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10-3.


 生まれて初めての馬での旅は私にとってとても爽快だった。


 風が直接頬を撫で、一定のリズムで体が揺れる。


 ユリウスさんに抱きついていなければいけないのは、正直なところとても気恥ずかしい。


 ──甲冑越しに、私の胸のドキドキが知られなければいいのだけれど。


 大丈夫よね、と思いながら、顔を横に向けて流れる景色を見る。ブルーム公爵領から王都へ納品に出かけるときにも外の街路は走ったけれど、あれは馬車に乗ってだ。


 こうやって外の空気を感じながら馬に乗って走るのは初めてのことだった。そのことに、胸が高揚する。


 馬を走らせているから、移動中に二人の間に会話はない。だが、ユリウスさんの背中は広く、安心感を持って身を預けることが出来た。


 やがてブルーム領を過ぎ、山々が見えてくる。水晶花のある氷水晶の洞窟が近い。


「最初の目的地の氷水晶の洞窟はもうすぐだ」


「はい!」


 どんなところなのだろう。その名前の響きに、とても美しい場所が想像されて軽く胸が躍る。


 やがて、街道横の岩場に、キラキラとした水晶が混ざるようになってきた。


「岩に、水晶が混ざってきています」


「ああ、あともう少しだ」


 そうしてゆくこと小一時間。


 キラキラと輝く透明な水晶だけで出来た洞窟の前でユリウスさんがシュヴァルツを止めた。


「着いたぞ、ここだ」


「わあ!」


 その水晶の洞窟の周りには、まるで水晶で作り上げた造花のような、透明な花びらを持つ花が咲き乱れていた。『稀なる花々』という図鑑に載っていたとおりだった。


 ユリウスさんが先に降りて、次に私を抱えてそっと下ろしてくれる。


「ありがとうございます」


「礼には及ばないよ。目的の素材はありそうかい?」


「はい! ここにたくさん咲き乱れています!」


 私はそう言って花々が咲き乱れる花園へかけだしていく。


「ほう。これは見事だ。こんな美しい花があるなんて」


 ユリウスさんも感心しているようだ。


 彼が見守る中、私はマジックバッグからスコップを取り出した。そして、しっかりと根と土ごと、水晶花の株をいくつか採取した。採取した水晶花の根元は、布で覆い、しっかりと結わいた。それを、スコップと一緒にマジックバッグにしまう。


「ユリウスさん。採取、終わりました」


「ああ、じゃあ、次の目的地に移動しようか」


 ユリウスさんがそういったとき。


 ガサ、と茂みが揺れた。


「……私の背後に隠れろ」


 ユリウスさんが鞘から剣を抜き、警戒態勢を取る。


「……はい」


 私は素直に彼の背後に隠れた。


「ガルルルル……」


 現れたのは、イノシシのような姿をした魔獣だった。


「マッドボアか」


 魔獣の名はマッドボアというらしい。私たちを餌にでもしようとしているのだろうか。よだれを口元から垂らしながらまっすぐに私たちを目で捕らえていた。


「……この程度の魔獣に遅れを取るものか!」


 ザッとユリウスさんが駆けていく。そして、剣を薙ぐ。すると、あっという間にマッドボアたちは仕留められ、残りのものたちも恐怖に駆られたように逃げていった。


 ユリウスさんは、血にぬれた剣を拭いながら私の方へ戻ってくる。


「無事かい?」


「はい。……とても、お強いんですね」


「はは。よくいる魔獣だ。あれに遅れを取るくらいなら、冒険者も出来ないさ」


「そうなんですか」


 私は、外はやはり怖い場所なのだなあと知る。そしてそれと同時に、いとも簡単に魔獣を追いやったユリウスさんを頼もしく思うのだった。


「……頼もしいです」


 思ったことが小さく言葉に出た。


「え?」


 でもそれはユリウスさんには届かなかったようだ。


「なっ、何でもありません! さあ、次の採取場所に行きましょう!」


 私は、ユリウスさんをせかして、再び馬での旅に出るのだった。


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