02-1.祖父の遺産
屋外に出て、ぐるりと見回したけれど、公爵家の裏口には人影はなかった。
「じゃあ、領都に出ましょうか」
用事があるのは、銀行。そこの貸金庫に、大切なものを預けてあるのだ。
銀行を訪ねると、応接係の女性がにこやかな笑顔を浮かべてやってくる。
「何かお手伝い出来ることはありますでしょうか?」
「はい。貸金庫に預けてあるものを、引き取りたいのです」
それを聞いて、応接係が一つ頷いた。
「では、お客さまの当行のカードをご提示願えますでしょうか」
「はい」
そう答えて、私はマジックバッグから、しまっていた銀行カードを取り出す。そして、彼女に差し出した。
「お預かりしますね」
そう言ってカードを受け取ると、反対の手で胸ポケットの中から小さな魔道具を取りだした。その魔道具を私が差し出したカードにかざす。要はカードリーダーなのだ。
赤く光っていたカードリーダーが、青く点滅する。
「ああ、お客さまのおっしゃるとおり、貸金庫の利用記録がございますね。では、こちらへどうぞ」
そうして、丁寧な仕草で私を銀行の奥へと案内してくれた。奥には、個人の貸金庫がずらりと並んでいた。
「記録によりますと……お客さまの金庫は……」
応接係は、たくさんある貸金庫を指さしながら、私が借りているものを探す。
そして、とある場所で止まった。
「ここですね」
鍵を使って開け、私に向かい直って、どうぞ、と貸金庫を手のひらで指し示す。
「どうぞ、こちらです。ご自由になさってください」
そう言われた私は、彼女と場所を入れ替わる。
中には、今までミドルヒールポーションとハイヒールポーション分の代金を貯めてきた金貨、そして、おじいさまの遺品であるエリクサーを一本取り出した。これは、おじいさま本人が人生の最後の頃に作り出した最初で最後の一本だった。
それを、大事にマジックバッグにしまい込む。
「これで全部です。ありがとうございました」
「はい」
そうして私は銀行を後にする。
ミドルヒールポーションとハイヒールポーションの分の代金は、元々はアドルフが浪費してしまったときのために、その補填に充てようと思って貯めてきたものだ。
──でももう、これは自分のこれからのために使おう。
だって、あの公爵家の工房で、私だけが作ることが出来たポーションだもの。
その代金を私のこれからのために使って何が悪いというの。
大体、裏であんな裏切りまでされていながら尽くしていたなんて、今までの私がお人好しだし、虐げられすぎていたわ。
不思議と記憶を取り戻した私の胸は罪悪感で痛むことはなかった。
「さて、次は……」
そこで私は再びペンダントを手に取り出す。
「さて、これを使うときが来たわ」
これはおじいさまからのもう一つの形見。おじいさまがかつて住んでいた王都の隠れ屋に、いつでもどこからでも連れていってくれる転移の魔法が込められた空色の魔法石が付いたペンダントだ。そうおじいさまから聞かされていた。これも魔道具といっても良いだろう。
私は手を後ろに回し、チェーンを外す。
「……私をあの隠れ屋に連れていって……!」
私は魔法石を握りしめて念じた。
すると、私の足下に精緻な魔方陣が描かれ、それが光り出す。そして、その光は私を包み込むようにして、瞬時に王都の、とある場所に瞬間移動するのだった。