01-2.
そうして私は、脇目も振らずに、日々、工房の使用人たちに指示しながら、実直にヒールポーションを作り、王城に納品し続ける日々が始まった。
魔法薬師としての腕は、言ってしまえば私とアドルフでは私の方が上だった。アドルフは、典薬貴族を継ぐほどの能力を持ってはいない。それを憂えたアドルフのおじいさまが、友人だった私のおじいさまへ相談して、私たちを結婚させることに決まったのだ。
だから、私は、押しつけられた家業についても、何も疑問を持たなかった。奇妙な夫婦関係にも。元々私に期待された役割なのだから。
──それに夫婦関係については、お母さまが言ってらしたじゃない。
「妻は夫に従順に」「家それぞれだ」って。
そうして私は毎日せっせと創薬に励んでいた。
そして、毎月一回のポーションの納品の旅に私は出る。とはいっても、ブルーム公爵家の領地は王都と隣接していたので、そう日数はかからない。
その旅を終えて王城から帰る。手には、二つの金貨が入った袋がある。私は、そのうちの片方の袋をポケットにしまう。
我が家の当初の納品物は一般的なヒールポーションだけだった。だから、それをしばらくは納品していたのだけれど、ある日、私が作る分で、うっかり創薬時に注ぐ魔力量の調整を過剰にしてしまって、ミドルヒールポーションとハイヒールポーションが出来あがってしまっていたのだ。そして、私はそれに気づかずに納品してしまった。
すると、魔道具の鑑定眼鏡をつけた納品係の人が、大きな声で叫んでしまった。
「これは、ミドルヒールポーションと世にもまれなハイヒールポーションじゃないか! 君の家ではこれが作れるのかい?」
鑑定眼鏡の結果は絶対だ。ばれてしまっては仕方がない。私は素直にうなずいた。
ポーションといっても、世の中には様々なものがある。
ヒールポーションといわれるものは、かければ切り傷を治し、飲めば風邪を治す。一瓶銅貨十枚相当の品だ。
そして、ミドルヒールポーション。これは、かければ、深い傷やただれた傷を治し、飲めば一般的な病はすべて治す。一瓶銀貨十枚相当だ。
そして、ハイヒールポーション。これは、かければ切断された傷を結合させ、飲めばどんな病も治す。ただし、一部の死病と言われる病、老衰は治らない。一瓶金貨六十枚相当だ。
そして、私は作れないけれど、世の中には究極のポーションといって、エリクサーなんていうものもある。それは、どんな傷も再生して治し、一度壊死した部分も復活させる。死病すら治す。一部の伝説のようには老衰は治らない。若返りもしない。
話が少しそれてしまったわね。
私は納品係の男性に正直に答えた。
「はい、私だけですが、作ることが出来ます……」
「うーん。これは一大事だ。少し、待ってもらえるかい? 上に相談してくるから」
そうして待たされること小一時間、駆け足で彼は帰ってきた。
「ミドルヒールポーションもハイヒールポーションも、これからも納品出来るなら、是非追加で納品してほしいそうだ。どうだい、出来るかい? もちろん、見合った代金は追加で支払うよ」
「はい、もちろん。それでは、これからは、ミドルヒールポーションとハイヒールポーションも追加で納品します」
「普通のヒールポーションはそのままに、さらに追加で作れるのかい? 負担は大丈夫かい?」
「はい、追加ということで承ります。ああ、そうだ。ヒールポーション分とほかのものの分は、分けて支払っていただけますと助かります」
そんなやりとりが過去にあった。そうして、二つの金貨の入った袋を私が持っているのだ。
──アドルフはちょっと浪費家なところがあるから。
いざとなったら、手助けしてあげられるように、こちらはアドルフに内緒にしておいて、銀行にでも預けて貯金に回しておきましょう。
──それに、ハイヒールポーションまで作れることが知られたら、今まで以上にやっかまれそうで怖いわ……。
そんな思いもあった。昔から、おじいさま方に私が魔法薬師としての腕を褒められていると、後でアドルフにやっかまれたり、意地悪されたりすることが多かったので、私はあまりその腕をひけらかさないようにしてきたのだ。
それで、ミドルヒールポーションとハイヒールポーション分の代金はアドルフに内緒にすることにした。
そうして、馬車は我が家へとたどり着く。
それを待っていたかのように、アドルフが家の前で待ち構えていた。私が馬車から降りてアドルフに駆け寄ると、アドルフは私に手を差し出す。
私はその手に、ヒールポーション分の金貨の入った袋を載せる。すると、アドルフは満面の笑みで私に花束を差し出し、頬に口づけをくれる。
「今月も素敵な花束」
私は、その毎月の彼からのねぎらいの花束を抱きしめた。
「ああ、働きもののクリスティーナ。今月も私のためにしっかりと働いてくれたんだね」
「はい。納品係の方にも、ご満足いただけました」
「それは良かった。来月も、また頼むよ」
「はい」
そう言うと、アドルフは私を置いてさっさと館に戻ってしまう。
私は疑問も持たず、渡された花束を再び胸にかき抱く。
──きっとこれがアドルフの私への愛の形。
そう信じて疑いもしなかった。
「あら、クリスティーナじゃない!」
そんな私に、来客が来ていたようだ。数少ない私の親友のオリビアだ。そんな彼女は、すぐに私が胸に抱いている花束に目をつける。
「オリビア! 来てくれていたのね」
「そうなの。あなたに会いたくて。まあ、素敵な花束ね。もしかして、アドルフから?」
「そうなのよ。毎月のねぎらいの花束よ」
私は花束をもらったときのこと、そのときに頬に口づけをもらったことを思い出して微笑んだ。
「まあまあ。仲が良いのね! そうだわ。また、あなたたちのお話を聞かせてちょうだい」
「じゃあ、お茶にしましょうか。こっちへ来て」
そうして、私はオリビアを伴ってリビングへと移動し、女同士の会話を楽しんだのだった。