げつける。相手に得物で弾き飛ばされるがその隙にアッシュは全速力で流れ者に追走しつつ、外套の裏から取り出したククリを流れ者目掛けて投擲した。

 

放たれたククリが右の肩に突き刺さり、走った痛みに呻いた流れ者が僅かに減速したのを機にアッシュは虚を突かれ稼がれた距離を一気に詰め、腰に掴みかかって押し倒す。

 

「アッシュ!?」

「走るのを止めるなッ!走れ!!」

 

「離せェ!!」

抵抗する流れ者の後ろ蹴りを放ち伸び切った左足をアッシュが己の左の腕と脇で挟み込み、膝裏を殴りつけて膝をついた流れ者に回し蹴りで蹴り飛ばす。

 

──殺気

 

「ちっ……鋭い、奴だな」

悪寒が走りその場から前へとローリングしたアッシュのいた場所をブッチャーの伐採用の斧が空振り、叩きつけられた。危うく脳天をかち割られていたことにアッシュが冷や汗をかく間も無く、ブッチャーが迫り斧を振り下ろしてくる。

幸いブッチャーは一撃の破壊力は恐ろしいが動きは鈍重だ。斧を右斜め前へのローリングで軽く避け背後に回り込む。

混沌派生させた“ダガー”を手にしたアッシュはバックスタブで確殺するべく“ダガー”を握りしめた右腕をブッチャーのがら空きの背中に突き出す。

 

──しかしブッチャーの背に切っ先が刺さろうとする次の瞬間、アッシュの“ダガー”を握る右の掌を横から飛来した矢が射貫き、手から短剣が零れ落ちる。

 

「……つぅ!?」

「させないわ!」

矢の軌道を辿り見ればリーベリの女射手が弓を放った後だった。さらに追撃とばかりに隣にいた上級術師がアーツを飛ばし、それに便乗して追いついてきたヴェンデッタ達がアッシュに襲い掛かってくる。

 

「かかれ!」

……多勢に無勢、しかし退く訳にはいかない。少しでもアリーナが拠点に逃げ込む為の時間を稼がなければ。

 

上段から振り下ろされたブッチャーの斧を“傀儡の鈎爪”で往なす。続いてブッチャーの陰から飛び出でた拳刃兵の振るったジャマダハルが諸に顔面に当たるが逃亡騎士の兜が守ってくれたお陰で事なきを得た。

 

後退しながらの攻防を続けている内にようやくアッシュは自分が彼らに完全に囲まれて袋叩きにされていることに気づく。

 

(……もう逃げられんな、アリーナの為にも一人でも多く道連れに……したいところだが…)

いつの間にか背後を取り首根っこを鷲掴み上げてきた流れ者の顔面をアッシュが“黒騎士の盾”で殴りつけ、それでも離さぬその者の右足に鈎爪を突き刺しわずかに緩んだ拘束から抜け出すが、着地したその後隙を対装甲歩兵によって狩られ脇腹を手鎌で切りつけられる……しかしこれも逃亡騎士の鎧のおかげで外套が裂かれただけで生身までは届かずに済んだ。

 

道連れどころか反撃することすら許されぬ数の暴力による猛攻にアッシュの精神と集中が削り取られていく……

 

そしてついに──

 

「取ったぜ……」

(っ!抜かったか…!)

 

再び背後を取ってきた流れ者に振るった“傀儡の鈎爪”を装備した右腕を掴み取られ持ち前の怪力で上に弧を描くように背負い投げられ思いっきり地面にたたき伏せられてしまった。

 

「今だアルス!かましてやれ!!」

「任せろ!」

アルスと呼ばれた少年兵が右手にアーツの炎を起こしながら叩きつけられた地面から立ち上がろうとするアッシュに切迫し──

 

「喰らえやァッ!!」

彼の眼の前で炎が炸裂し、逃亡騎士の兜のスリットから入り込んだ炎の奔流が──アッシュの眼を灼いた。

 

 

 

 

 

ギ……アァァァァァァァッー!!?

 

苦悶に悶えるけたたましい叫び声にアリーナは思わず走る足を止めて後ろを見てしまった。

 

「み…見えない…!…目がァァ!!?」

「畳みかけろ!」

目を焼かれ視界を潰されたアッシュががむしゃらに“傀儡の鈎爪”を振り回して足搔き続けるが、それもヴェンデッタの大刀によって腕を半ばから斬り飛ばされて無駄に終わる。

アーツが、矢が、戦士達の得物がアッシュの命を削り取っていく度に彼まき散らすの血が積雪を染めていく──

 

「や、やめて……やめてッ!!」

アリーナの悲痛な懇願が聞き入れられることは無く、彼等は攻撃の手を緩めない。

 

「うっらぁ!!」

流れ者の棍棒のスイングが腹に入り彼等が総攻撃の締めに入る。

 

「死に……やがれぇーッ!!」

少年がアーツを限界までチャージした掌をアッシュのボロボロになった鎧に触れ、零距離で放出させた。

 

彼の炎のアーツはタルラには遠く及ばぬものであった、自慢のフルチャージの一撃でさえも。しかしそれはあくまで最前線で戦う彼女と比べての話だ。

 

フルに溜められたアーツによって吹っ飛んだアッシュが二度、三度とスーパーボールのようにバウンドした後に受け身を取ることなく雪煙を巻き上げながらゴロゴロと転がっていく。

 

「アッシュッ!!」

 

雪煙が晴れてアリーナが見たアッシュの姿は見るも無残なものに変わり果てていた。

鎧の隙間と切断された右腕から血が流れ続け、もう片方の腕も落下した体勢が悪かったのかあらぬ方向に折れており、奇跡を行使する気配はなく体を痙攣させる以外の反応が無い。まさしく満身創痍の状態だった。

 

しかし、そんなアッシュに感染者の戦士たちは容赦などしない。

 

「痛ぇ……手間取らせやがって…!」

「最前線張り続ける怪物なんて敵いっこないって思ってたけど…後戻りできないよ、リーダー……」

「……百も承知だ。だがもう長生きできやしないんだ。せめて好きに生きよう……アイツらの分まで」

 

流れ者がアッシュに引導を渡さん太股で駆け寄る。

 

 

アッシュは自分が不死だと言っていた。彼が真面目な顔で私とタルラにそう教えてくれたのだからきっとそうなのだろう。……でも──

 

気づいた時には足がアッシュを庇おうと動いていた。

鬼ごっこの時しか碌に走ってなかった筈の足はいつもよりも速く私を走らせて、アッシュの前に辿り着かせてくれた。

 

「やめてください……ッ!」

「嬢ちゃんよぉ……あのまま逃げてたらこいつの死は無駄にならなかったんだぞ?」

「どうして私を狙うんですか!?」

「それは「俺は……酒さえあればそれで満足だったんだよ…」」

ヴェンデッタが律儀にも答えを返す気らしく口を開くが、そこに流れ者が強引に割り込んだ。

 

「飯も皆が食えれば俺の分が無くたって満足だった……なんだって我慢できた……けどよ!!」

流れ者は涙を流しながら天に慟哭する。

()()()()()()はあんまりだろ!?俺たちが感染者だからってあんなこと平気でされて……頭おかしくなっても文句言えないだろうがよぉッ!」

 

流れ者が棍棒を目の前に立ちはだかったアリーナに振り上げる

 

「君がタルラの親友なのは調査済みだ。そんな君を殺せばタルラは俺たちと同じような絶望をすることになるだろう。文句言える身じゃないのは分かってる……でもやっぱりさ、この怒りを思い知らせる相手が欲しいんだよ。……悪く思ってくれ。俺達の復讐の為に殺される君には……俺たちを呪う権利がある。──テッサー……殺れ」

ヴェンデッタの指揮官が頭を垂れてアリーナに死を宣告する。

 

彼らの目には色々な感情が渦を巻いているように見えた。

憎悪、怒り、苦悶、そして──悲しみ

これらが綯い交ぜになって引き起こされてしまう今のような悲劇の数々。

一体彼らの身に何があったのだろう?でも……私にはそれを知る猶予がないみたいだ。

──でも…せめて

 

「お願いがあります……私を殺した後…直ぐにこの場を離れてください」

 

──アッシュの命とタルラの人の善性を信じる真っ直ぐな心の為に…!

 

「……そうだな、タルラがこの場に居合わせたら大いに怒り俺たちを焼き殺すだろう。……分かった、その言葉に甘えさせてもらう」

「嬢ちゃん……ごめんなァーッ!!」

流れ者が様々な感情によって流された涙でぐちゃぐちゃになりながら棍棒をアリーナに振り下ろした──

 

 

 

 

 

何故……こんなにも近くにアリーナの声が聞こえる…?

 

──アリーナを守れ

 

そう強く思い、エストを飲もうと腕に力を入れるが右腕は感覚が無く、エスト瓶を掴めているのか目がオシャカになっている故定かではない。左腕は感覚は残ってはいるが、絶えず鈍い激痛を走らせ脳の命令を拒絶する。立ちあがろうとしても結果は同じだ。己の身体のはずなのに体が言うことを聞いてくれない。

 

(……あぁ、これはダメだ)

 

今まで積み上げてきたきた死の経験による直感で己がもうこれ以上生きられないことを悟る。

 

(ここまでか……結局私程度では何も護れないということなのか……)

 

体が急速に冷えゆき、意識が霞んでいく。

 

(次こそは……いや、次など無い…か)

 

死ねば拠点にある篝火に戻ることになる。拠点からこの場までに戻るまでにアリーナが彼女の命を狙う歴戦の戦士たちから逃げ切れるはずがない。捕まれば…殺されるだろう。

(不死)と違いアリーナ達は──一度死んだらオシマイだ。

 

──思えば、テラで死ぬのは……これが初めてだったか

 

「アリ…ナ…」

 

生きる活力を失ったアッシュは意識を深淵へと堕ちゆくのに委ね──

 

 

 

 

 

 

 

──良いのか?──

 

死へと消え失せ往くアッシュの意識を“声”が引き止めた。

 

(何だ……?)

 

声が散らつく。

 

(何者だ…?)

そう問い返すが、声は応えず自身の問いだけをアッシュへと投げかける

 

──……あの娘をみすみす殺されても良いのか?──

 

──貴様は誓いを違える気か?──

 

(誓い…?貴様は一体何を……?)

 

──……“二人に如何なる災いが降りかかろうと、私が守り通して見せよう”──

 

(それは…)

脳裏に蘇りしはかつて、あの村でタルラとアリーナと共に旅立つ前に書き記した──老夫婦への誓いの言の葉。

 

──そうだ。あの娘等を命を賭して守ると貴様はあの老いた夫婦に誓った筈だ──

 

──ならば……であるのならば…ッ──

 

今まで無機質なものであった何者か声が荒々しいものへと変わる

 

──ならばその不死の身を以て此度の誓いも死んででも果たしてみせろ!!──

 

──そうやってお前は……■は生きてきただろうッ!!?──

 

(……そうだ、私は──)

 

──君に、願いがある…

──……よく、聞いてくれた…これで、希望をもって、死ねるよ……

 

私をあの不死院の牢獄から救ってくれたあの名の知れぬ騎士から託された使命を代わりに私が果たすと、

 

──いつか貴方が、すべてを裏切るその時まで……

 

“火”の終焉への道を歩むと、

 

私は己の屍の山を築き続けながらもその意志を貫き通した。

 

それは火の時代に生きていた頃からの今もなお変わらぬ己の在り方……!

 

(──そうやって……私は生きてきた……ッ!!)

 

──そうだ、それで良い。さぁ、死の淵から還るがいい……灰の英雄──

 

アッシュは手の中に小さな火が起きるのを見た。

 

それはとても小さな弱々しくしかし確かに──燃えていた

 

アッシュはそれを──

 

 

 

 

 

 

流れ者の棍棒がアリーナへと振り下ろされる。

巨漢の負の想いが渦巻いた感情と怪力の乗せられたその一撃、アリーナの華奢な体が容易く粉砕されるのは明白であった。

アリーナは迫る死への恐怖を押し殺しきれず、目を閉じてしまう。しかしそれでも……一歩も退かなかった。

 

(……ごめんなさい、タルラ。私…約束を守れそうにないみたい)

 

後悔はあるけれど……やっぱり我慢できなかった。

 

たとえアッシュが死んでも蘇れるとしても……彼が死ぬ瞬間を見たくない。そしてタルラに人の醜さ…残酷さを見てその眼と心に曇らせてほしくない。

 

(あぁ──なんて身勝手なんだろう、私…)

 

彼は優しい人だ。私が死んだ後に彼がどれほど後悔と絶望するのかわかっているくせに、自分がそんな思いをしたくないからって楽しようとしてる。

 

……こんな私は先生失格だ。

 

「タルラのこと……あの子(サーシャとイーノ)たちのことを…お願いね、アッシュ。それと──」

 

──……酷い先生だ

 

「……ごめんなさい」

 

そう言い残し、アリーナは目を開いて迫る死を受け入れ──

 

 

 

ゴォォッ!!

 

「!?なん……ぐぉぁぁッ!!?」

「え……?」

 

その瞬間、アリーナの背後から炎が吹きすさび、アリーナに死をもたらす寸前であったならず者の巨体を押し出し、吹き飛ばした。

 

「炎だと!?ま、まさか…!」

 

突如現れたその炎に追放者たちが恐れ慄く──タルラが来たのだと

 

《b》カチャリ……

 

──しかしそれは見当違いというもの

 

「……っ!いや…違うッ!!」

 

…ガチャリッ…!

 

「噓でしょ…!?」

 

──その炎は龍炎にあらず

 

──蘇りし残り火は盛んに燃え、そして彼の者の命の鼓動は未だ止むことなく──

 

「あんな体で…まだ立てるというのかッ……!?」

 

ガチャリッ!!

 

「あ……」

自身の背後から流れてくる火の粉に釣られ、そして彼と共に過ごすうちに耳に馴染んだ鎧の鳴らす音に、弾かれたように振り返るアリーナ。

 

 

彼女がその眼に焼き付けることになる────

 

「──アッシュ……!?」

 

火の粉を散らし、轟々と紅蓮のごとく燃え滾る焔を躯体に帯びた彼の者の姿を…!

 

 

 

 

 

 

 

EMBER RESTORED

 

 

 

 

 

 

 








あとがき
書きたかった場面の一つにトウチャコ…


残り火をに巡らせて再起動を果たした灰の方。
死に頻していた彼に発破をかけたのは声の主は一体何者なのか…?

劣勢になった主人公の覚醒からの続きは次回という特撮みたいな終わり方でしたね
今回と次回の下書きを書いていた当時の私は特撮とかの王道展開に脳を焼かれていた状態で好き放題に書いてました(最高裁善の魔王を見ながら

さて、アリーナを殺めた下手人が監視官なのか、それとも元仲間の感染者達なのかあるいは別の誰かの仕業なのかは明言されていませんが、私的にも黒蛇的にもタルラ自身が追放した同胞がタルラの無二の親友を殺った、っていうシナリオの方がタルラを絶望させられて今後の計画に都合が良いんじゃないかと思うのです。
アリーナがタルラに決して誰に襲われたのか事切れるまで言いませんでしたしね

何よりこの世界は公式が曇らせの最大手であらせられるアークナイツの世界だ。

皆さんはどう思いますか?私、気になります

しかし後に本家で本当は監視官に見つかって…っていう事実が判明する可能性がありますので…拙作の展開はあくまで灰の方が至ったテラの話ということで、、納得いかない方はお許し下さい!(CV泉研




次回、身命を賭して

元ネタはファフニールの騎士の覚醒BGMです。
このBGM聴きながら書いてて筆がすんごい乗りました(隙自語
気になった方がいたら是非聞いてみてください。そしてもし興味持ったら新世界樹の迷宮2を買ってプレイしてみよう!面白いヨ。3DSのゲームだけど

もし良ければ感想評価、お気に入り登録を宜しくお願い致します
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。