孤独な特許翻訳者、仕事のモチベが上がる瞬間とは?
「特許翻訳」の仕事に就き20年以上が経ちました。
特許事務所で翻訳者としての経験を積み、フリーランスになって早5年目。ありがたいことに仕事の依頼は途切れず、納期に追われる日々です。
フリーランス翻訳業は孤独な仕事。翻訳の分野(出版翻訳、映像翻訳、産業翻訳)にもよるけれど、私が手がけている特許翻訳は孤独極まりない。
クライアントである翻訳会社や特許事務所との連絡は、すべてメールかベンダーポータル(翻訳管理システム)を使います。先方の担当者と直接会うことはおろか、オンラインで顔を合わせることもほとんどありません。
朝、事務所に行き、仕事を終えて家に帰るまでだれとも話さない。これがデフォルトです。
こんなスタイルの仕事は、人によって向き不向きがあるんだろうなと思う。
まわりに人の目がなくても、仕事に集中できるかどうか。パソコンの前にはりついて、1日中黙々とキーを打つ作業に耐えられるかどうか。売上目標を達成するように仕事を受注し、複数案件の締切をコントロールできるのかどうか。
人との会話がまったくない環境で、こういった作業を毎日淡々と続けていくわけです。
ね、孤独でしょ。
納品した翻訳文に「赤」が入る(修正がある)場合は、クライアントとのやりとりがあるのだろうけど、ありがたいことに「赤」が入ることは滅多にない。なので、クライアントとのコミュニケーションも最小限。工数が少ないのは、お互いにとって大きなメリットなんですけどね。
なんだか「孤独な仕事自慢」みたいになってきました。
♢
こんなに孤独な仕事なのに、どうして私は続けられるのでしょう?仕事のモチベーションは、いったいどこにあるんでしょうか?
まず1つ目。私は「調査」が好きなんです。
私が手がけている特許翻訳は日英。つまり、先端の科学技術について書いてある日本語の「特許明細書」を英語に翻訳する仕事です。
翻訳のために技術内容を調べたり、英語の文献にあたったり、適切な英語の使いかたを調べたり。
そういう調査が面白い。
調査は、翻訳の前にとりかかる地味な作業です。調査をとおして、自分がまったく知らなかった技術や、その技術のために働いている人たちの結晶を垣間見ることができます。
「こんな技術があるんだなぁ」と、知的好奇心がくすぐられる。
翻訳の仕事は語学力が1番大事なんでしょ?と思われがちですが、私が思うに、翻訳の品質を左右する大きなファクターが、この「調査」なんです。
一般的にいうと、翻訳の仕事をしたいと思っている人はそれなりの語学力をもっています。でも、語学力はそれほど違わないのに、翻訳文の品質が大きく異なる場合があります。
それは「調査」にどれだけ時間をかけているのか、の違いです。
翻訳のための「調査」を疎かにすると、クライアントから信頼してもらえるような翻訳文を仕上げることはできません。
この地味な「調査」を楽しめる私は、調査をとおして色々な情報にアクセスし、今まで知らなかった知識を得て、それによって仕事のモチベーションが上がるんです。
♢
その他に、モチベーションが上がるのはどんなときでしょう?
淡々と翻訳していると、ふと「技術との距離感がグッと縮まる瞬間」があります。
書かれている技術内容を読んで「なるほど、だからこういうことができるようになるんだね」と思ったり、「この技術はこんな場面で役立ちそうだな」と想像したり。
つまり、技術内容と自分の生活とのあいだに接点が見えたとき、その技術の現実味が増し、仕事のモチベーションは一気にアップ。
技術がどこか遠い世界の話ではなく「ジブンゴト」になると、突然視界がパッと開けたような感覚になります。
そんなときは、翻訳がサクサク進んでめちゃくちゃ気持ちいいんですよ。
♢
また、つい最近「うぉーっ!これはモチベーション上がるわぁ!」という瞬間がありました。
大阪・関西万博に行って、会場で見つけちゃったんですよね。
次世代の太陽電池と注目されている「ペロブスカイト太陽電池」を。
このオブジェのように立っているガラス板が「ペロブスカイト太陽電池」です。ガラス板に描画できるという自由度の高さを生かして、まるでアート作品でしょ。
このペロブスカイト太陽電池の技術。
かなり以前から、私はこの技術の特許申請書類を翻訳する機会が、なんどもありました。
ペロブスカイト太陽電池の構造を説明する図面を見ながら、電池なのにこんなに薄くて、クルクル巻けたり、折り曲げたり、アートのようにも使えるなんてすごいわぁ。こんな太陽電池が実現できるの?と驚いたことを覚えています。
あのときの技術が製品になって、万博会場で私の目の前にあらわれたんですよ。なんという喜び!
「ようやく会えたね」
そう思いました。
ペロブスカイト太陽電池の特許翻訳文を納品するたびに「どうかこの技術が無事に世の中に出てきますように」と思いながら、クライアントに納品していたんです。
製品化された姿は神々しい。
一介の特許翻訳者がそう感じるくらいだから、実際に技術を発明・開発した方たち、製品化した方たちは並々ならぬ思いがあるだろうとは容易に想像がつきます。
これまでも実際に商品となった「特許技術」を見て嬉しかったことは何度もあったのですが、今回のように、日本の技術を世界にお披露目する万博会場で実物のペロブスカイト太陽電池に会えたのは、想像を超える喜びで、誇らしい気もちでした。
ほんのちょっぴりだけど、私はこの技術と関わりがあるんだよ、そんなふうに自慢したくなりました。完全な黒子なんですけどね。
製品化された「特許技術」を目の前で見て、特許翻訳の仕事をするモチベーションはますますアップ。
だから好きなんだよね、特許翻訳。
今後はどんな技術がでてくるのかな。いま翻訳で手がけている案件も近い将来には世に出てくるはず。とても楽しみです。
さぁ、マーケットに出ておいで。
あなたとの出会いを待っている人がたくさんいるよ。
私も待っているよ、あなたを。
いいなと思ったら応援しよう!
大切な時間を使って最後まで読んでくれてありがとうございます。あなたの心に、ほんの少しでもなにかを残せたのであればいいな。
スキ、コメント、サポート、どれもとても励みになります。


コメント
18カミーノさんと「ペロブスカイト太陽電池」のつながりが物語を読むように生き生きと伝わってきました。自分の仕事が関わってるものを目にする機会があるとモチベーションが上がりますね。それが万博の会場とは!すごい。万博行ってみたくなりました。
taoさん、仕事のことは、ついアツく語りたくなっちゃいます。笑。
普段一人で仕事をしているせいか、自分の仕事が世の中と繋がっていることを目にすると思わずテンションが上がります。あぁ、社会の役に立ってるんだな、と実感して。
taoさん、機会があればぜひ万博にお越しください。私は通期パスを買っちゃいました✨さて、何回いけるかな?
うわあ、特許の仕事ってホントそんな感じですよね。
発明はもちろん発明者がするわけですが、その「世の中にまだない新しい技術」を理解したり調べたりして仕事をする。
書類の上だけで時代の最先端に触れられる(なので基本ひとり仕事)というのが、良くも悪くも特許の仕事の特徴だと思います。
一緒に仕事を始めた人で「こんな人間と触れ合わない仕事は向いていない」と言ってはやばやと辞めた人もいましたが(それはそれで向き不向きだと思います)、私はそんな仕事が楽しくてもう10年やってます。
背後にヒタヒタと迫るAIも気になりますけどね。
もーやんさんのおっしゃるとおり😊書類の上だけで先端技術に触れられる、すごく特殊な仕事だと思います。特殊だからこそ、人によって向き不向きはあるのかも。
人と触れ合わなくて、1人仕事が基本だから、早々と辞めていく人が一定数いるのも納得ですね。もーやんさんが楽しまれているということは、そういうスタイルの仕事に向いているんですね!私もそうです。笑
明細書をあっという間に書いてしまうAIというのは、現実的にはどうなんでしょうかねぇ。請求項とか、ね。近いうちに普及してしまうんでしょうか。中間処理はまだ無理だろうな、と思う私は楽観的過ぎるのかしら。