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02-5.

 それから、晴れがましい気持ちで市場へと移動する。


「今日食べるパン。それと、小麦粉に卵、バターに香辛料、それに豆も。……いつも常備しておきたいものは買っておかないとね。それと、今晩のメニューは何にしようかしら」


 マジックバッグは不思議な魔道具でいくら入れてもかさばることはないし、重量が重く感じることもない。卵が中で潰されることもない。実際、とても不思議で便利な代物である。


 そして、一年分とはいえミドルヒールポーションとハイヒールポーションで貯金したお金がある。


 欲しいものはいくらでも買ってしまえば良い。それに無駄なものではない。これからの生活に必要なものなのだ。


 活気のある市場を歩いて見て回る。新鮮な果物や野菜や香草も並んでいて目を引くが、それは農園(ユートピア)にみんな揃っているから必要はない。必要なのは、肉や魚、豆や穀物といったものだ。


 小麦粉に卵、バターに香辛料などが目に付くと、次々と注文して購入していく。そして主食であるパンも忘れない。


 一通りそれが済むと、ピチピチと新鮮なエビに目についた。その隣には捌かれた鶏肉や豚肉、牛肉がつるされていて、さらに奥にはチーズ屋がずらりとチーズを並べていた。


 そこでピンときた。


「前菜にエビと白カビチーズとかぶのマリネ。メインはチキンのサルサ風フレッシュソースにしようかしら! デザートには甘いサイダーを使ったフルーツポンチにしましょう!」


 だって今日は離婚が確認出来たお祝いの日。デザートまで一揃えほしいわよね!


 そのメニューは前世で作ったことがあるものだ。作ってみせたら、きっとケットシーたちは驚くことだろう。


 そうと決まれば注文は早い。必要なものを次々と注文して買い求めていく。


 そうして買い物を終えた私は、今日の夕飯の調理も、みんなで食べることも楽しみで、ほくほくとして帰路につこうとする。


 そんなとき、自分よりも大柄な黒い人影とすれ違ったことに気を取られて振り返る。


 見目を引く恵まれた体つきに、全身を覆う黒い甲冑から覗く、銀の髪が日に当たって美しい。


 ──冒険者?


 一瞬目を奪われたその瞬間、ポニーテールにして髪に結わいていたリボンが彼の甲冑に絡まってほどけてしまう。リボンはひらりと舞って、地に落ちる。


「あっ」


 彼の方が先に気が付いて、私の肩を優しくたたく。


「すまん。ぶつかって、ほどけて落ちてしまったようだ。拾うからちょっと待ってくれ」


 彼はしゃがんでリボンを拾い上げてくれる。


「ありがとうございます」


「いや、私の不注意だ。済まなかった」


 怜悧で美しい左側の顔に比較して、右目は大きく眼帯で覆われている。仕草は麗美で、育ちの良さを感じさせる。どこか、アンバランスな美しさを感じさせ、印象的な男性だった。


「ああ、すまん。こんな顔じゃ、怖いだろう」


 そう言うと、私の手にリボンを乗せて、きびすを返してそそくさと立ち去ってしまった。


「……不思議な人」


 記憶に残りそうな男性だった。


 でも、こんな広い王都だもの。そして私が住むのは王都の外れの隠れ屋。一人と二匹でのんびり生きていくの。


 ──もう会うことはないわね。


 そうして、この出会いを気にしないことにして、私は帰路に付くのだった。




「ただいまー!」


 そう声をかけながら、ドアノブを回して隠れ屋の扉を開ける。


「お帰りにゃー!」


 迎えてくれたのは隠れ屋の管理人カインだ。私の帰宅がうれしくてたまらなさそうなカインの頭をなでた。


 アベルの姿は見当たらない。きっとアベルは農園(ユートピア)でせっせと仕事をしてくれているのだろう。あとで、トマトや香草などを摘みに行くついでに声をかけようと私は心の中でそう思う。


 私は、台所まで行って、冷蔵保存庫(クール・ストレージ)乾物保存庫(ドライ・ストレージ)にそれぞれ分別して買ってきたものをしまった。


「これから料理の準備をしようかしら……、って、ちょっと歩き通しで疲れちゃったかしら」


 そうつぶやくと、カインが糸目に目を細めて台所の方へトコトコ歩いていくのが視界に入った。


「クリスティーニャは働き者過ぎニャン。少しのんびり休むと良いニャン。ほら、そこのテーブルにつくニャン」


 私に背を向けながらそう言って、足台を持ち出し、その上に立って台所に向かい、何やらお茶を入れてくれてくれるようだ。そのうち、室内にかぐわしい香りが漂ってくる。


 私は、彼のいうとおりに、リビングにあるテーブルの椅子に腰を下ろす。


「疲労回復に効くハーブティにゃ。農園(ユートピア)で取れたハイビスカスとマリーゴールド、ローズヒップを混ぜたにゃ」


 トン、とカインがカップを差し出してくれる。


 すると、ハイビスカス特有の少し酸味のある香りが漂ってくる。私はふうふうしてから、それを少し口に含んだ。


「あれ、甘い。ハイビスカスなのに飲みやすいわ」


「ハイビスカスは酸っぱいから、蜂蜜を混ぜたにゃ。蜂蜜も、農園(ユートピア)製にゃ。アベルに感謝にゃ」


「そうなのね。ありがとう」


 そうして、カインの優しい心遣いを受けて、私は温かいハーブティを飲んでゆっくりする。


 ──私はちょっとせっかちすぎるかもしれないわね。


 一度に役所だ買い物だ、次に調理だと、急ぎすぎたかもしれない。せっかく隠れ屋で独り立ちしたんだもの。のんびり過ごさなきゃ。そうしろと、カインもいうことだし。


 私は、カインが淹れてくれたハーブティーをゆっくり楽しむ。


 それから、夕食の支度のことを考えることにした。


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