江戸以前に建てられて現在もその姿を残している日本のお城巡り。12城のうちの11城目となりました。
今回は諸説様々な意見がある中で、犬山城と並んで「日本最古の現存天守」を主張している丸岡城です。

永平寺から東尋坊行のバスに乗ること36分で城入口バス停。そこから3分ほど歩いてこの長めですが、今まで見てきたお城の中でも「観光臭くない度」ではナンバーワンです。
普通の田舎の住宅地や田んぼの中に、まるで古い神社かお寺かというくらいのさりげなさ。参道はおろかお土産屋さんの一件すらありません。

最初に目を引くのは天守本体に対してかなり高さのある石垣と階段。古さを競うだけあって見事な野面積みの石垣ですが保存状態は良好です。

入口への階段、長いです。石垣の内部は特に構造物はなく純粋な盛土のようでした。


縄に頼らなければ登れないほぼハシゴな階段を登って2層3階の最上階へ。下層から貫く通し柱はありません。


日光以来気になって仕方ない釘隠し。

後世の城のように先細りの角錐になっていない狭間。その先に丸岡城の特徴の一つである石の瓦が見えます。
この丸岡城、1979年の角川映画「戦国自衛隊」では、春日城であるという設定で合戦シーンの舞台にもなっているんだそうです。

ヘリコプター、なんと合成ではありません。凄腕のパイロットが実際にここでホバリングして長尾景虎役の夏八木勲さんがヘリコプターから下した縄梯子に飛び移ったとか。
重要文化財を使ってなんという無茶なことを。ほとんど記憶がないので今度ツタヤに行って見なければ。
「戦国自衛隊」から遡ること30年の1948年(昭和23年)6月28日16時13分29秒、福井県はマグニチュード7.1の巨大地震に襲われます。その時の震源地が丸岡町でした。
死者・行方不明者 3769名、全壊 3万6184戸という大被害をもたらしたこの地震で丸岡城は倒壊します。ほぼ震源地の真上にあり、建物の構造も強靭ではありません。

丸岡町の偉かったところは、倒壊した城の材や瓦をできるだけ多く町で保存たところです。その材を使って7年後に城を再建してしまいます。
ということで、材や瓦の多くの部分が16世紀~17世紀のものをそのまま使用しているということで「現存天守」12の中に数えられているわけですが
上の倒壊した写真を見てしまうと「現存」と朗らかに言い切ってしまうのはちょっと苦しい部分もあるなあと思ったりもしましたが、、、、ま、いっか。
今回は諸説様々な意見がある中で、犬山城と並んで「日本最古の現存天守」を主張している丸岡城です。
永平寺から東尋坊行のバスに乗ること36分で城入口バス停。そこから3分ほど歩いてこの長めですが、今まで見てきたお城の中でも「観光臭くない度」ではナンバーワンです。
普通の田舎の住宅地や田んぼの中に、まるで古い神社かお寺かというくらいのさりげなさ。参道はおろかお土産屋さんの一件すらありません。
最初に目を引くのは天守本体に対してかなり高さのある石垣と階段。古さを競うだけあって見事な野面積みの石垣ですが保存状態は良好です。
入口への階段、長いです。石垣の内部は特に構造物はなく純粋な盛土のようでした。
縄に頼らなければ登れないほぼハシゴな階段を登って2層3階の最上階へ。下層から貫く通し柱はありません。
日光以来気になって仕方ない釘隠し。
後世の城のように先細りの角錐になっていない狭間。その先に丸岡城の特徴の一つである石の瓦が見えます。
この丸岡城、1979年の角川映画「戦国自衛隊」では、春日城であるという設定で合戦シーンの舞台にもなっているんだそうです。
ヘリコプター、なんと合成ではありません。凄腕のパイロットが実際にここでホバリングして長尾景虎役の夏八木勲さんがヘリコプターから下した縄梯子に飛び移ったとか。
重要文化財を使ってなんという無茶なことを。ほとんど記憶がないので今度ツタヤに行って見なければ。
「戦国自衛隊」から遡ること30年の1948年(昭和23年)6月28日16時13分29秒、福井県はマグニチュード7.1の巨大地震に襲われます。その時の震源地が丸岡町でした。
死者・行方不明者 3769名、全壊 3万6184戸という大被害をもたらしたこの地震で丸岡城は倒壊します。ほぼ震源地の真上にあり、建物の構造も強靭ではありません。
丸岡町の偉かったところは、倒壊した城の材や瓦をできるだけ多く町で保存たところです。その材を使って7年後に城を再建してしまいます。
ということで、材や瓦の多くの部分が16世紀~17世紀のものをそのまま使用しているということで「現存天守」12の中に数えられているわけですが
上の倒壊した写真を見てしまうと「現存」と朗らかに言い切ってしまうのはちょっと苦しい部分もあるなあと思ったりもしましたが、、、、ま、いっか。
影も形も無いじゃない。あ、影はあるか。
ヘリが飛んでる写真、
Bさんが撮ったのかと思いました。
私ごときにわか城好きがどうこういえるアレじゃあないんですが。
我が家としては、弘前城と丸岡城は現存10城+補欠の2城という扱いです。
とか思ってきちゃうともう何でもありな感じですけどね。
外壁とかとの距離感というか、手近感が格別であると思われます
あと、現存具合の話をすると、本当に手付かずのって4箇所くらいになっちゃいますよ :-)
木造建築なので古くなった材を新しい材に入れ替えて
より良い状態を保つことは必然だと思います。
仮に長い時間の中で江戸以前の材がほとんどなくなってしまったとしても
修理しながらということであれば、その建物は生き続けていると思いました。
100年続く焼き鳥のタレみたいなもんです。
ただ、一度棟上げをした建物が倒壊して棟を落としてしまったら
その建物の生命は一度断たれてしまったような感想を持つのでした。