01-1.夫の不倫
私はクリスティーナ・ブルーム。
そんな私はブルーム公爵家の家長であるアドルフと一年前に結婚した。
「始めに君に伝えておくことがある。私は君を妻として愛するつもりはない」
初夜のベッドで待っていた私に、夫となるはずのアドルフから告げられたのは、そんな言葉だった。
「どういう、ことでしょう……」
震える唇で、私はアドルフに問いかける。
「この結婚は私たちのおじいさま同士が決めた公爵家と侯爵家の家の間の結婚に過ぎない」
──そんなことを今更言われても。
私は胸の中で独りごちる。
でも、確かに私たちの結婚は、まだ私たちが幼かった頃に、仲が良かった両家のおじいさま方が取り決めたもの。ブルーム公爵家のおじいさまも、実家のベールマー侯爵家のおじいさまも、孫たちの結婚をそれはそれは楽しみにしていらっしゃった。
とはいえ、もう結婚式を見る前に鬼籍に入ってしまわれたけれど。けれど、結婚自体は契約通り執り行われたのだ。
どうしよう、と思ったときに思い出したのは、私を滅多にかまわないお母さまが、私の嫁入りに際して言い含めてきた言葉だ。
「嫁に入っては、夫に従いなさい。夫がしたいようにさせ、家を支えるのが妻というものです」
お母さまは異性関係も含め放蕩三昧で、「家を支えていた」のかは怪しいものだったけれど。
「夫がベッドでしたいと言うことには従順に。そうね、うふふ。私たちのように、夫婦は関わり合いを持たずに、それぞれ愛人を持とうというのならそうする。夫婦の形は家それぞれ。そうやって要領よくやっていくのが女というものよ」
そんなとんでもない言葉を嫁入りの言葉に送り出されたのだ。父も、母のその言葉に眉一つ崩すことなく立っていた。
──ということは、私はアドルフの言うとおり、従っておけば良いのかしら。
夫婦関係を持たず、私は清いままでいれば良い。彼がそれを望むならその通りに。
それでも少し結婚というもの、家庭というものに期待を持っていた私の心が小さく痛んで、私は、アドルフを受け入れるために整えられた、美しいレースでおられた薄い寝衣をきゅっと握りしめた。
女としては恥ずかしいことなのかもしれないけれど、初夜というものに、恐れを抱くとともに、体の関係をもってして愛されるということ、そしていつかは彼との間に子供を持ち家庭を持つことに、かすかな期待も感じていたのだ。
けれど、それは一夜にして打ち砕かれてしまった。それがとても悲しかった。
しかし、意を決して私は口を開く。
「……わかりました。では、私たちは夜はそれぞれ眠ればよろしいのですね」
私の従順な言葉に、アドルフはややも面食らったような顔をする。
「そっそうだ。我が領都の屋敷の好きな部屋なり離宮なりで好きなところで過ごすが良い。その代わり工房での典薬貴族としてのブルーム公爵家の仕事はお前に任せる」
「工房!」
私は嬉々として声を弾ませる。
驚いたように、アドルフが尋ね返してくる。
ブルーム公爵家は、アイベンシュッツ王国の典薬貴族だ。
典薬貴族とは、ヒールポーションという、塗れば怪我に、飲めば病気をも治す治療薬を作り、王城に納品することを生業としている貴族家のことをいう。
そんな、ヒールポーションを作れる技術者を、魔法薬師といった。私もアドルフも魔法薬師だ。だから、おじいさまに婚約者として決められたのだった。
そのときの私にはわからなかったけれど、おじいさまは、とても済まなそうな顔をして「苦労をかけるね」と言っていたような気がする。
私は、魔法薬師として、ヒールポーションを作ることをこよなく愛していた。それは、大好きなおじいさまと一緒にヒールポーションを作った幸せな記憶を思い出させてくれるからだ。それに加えて、ブルーム家のおじいさまにも、「くれぐれもよろしく頼む」と頼られていた。
「私は、工房でヒールポーション作りを担えば良いのですね?」
「あ、ああ。それだけやってくれれば良い。それがおまえのこの家の妻としての仕事だ」