02-4.
「そういえば、あの残してきた離婚届、どうなったかしら?」
私は、アドルフが素直に離婚に応じてくれたかが気になった。特段、口頭で了承の意を得たわけでもなく、一方的に離婚届を置いてきただけだったからだ。
「……オリビアという恋人もいることだし、家格は伯爵家と少し私より劣るけれど、彼女も魔法薬師の能力は持っているし。再婚するには問題もなさそうよね……」
あの、安直な思考の彼ならば、よろこび勇んで離婚届を出してすぐに結婚届を出していそうなものだけれど。そうしてくれていると安心だわ。
だが、まだ気が早いだろうか。そうは思うが、もしもと思うと確認してみたくなった。
「それに、保存庫か空っぽなのは困るわ。買い物をしないと。今日のお夕飯を作れないから、やっぱり一度出かけないといけないわね」
ケットシーたちは、正確にいえば妖精の類いなので食べ物を食べなくても問題はない。だが、おばあさまや私が食事を作ると、一緒に食べることも出来るし、むしろ喜んで一緒に食卓に並びたがった。一人と二匹分の食料が必要だろう。それに、これからの食べ物などの常備品の買い物も必要だ。
ちなみに彼らは普通の猫が食べてはいけないものも、食べることが出来る。例えば、チョコレートを使ったお菓子なんかもペロリと食べてしまう。その点、メニューを考えるのは楽だ。だが、本当に彼らに胃という内臓があって、消化しているのかは不明である。
「あの子たちはお肉やお魚が好きだから、何か市場で見繕ってきましょうか」
そして、そのついでに役場で、自分の戸籍を確認してくれば良い。そうすれば、離婚が済んでいれば、籍が移っているはずだ。
「そうね、出かけましょう」
私はそう口にする。
すると、私が戻ったことで部屋を飾る気になったのか、部屋で花を活けていたカインが手を止めて私の方を見る。
「お出かけかニャン?」
「ええ。役場と、市場に行ってくるわ。そうそう、お夕飯、あなたたち、いつものように一緒に食べてくれるかしら?」
「もちろんだよ! アベルだって、久々のクリスティーニャのご飯だったら、喜んで食べるに決まっているニャ!」
その返答にうれしくなって、私の目が自然と細まり、口角が上がる。
「じゃあ、お出かけしてくるわ」
私は、背に荷物入れにするためのマジックバッグを背負う。
「行ってらっしゃい。気をつけるんだにゃ」
「ええ、わかっているわ。じゃあ、行ってきます」
私は、カインに見送られて家を後にする。
そして、最初に懸念事項を払拭するために役場に行くことにした。
私は歩いて王都の中央役場まで足を運ぶ。王都の役場とあって、建物は大きく立派である。そのうちの、戸籍課を探し出した。幸い、混雑などはないようで、待っている人も見当たらない。私は早速窓口の役人に声をかけた。
「済みません。私の戸籍を閲覧したいのですが」
「はい。お名前は?」
名前。ここで、名字を公爵家のブルームにすべきか、実家のベールマーにするべきか一瞬迷った。
「あの、私離婚しているはずで……。それを確認するためにきたんです」
「あら、それはお気の毒に……」
女性の役人は、事務的な表情から同情の表情に替わる。
──いえ、晴れがましい離婚なんですけどね!
心の内ではそうは思うものの、その彼女の同情に水を差さないよう、困った表情を浮かべながら手続きを進める。
「ですので、離婚前のクリスティーナ・ブルームと、離婚が成立していたら実家に籍が戻っているはずなので、クリスティーナ・ベールマーの両方を調べてもらえますか?」
「わかりました。じゃあ、この魔道具に手をかざしてくれる?」
これは、偽装して他人の戸籍をとれないようにするための本人確認のための魔道具だろう。私は素直にそれに手をかざした。
「あとは、少し待合席でお待ちくださいね」
認証が済むと、役人にそう言って案内されて、私は待合席に移動して腰を下ろす。
待合席からは、役人が魔道具を操作して、カタカタと音を立てて書類を印字しているのが見える。
──どうか、ベールマー侯爵家に戻っていますように!
役人の作業を見守りながら、目をつむって、膝の上でぎゅっと手を握り合わせて心の中で祈る。
「──クリスティーナさん」
すると、私の名が呼ばれる。それでぱっと私は目を開いた。
「はいっ」
私は心を急かしながら、窓口へ向かう。
「離婚が成立してしまっているみたい。あなたの名前は侯爵家のベールマー家に戻って、そちらの戸籍に載っていたわ」
そう、気の毒そうに伝えられた。そして、その証跡のベールマー家の戸籍書を渡された。
「そうですか。ありがとうございます」
気の毒そうにする役人に対して、私の心は喜びで浮き立っている。
──やったわ! やっとあのアドルフとの腐れ縁が切れたわ!
私たちの縁を願ったおじいさま方には申し訳ないと思う。でも、私はやることはやったのだ。それを裏切ったのはアドルフとオリビアだもの。
私は自分自身の中にあるわずかな呵責にそう言い聞かせる。
──これからは、クリスティーナ・ベールマー。侯爵家令嬢だけれど、市井に交じって、一人で……いえ、一人と二匹で生きていくわ!
そう決意するのだった。