02-2.
転移した先。そこは、見慣れた懐かしい場所だった。
「……おじいさまとおばあさまの家……!」
ぐるりと見回すと、木造の立派な屋敷がそこに建っていた。ここはおじいさまとおばあさまが住んでいた、王都の外れにある隠れ屋。転移用ペンダントとともに、私に遺された遺産だった。だから、これからはここに住むという当てがあって私は公爵家を出て、ここへやってきたのだ。
さらに辺りを見回す。
ちょうどここは王都の入り組んだ小道のちょうど奥にあって、人通りもなく、静かだった。
「転移魔法を使ったのを見られなくて良かったわ」
もしここに人でもいたら、急に私が現れたら、驚かせてしまったことだろう。
「懐かしい隠れ屋。さて、中に入ってみますか」
とはいっても、入り口のドアノブには鍵穴はない。
私はにっこり笑って握っていた手のひらを開いて、ペンダントの石を見る。
「これは、扉の鍵にもなっているのよね……」
これも、おじいさまに教わったことだ。
私は魔方陣で一緒に持ってきたマジックバッグを地面に置く。
そして、おじいさまに教わった通り、入り口のドアノブの丸いくぼみに、ペンダントトップを填める。すると、石は空色に光を放ち、ギイッとドアノブが回る。長くかけられていた封印が解けた。これからは自由に出入りできる。
「……開いたわ……!」
私の顔が喜びで緩む。
すると、中から懐かしい声がした。
「おや? 久しぶりの主のお帰りかにゃ?」
トコトコと足音がする。そして、ギイッと扉が中から開いた。
そこにいたのは、白黒のはちわれ猫のケットシー、つまりは二本足で歩く猫の精霊のカインという名の子だった。
「おや、クリスティーニャ! これは久しぶりだにゃ!」
うれしそうに喜色を満面にして、こちらへとてとてと走ってくる。そして、ぴょんっと私に飛びついた。慌てて彼を受け止める私。
ケットシーたちは、少し舌っ足らずに、私のことを「クリスティーニャ」と呼ぶ。その響きが懐かしくて、私は顔が緩んで微笑んでしまう。ちなみに、ケットシーたちと言っているのは、あとで紹介するが、この屋敷にはもう一匹ケットシーが居るからだ。
「カインったら、相変わらず元気ね」
「そりゃあそうだよ。ボクたちは、ここを大切に管理するって仕事を任されているんだからにゃ! あ、そうだ。クリスティーニャがやってきたってこと、アベルにも教えてやらにゃきゃ!」
そう言って、足をばたつかせて、奥の扉の方を指さす。
「そうね、あの子にもひさしぶりねって挨拶をしないとね!」
私はカインを抱っこしたまま、屋敷の中に入っていく。
そして、広い屋敷の奥にある、魔方陣の描かれた扉の前で足を止めた。その魔方陣の中央には、玄関のドアノブと同じサイズの丸いくぼみがある。
「ここにこれを填めてっと……」
すると、魔方陣が青く光って封印が解除される。そして扉が外へと開いた。まぶしい日の光が外から差し込んできて、私は目を細める。
「「お帰り。クリスティーナ」」
その瞬間、おじいさまとおばあさまの懐かしい声が脳裏に聞こえたような気がした。
そして、目が外の明るさに慣れた頃、薄目にしていた瞳を開くと、目をうるうるとさせた一匹の茶トラのケットシーが目の前に立っていた。
「クリスティーニャ……!」
「アベル!」
私は、今まで抱いていたカインを地面に立たせる。そして、アベルと呼んだ茶トラのケットシーに向かって手を伸ばした。
「久しぶりね、アベル!」
「クリスティーニャぁ!」
彼も、ぴょんと跳んで、私の腕の中に飛び込んでくる。そんな彼を私はキャッチして、抱き留めた。
「見て見て! クリスティーニャ!」
早く外を見てみてほしいというように、アベルが私の名を呼んで促した。
「まあ、まるでおじいさまとおばあさまがいた頃の、昔のままね!」
そこには広大な農園が広がっていた。そこは、屋敷の外からは実は見えない。というか、存在していない。屋敷から、空間魔法で無限大に広がる、ふしぎな魔法の異空間で、おじいさまは農園と呼んでいた。農園には、薬草畑、野菜畑、果樹園が広々と展開されている。そして、農園は空間魔法で管理されているだけではなく、気候も特別に管理された常春の土地だった。
いつでも薬草を摘めるし、いつでもどんな季節の野菜も、果物も得ることが出来る。それが出来るのは、アベルという、農園の管理者がせっせと丹精込めて手入れをしてくれているからなのだけれど。
「ねっ、ねっ! クリスティーニャがいつ戻ってきてくれても良いように、ちゃんとここを管理していたんだニャン。偉い? 偉い?」
褒めて、褒めてとばかりに、アベルはくりくりとした目を私にまっすぐ向けてくる。
「偉いわ、アベル。ありがとう」
そうお礼を告げて、チュッと額にキスをする。
すると、足下から不服そうな声がした。
「アベルだけずるいぞ! ボクだって、屋敷の管理を頑張ってきたニャン。いつ、クリスティーニャが帰ってきても良いように!」
そう言い出すと、カインが頬を膨らませて私のドレスの裾を引っ張って、屋敷の中へ中へと連れ戻そうとする。
「わ、わ。待ってよ、カイン」
そうして、私は引っ張られるようにして屋敷の中に連れていかれた。まずは広々としたリビングだ。
「ほうら、チリ一つない、ピッカピカだろう?」
そう言って、窓の桟をつつっと指でなぞってみせる。
それから、ふふん、と腰に腕を置いて、胸を張るのがかわいらしい。
「そうね、カインも頑張ってくれていたのね」
私はそう言うと、アベルを床の上に立たせる。そして、カインのはちわれの額にチュッとキスをした。
「ふっ、ふふん。ボクの努力はそれだけじゃないぞ!」
私の手を引っ張って、台所へと引っ張っていく。
「見ろ! 高度な魔道具の管理も完璧だ!」
そこには、冷蔵保存庫、乾物保存庫、酒類保存庫、保温保存庫などなど。
さらに食洗機といったものが、おじいさま、おばあさまが使っていたときのように、見た目現役のまま並んでいた。
この屋敷にある魔道具たちは一般に売っているものではなく特別製だったり、よそには存在すらしないものまである。素晴らしい魔法薬師だったおじいさまの仲間の、また同じように素晴らしい実力を持つ魔道具師の友人に発注してつくらせたものばかりだからだ。
試しに、冷蔵保存庫、乾物保存庫、酒類保存庫を順に開けてみる。中身は空っぽだが、中はひんやりと冷えていてしっかり稼働中だ。
「ほらほら、これも動くぞ」
今度は家事室へ連れていかれる。
そこには、洗濯機、縫製機、掃除機が並んでいた。
どれもピカピカで、きっと保存庫たちのようにすぐに使えるようになっているのだろう。
「それから大事なこっちも!」
カインに手を取られ、引っ張っていかれる。
「こっちは、創薬室……!」
「そうだニャン! こっちだっていつでも使えるようにピカピカにしといたニャン!」
そして、視界に創薬室の姿がひらけた。
「わぁ……!」
窓から差し込む陽光を浴びてキラキラと光るビーカーや試験管たち。
遠心分離機や蒸留器もある。
台所にある魔道具同様ちゃんと動くようになっているのだろう。ここでおじいさまに創薬のやり方を教わった幼い日々が懐かしい。