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10-4.

 やがて旅は順調に進み、虹百合の咲き乱れる虹の森の湖の湖畔にたどり着いた。


「わぁ! きれい!」


「これは壮観だな」


 私たちは口々にその光景を賞賛する。


 私は駆けていって、早速虹百合を採取する。水晶花のときと同じように、私はマジックバッグからスコップを取り出した。そして、しっかりと根と土ごと、虹百合の株をいくつか採取した。採取した虹百合の根元は、布で覆い、しっかりと結わいた。それを、スコップと一緒にマジックバッグにしまう。


「これで採取は完了です。ありがとうございました」


「ああ、無事に済んで何よりだ。……と、そろそろ日も傾いてきたか」


 斜めに指す太陽が、湖面をオレンジ色に照らしていた。


「私が今夜休むテントを張っておこう。火起こしも任せてくれ」


「私は食事の用意をしてきましたから、それが済んだら、二人で食事をしましょう」


 そうして、テントを二つ、そして、火起こしをして出来たたき火を前に、私は大きめのクロスの上に食事を広げる。


 ──夜だけど、まるでピクニックみたい。


 サンドイッチは、卵サンドとツナサンドとチーズとハム。それから、唐揚げに、甘い卵焼き。彩りにブロッコリーとプチトマト、そして、果物にはイチゴを入れておいた。飲み物には、果実水を水筒に入れて持ってきていた。


「サンドイッチは見たことがあるけれど、またこれは知らない食べ物ばかりだな」


「それは唐揚げ。鶏肉を揚げたものです。そして、それは卵焼き。卵にだしと砂糖を入れて焼いたものです」


 私は、フォークを手渡しながら説明する。


「……卵に砂糖? 合うのかい?」


 ユリウスさんが眉根を寄せて悩んでいる様子を見せる。確かに、この世界に甘い卵焼きは存在しない。


「それは食べてみて確認してください」


 私は自分のフォークで卵焼きを刺すと、ユリウスさんの口元に差し出した。


「……」


「……?」


 ユリウスさんが固まっている。私はなぜ食べてくれないのだろうかと首を傾げ、はっと自分のしていることに思い至る。


 ──これって、「あーん」じゃないの!


「しっ、失礼しました! これは私が食べ……」


 そう言って、手を引き戻しかけたとき、パクッとユリウスさんが卵焼きを食べてしまった。


「えっ……」


「……てっ、提供されたものを食べないのは失礼だからな」


 たき火の炎の色で赤らんで見えるのだろうか。ユリウスさんが少し照れくさそうにしているように見えた。


 彼が咀嚼している間、二人の間に沈黙が続いた。


「それにしても」


 咀嚼し終えると、ユリウスさんが沈黙を破った。


「はっはい」


「甘い卵というのも美味しいものなのだな。……ほかのものも食べてみてもいいかい?」


「はい、もちろん!」


 私は、コップに果実水を注ぐ。それから、私もサンドイッチに手を伸ばした。


「それにしても」


「はい」


 ユリウスさんから話しかけられる。


「君のお宅は自由主義なのかい? 良く、こんな男女で王都を出ることを許したね。それにその年だ。婚約者か配偶者はいないのかい?」


 それを聞くと、私は胸がぎゅっと締め付けられた。そして、うつむく。


 私のその様子を見たからなのだろうか、慌てた様子でユリウスさんが私の背を撫でて慰めようかと悩んで手がさまよっている様子が見える。


「……大丈夫ですよ」


 私は、顔を上げてにっこりと笑って見せた。


「うち、両親は放任主義なんです。娘の私のことにはあまり興味がないようで」


「……それは……」


 慰めるべき場面で言葉が出ない様子のユリウスさん。そんな彼を落ち着かせようと言葉を進めた。


「でも、その代わりに、おじいさまとおばあさまがとてもかわいがって育ててくださって。あの屋敷、あるでしょう? お店にしている」


「ああ」


「あそこは、おじいさまたちの家だったんです。あれは、おじいさまたちが私に遺してくれたものなんです。大切な、思い出の家なんです。そんな場所で、お店をやれているのは幸せです。……ユリウスさんのような常連さんもいらっしゃいますしね」


 にっこり笑って言うと、ユリウスさんの表情もほどけてくる。


「そうか。大切な思い出のある家なんだな」


「はい。あそこでおじいさまに魔法薬師としての手法も教えてもらいました」


「君の原点というわけだな」


「はい。……それと、婚約者とか配偶者のことなんですけど。……私、離婚しているんです」


「えっ?」


 ユリウスさんが驚いた様子で私を見る。


「……その。君は明るくて機転が利いて、賢く、……愛らしい。その、離婚に至る理由が理解できないのだが……」


「そんなに褒めていただかなくても大丈夫です。夫には、結婚前から愛人がいたんです。そして、彼はなんだかんだ言って私には指一本触れなかった」


「指一本? 初夜すらすっぽかされたのか?」


 その問いに、私は一つ頷いて答えた。


「君はそれに不満を言わなかったのかい?」


「母に、結婚前に言われていたんです。『嫁に入っては、夫に従いなさい。夫がしたいようにさせ、家を支えるのが妻というものです』って。夫は、典薬貴族としての仕事が終わると、いつも花をくれました。それが、私たちの愛情の形だと思い込んでいました」


 そこまで聞いて、ユリウスさんは驚いた様子で口を開いた。


「……全く信じられないな。今の君とはまるで別人だ」


 それに対して、私はにっこり笑って答えた。


「ええ。別人になって、これからはしたいように自由に生きるって決めたんです。だから、過去はもう良いんです!」


 私は立ち上がって、満天の星空に向かって両手を掲げて叫ぶ。


「私は自由に生きるんです!」


「そうか」


「はい!」


 私は笑顔で再びたき火の前に座る。すると手が伸びてきて、ユリウスさんに頭を撫でられた。


「……応援する」


「ありがとうございます」


 そうして、食事を終えた。食事は、私とユリウスさんですべて平らげた。ユリウスさんはどの品も美味しそうに食べてくれて、私はとてもうれしく思うのだった。


 その後、私をテントで休ませ、ユリウスさんは火の番をしつつ、魔獣や獣が寄ってこないか、一晩中警戒していてくれたのだった。

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