ヒュンッ!
我々は拠点にイーノとサーシャを連れ帰った。……が、彼等は案の定だが身寄りを失っていた故にアリーナの元で二人の面倒を見てもらうことにした。
そしてアリーナに手を引かれ、彼女の開いた学校の新たな生徒となったのだが…イーノもサーシャも同級生である子供達に中々心を開かない。
二人が気を許すのはタルラとアリーナだけだった。
タルラもアリーナも人の心に寄り添うことのできる娘たちである故、当然の結果であろう。
──そう、私は何故か二人に会うとまるで不審者に対しているような様子で警戒されるのだ。
……私は子供の相手は好きでも嫌いでもないが…流石に少々心にクるものがある
「おい、矢を寄越せ」
「……む?…おぉ、もう撃ちきったのか、どれどれ……」
二人は我々に会うまでに酷い境遇に身を置かれていたのは聞かずとも分かる。そんな二人の荒んだ心を癒すのは私の出る幕ではない、そう思い余計な真似をしないよう彼らから距離を置いていたのだが──
サヴラの方の少年……サーシャから私に接触してきたのだ。与えられていた私の家屋に押し入ってきたのには大そう驚いた。
──力が欲しい
サーシャは私に向かってそう言った。
フロストノヴァから弓の手解きを受けていた筈なのだが、どうやらそれだけでは満足していないらしかった。
年端のいかぬ少年に無縁であるべき戦いの術を教えることに気乗りはしなかったのだが……
……彼の玄関の前に居座り続けるほどの忍耐強さと愚直さに私は折れた。
今では私も修練場で彼の面倒を見ている。
「……うむ、脳天を精確に射貫けている。体格に合っていない得物なのによくやるものだ」
「ふん…」
私が彼にクロスボウを与えた。
サーシャの強みはその縦横無尽に動き回れる身軽さと──己、あるいは行使された者の姿を掻き消すアーツだ。
この二つが組み合わされば近接戦闘で無類の強さになるとは考えた……が、それはまだこの子には早すぎる。
まずは…私達に出会う以前から今まで培ってきた弓の技術を活かせる狙撃手としての技術から伝授していくとしよう
──願わくばサーシャにはそれで満足して貰いたいものだが
「……良いのか?あの金ピカ鎧ボッコボコだぞ」
「ん?……あぁ」
どうやら彼には並外れた射撃・狙撃の才を持っているようで、私が的として用意した憎き「抱かれ」騎士の甲冑の兜にボルトが刺さりまくっており、どれも脳天や耳、目のある位置などを精密に射っていた。
「構わんよ、遠慮なくこれからも的にしてやってくれ。それの持ち主だった者もきっと喜ぶことだろう。さぁ、次は……そうだな、腕や足の関節を狙って見てくれ。もちろん──」
「実戦を想定してだろ?……了解だ」
ロードランで牢獄から助けてやった恩を仇で返してくれたあの“ウルサススラング”野郎の鎧くらいだろう、的当ての的にしても全く胸が痛まないのは。
それにボルトの山になるのを見ているこっちも心なしか気分が良い。
私から受け取ったボルトを貸し与えた“ヘビークロスボウ”に装填したサーシャが疾駆する。
迅速に、そして一切の物音気配を無くした上で、少年は寵愛の鎧の腕と足の関節を射貫き、最後のボルトで止めとばかりに兜を弾き飛ばしてみせた。
「終わりだ」
「見事。装填もスムーズになったな。どうだ?クロスボウの使い心地は」
「……俺は鍛えてはいるが…非力だ、弓の威力も十分には出せていない。…けど、このクロスボウってのは狙いを定めて引き金を引くだけだ……こっちの方が俺には合っている」
「そうか、ならフロストノヴァに今後のお前の訓練をクロスボウのものにするよう頼んでおこう」
かなり気が早い気がするが、サーシャが狙撃手として大成すれば遠距離からの支援射撃は非常に心強いだろう。
手のつけられない厄介さを誇る“帝国砲撃指揮機”や“帝国歴戦先鋒”をノーリスクで処理出来るのはウルサス軍相手の戦において大きいアドバンテージだ。……私にとっても非常に魅力的な話ではある。
「今のを見ただけでも君のクロスボウの扱いは私よりも厄介なものに仕上がっていたと思う。……その“ヘビークロスボウ”はくれてやる。自分の体格に合った自前のを手に入れるまでのつなぎだ」
「分かった」
「……よし、今日はここらで終いとしよう」
満足気に頷いたアッシュは用意していた“アーバレスト”や“スナイパークロス”、そしてクロスボウ用のボルトを“底なしの木箱”を片付け始める。
「………」
しかしサーシャはどこか不服そうな様子であった。彼は暫し黙考した後、意を決して帰投の準備をするアッシュの前に立った。
「……おい」
「どうした?帰るぞ」
「……無いのか」
「…何が?」
「俺は「力が欲しい」と言った筈だ。…お前が色んな武器を出せるのは知ってる。俺にも使えるものは無いのか?」
(……そうきたか)
「……確かに私は多くの武器を蒐集し、使っている。…しかし生憎と君のような少年が十全に扱えるような代物は無い。諦めろ」
……短剣くらいならいけるか?いや、短剣だけでやっていけるとは思えん。ナシだ
「俺にはもっと力が必要なんだ…!何か無いのか!?」
アッシュが諦めるよう言うが、サーシャは引く気配は無い。
イーノとサーシャ連れ帰るまでの日々に、私が
この少年は超常的な力を有する武器を求めているのだろう
だが私の持つそういった武器たちは子供が使える代物ではない、この子には悪いが諦めてもらうしかない。
(しかし……力…か)
「サーシャ、お前は力を求めているが…何故だ?クロスボウで十分やっていける腕前ではないか。それだけでは足りぬと?」
「足りない。俺がイーノを護らなければいけない。……イーノは“ウルサススラング”な仕打ちをずっと受けてきた。あの時の俺は……無力だった。だから俺はイーノを傷つけようとする奴らからイーノを護れる力が欲しいんだッ……!」
そう語るサーシャの悲痛な顔はおおよそ幼子がしていい表情ではなかった。
──この子もなのか…。この子も覚悟を決めた眼をしている。タルラやエレーナがしていたような眼を……こんな小さな少年が…
この子もタルラやフロストノヴァ、そしてパトリオットのように自分の力を他者のために使おうとする意思を持っている。
(…それに比べて私は……)
──忘れないでくれよ、あんたは火と人々のために戦っている
──いつか貴方が、全てを裏切るその時まで
人々の為に戦った……しかしそれは身近な存在ではなく、顔も知らぬ者達の為であった。
一度は火の時代に生きる人々の為に己が身とソウルを“はじまりの火”に焚べ、二度目の生では火の時代の後に続く者達に新たな世界の在り方を委ねる為に今を生きる人々を裏切った。
自分が正しいと思ったことを為した。……所詮、自己満足だ。
ただ、自分の信じる道を歩んだだけだ。彼等のように大切な誰かのために戦ってなどいなかった。
そんな私では──
「……サーシャ、私の持つ力は私の行く道を阻む障害を排除する為のものなのだ。…それは君の求める力には相応しくないだろう」
「…………」
「だからタルラやフロストノヴァを「アリーナ先生が言っていた。“物は使いようだ”と」……なに?」
当たれ、とアッシュの口から出る前にサーシャが口を挟んだ。
「物も力も同じだ。使い方によって俺たちにもたらす結果が変わる。お前の言う障害を排除する為の力を俺がイーノを護るために使えば良い……俺はそう教わった」
「────」
開いた口が塞がらないとはこのことか。アリーナはよく胸に残るような言葉を口にするが……
(“物は使いよう”…か。そうか、そうなのか)
そうなのならば私も──
「……アリーナが言ったのだからそうなんだろうな。……良いだろう。ならば私は君の力になれるかもしれん」
「本当か…!?どんな武器だ!?」
「いやさっきも言ったが今のお前に十全に振るえる物はそうない。君がもう少し大きくなったら何か見繕ってやろう」
「そんな悠長なこと言ってられない…ッ!」
この子のお陰で私も良い学びを得ることができた。この借りはしっかり返さねばな
「そう急くな……今から君に私の極意を授ける」
「極意……?」
「あぁ…私が今までに遭遇した強者達を打ち倒し、ここにいることができるのもそれのおかげだ」
それは決して私だけのものでもないが……最早これを伝えられるのは…私だけだ
この少年に伝えよう──
それは技術と言える程の高度なものではない、ただ、
「それは──見て、覚えることだ」
何度も死に覚えることでしかないだから
「……は???」
サーシャのアッシュを見る目が馬鹿を哀れむような目に変わる。
「……お前俺を馬鹿にしてるのか…?」
「見て覚えるというのは記憶する能力に秀でた人の強みだ。その有用性に気づけばお前も考えを改めるだろう。ふむ……“覚える”では実感が湧きづらいか」
アッシュの言う“覚える”というのは本来は敵の攻撃を知り、対策を練ることに使ってきたものである。そうやって
アッシュはサーシャにソウルから取り出した“エストック”で戦技「貫通突き」を放って見せた。
「サーシャ、今の動きをどうすればお前は出来る?」
「剣で突いてるだけだろ」
「それだ。今君は「貫通突き」という
「……盗む?」
「そうだ。だが君の得物はクロスボウである以上「貫通突き」は無用の長物だな?」
「……そうだな」
しかし、テラを生きてきたアッシュはサーシャに彼自身が見出した“覚えること”のさらにその先を──盗むことを語る。
培った技能というものは決して奪われることは無い。何せ頭と身体に刻まれた形無きものだからだ。
それを──盗み、我が物に変える
「では……次はこれだ」
アッシュは次に“盗人の短剣”を装備し戦技「クイックステップ」で的にされた寵愛の鎧の背後に回り込みバックスタブを決めた。
「「クイックステップ」は攻撃の回避は勿論今したように敵の背後に回り込むように使う戦技だ。……さて、サーシャ、君はこれを自分がするとしたらどう使う?」
「…俺が囮になったときに敵から距離を引き離すのに使う」
「……子供が囮になる状況など我々が許さんが……私の伝えたいことは概ねそういうことだ」
そう、アッシュはタルラやフロストノヴァの戦う姿を見て──自分にもできる芸当を模倣し、自分に合わせた改造をし、活かすことに手をつけ始めた。
……そうでもしないとこの世界でやっていけないと確信した故だ。うかうかしていると置いて行かれかねん……
少なくともこのやり方は一度限りの生を生きる人間にも有用に働いてくれる筈だ。
「そうか……そうすれば俺は…!」
(……お前もイーノもまだ若い。命を摘み取られることなく天命を全うしてもらいたいものだ…)
気付きを得ることができたらしいサーシャにアッシュは首肯する。
「この拠点にはタルラやフロストノヴァを筆頭に経験豊富な戦士が揃っている。君の欲するモノを持っている者も必ずいるはず。…よし、今日の修練は延長だ。手始めに私の「クイックステップ」を盗ってみろ」
「………ガキの俺の為に……ありが…とう」
「クク……気にするな、イーノに死なれるのは私も寝覚めが悪いからな。…さぁ、始めるぞ!」
「……あぁ!」
数ヶ月後──
アッシュの影響を受けたサーシャは貪欲に周囲の戦士達の技術を盗み続け、単に狙撃手としてだけでなく、戦士としても大成するのでは、と一目置かれる程に育った。
そんな彼からアッシュはいつもの場所で決闘を申し込まれた。
久しぶりに上達ぶりを拝見させてもらおうと思い彼は快く受けて立った……が、
「フッ!!」
矢継ぎ早に放たれるボルトの連射によって動きを制限されたアッシュにサーシャのアーツが込められた暗い紫色を帯びた渾身の一射が放たれる。
「ぐ…ぬぉぉ…ッ!?」
苦渋の判断の末、大剣の刀身によるガードを試みる。
渾身の一射の威力は半端なものではなく、そのガードを剝がされはしたが直撃は免れた。直ぐにサーシャに向かって駆けだす──しかし、後ろに退かれ距離が開く。
再びやってきたクロスボウの連射を横へのローリングで避け、魔術“ファランの短矢”で反撃……するがそれもサーシャの“クイック”どころではない回避距離に魔改造された「クイックステップ」で容易く避けられながら射程距離から抜け出され、向こうの射撃が返ってくる。
アッシュは……サーシャの遠距離からの引き撃ち戦法に完封されてしまっていた…
そして今──
サーシャは再びアーツを纏わせたボルトの一射を──あろうことか自分の足元に向けて放ち、雪煙が天高く舞い上がる。
(まずい、見失ってしまったな……)
雪煙が晴れた時にはサーシャの姿は跡形も無く消えていた。
あの精度の高いカモフラージュのアーツで姿を消したサーシャを肉眼で捕捉し直すことは不可能だ。お手上げではあるが相手に悟られぬよう探す素振りをするアッシュ。
カチャリ……
その背に回り込んでいたサーシャのクロスボウがアッシュに突き付けられた。
「チェックメイトだ」
「……ハハ、もうすっかり上を行かれたな。私も現役引退を考えた方が良いかもな?」
「青い結晶の塊とか浮かぶ火の玉みたいなのを出して姿を消した俺の接近に気づくことができたはずだ。……お前、手を抜いてただろう…?」
カラカラ笑うアッシュにサーシャは不服そうに返す。
「考え、実行に移す間もなかったさ。それに最近じゃ私はタルラやエレーナに碌に勝てていないんだ。…君はあの二人に並ぶほどに強くなったということだ」
「……俺がタルラ姉さんに敵うもんか」
「そんなことはない、私が保証しよう──お前にも背中を任せられるとな」
「……イーノを護る為の力だが…お前にもタルラ姉さんやフロストノヴァたちにも恩があるからな」
「おう、では今後もあの鬱陶しい空飛ぶ円盤の処理頼むぞー」
「……任せろ」
……とはいえ私は引退を考えてなど一切ない。
──私の持てる力の全てを以て……タルラやアリーナ、そしてイーノとサーシャ達──彼等を守っていくと決めたのだから
このテラは地獄のような有様だが……こうしてこの世界に生きる者たちから学べたことが多くあるのも事実だ。
──サーシャのおかげでまた一つ、今の私という“ヒト”を成すものが増えたように
“雪兎のステップ”
アッシュから学んだクイックステップをフロストノヴァと共同し、
サーシャが彼なりの改良を施した戦技
それは高速で、また移動距離も長い
彼が狙撃手として接敵を許した敵に対する護身の技である
それと同時に彼が護ると誓った少年の身代わりとなった際を想定したものだ
あとがきの時間だ
ロートレク……すまんな(バックスタブ
引き撃ちを覚えたサーシャ。引き撃ちはレイヴンの嗜みですよね
私も今までも今もよくやってます
こんな小さな子にすら命の奪い合いをさせるテラ社会、もう終わりだよこの世界、そうだ一つにしよう!(堪えきれぬ狂い火
次回、貴方が生きる理由
アリーナ回です。……出番、全然無かったねごめんなさい…(土下座
良ければ感想評価、そしてお気に入り登録をよろしくお願いいたします