01-3.
そんなある日の午前中のことだ。
「奥さま。アドルフさまに火急の用件とかで王城から通達が来ているのですが、アドルフさまがどこにもいらっしゃらないのです。どこにいらっしゃるかご存じではありませんか?」
そう言って、私に手紙を持つブルーム家の執事。
「エミールも大変ね。良いわ。この手紙は私が引き取って、アドルフを探すから」
「……よろしくお願いいたします。申し訳、ございません……」
エミールが深く頭を下げて謝意を示す。
「大げさね。夫の居所くらい、妻の私が探すわ」
そう言うと、何やらエミールが私の顔を見て複雑そうな顔をする。
私はどうしたというのだろうとおもいつつ首をかしげるものの、私はその場を後にして、アドルフを探すのだった。
「アドルフの執務室にもいないし……。そうすると、どこかで侍女でもからかっているのかしら。まさか、午前中とはいえ、まだ起きてきていないなんてことはないわよね?」
私は、まさかとは思いつつも階段を上ってアドルフの寝室へと向かう。すると、不用心にもその扉がほんの少し開いていたのだ。そして、アドルフと、なぜか聞き覚えのある女性の甘えた声がする。
──どういうこと?
「ねえ、アドルフ。私と結婚してよ。私たちの関係、あなたの結婚前から続いているのよ。あなた、私を待たせすぎよ」
「だめだよ。クリスティーナは魔法薬師としては腕が良いんだ。典薬貴族の我が家には必要なんだっておじいさまに言いつけられていたんだから。それに、実際あの女は腕が立つ。便利なんだよ」
「でも、その両方のおじいさま方も既に亡くなっているんでしょう? 良いじゃない。私だって魔法薬師なんだから。あの子の代わりくらい出来るわよ。……あ、そうだわ! 何だったら、あの女を愛人に降格してこき使えば良いでしょう?」
甘い女の声が、妻になること、すなわち私を愛人にしろとアドルフにねだる。
私は、この女の声に聞き覚えがあると思って恐ろしくなった。
いつも、優しく私の相談事を聞いてくれる親友、オリビアの声だったからだ。
「……まさか、まさかよ、……ね」
彼女は友人だわ。家のこととか、アドルフのこととかの悩みを打ち明け、それを親身になって聞いてくれる私のたった一人の親友。
彼女が私のことを裏切るわけがない。
私のことをあんな風に言ったりする訳がない。
そんなわけがないと思う気持ちと、真実を確かめたいという気持ちの狭間で、頭の中でだめだと鳴り止まない警鐘を振り切って、開いた扉の隙間からのぞき込む。
すると、裸体で絡み合う、アドルフと私たちの共通の友人であり魔法薬師のオリビアがいた。
裸で絡み合って……ということは、そういうことなのだろう。
──私とは夫婦の睦み合いはないのに、彼女とはって……どういうこと!?
頭をガンと打ち付けられたかのような衝撃を私は受ける。頭が痛い。今すぐ叫び出したい。その口を、私は両手で覆う。
だって、今ただ騒いだだけではどうにもならないことだろうと、苦しい胸中で私は思ったからだ。母の言うとおり、「家それぞれ」そう開き直られれば、それまでなのだ。
私は、よろよろと、廊下を歩いて私の部屋まで歩いていく。数室離れているだけだから、そう遠くもなかった。
そして、扉を開けて、部屋に入り、ベッドに倒れ込んだ私は、頭の痛みから生じる闇に吸い込まれるようにして、眠りに落ちていくのだった。