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09-1.新たな依頼

 育毛剤ケハエールを発売し始めてからしばらく経って、さすがにその売れ行きも落ち着いてきた。受注形式ではなく販売形式で売ることが可能なほど売れるペースも落ちてきている。


 そんな、ようやくのんびりした経営に戻れたと思ってのびのびとしていたある日。


 王都の有名な宝石商の双子の女将が店にやってきた。姉はアリーゼ、妹はアリーナというらしい。その二人が例の大工の棟梁のエルクさんの紹介でやってきたのだ。


「果実氷でもどうぞ」


 そうして、三人分置いたかと思ったら、すぐに本題に移された。私は二人の向かいに腰を下ろしつつ話を聞く。


「あなた、あのエルクのハゲを治したんですって?」


「エルクから聞いたわ。腕の立つ魔法薬師だって!」


 アリーゼさんとアリーナさんはすぐにまくし立て始めた。


「「私たちも若かりし頃の姿に戻りたいのよ!」」


「私はこのシワ! にっくきこのシワを取り除きたいの!」


「私はこのシミ! にっくきこのシミを取り除きたいのよ!」


 言われてみれば確かに、姉のアリーゼさんは目尻や頬にシワが深く顔に刻まれていて、妹のアリーナさんは肝斑というのだろうか、目元にくっきりと色素が沈着していた。


「「ポーションって薬よねっ!」」


「はっはいっ!」


 私は双子の姉妹の迫力に圧倒されて後ずさり気味になる。


「「だったら、大工のエルクのように、美容ポーションを作ってちょうだい!」」


「シワを取るのをね!」


「シミを取るのをね!」


 そう言うと、彼女たちはなんと手付金に金貨一枚も出してきてくれた。大店の宝石商だから出来る振る舞いといったところだろうか。


「おじいさま……、作れなかったらどうしましょう……」


 受け取った金貨が手にも心にも重い。そんなものはないと言ったら、作れと言われそうだ。


 はあ、とため息をつきつつ、再び私は夜更かしして調べる日々が始まったのだった。




「また間にクマが出来ているよ?」


 そう、ユリウスさんに指摘されてしまった。


「……また、特別オファーがありまして……」


 私は、チーズたっぷりのマカロニパスタをつつきながら答えた。


「ああ。前の育毛剤だったっけ? あれはずいぶん評判になったからね。君の知名度も評判も上がったってことなんだろうね」


 そう言われれば普通はうれしいのだろうけれど、状況が状況だけにため息が先に出た。


「らしくないぞ、クリスティーナさん」


 手が伸びてきて、影が落ちた。


 額をつん、とされる。


 私は、両手でそのつつかれた額を押さえる。きっと顔は真っ赤になっているだろう。だって顔がとっても熱いもの。


「無理に頑張れとは言わない。だけれど、私は貴女が簡単に音を上げるような人じゃないと思っているよ。頑張って、成功して、うれしそうに笑っている。そんな君が好きだ」


 そう言って、首を傾けて銀色のつややかな髪を揺らしながら、ユリウスさんが微笑んでくる。


 もう、耳朶まで熱い。私はゆだってしまいそうだ。


 ──好きって!


 そういう好きじゃないって誤解するような、単純な女じゃないけれど!


 威力が高いのよ!


 自分では醜いなんてよく口にしているし、ご自身では本当にそれを気にしているようだけれど。銀の髪は月明かりに照らされた銀糸のように美しいし、紫石英(アメジスト)の左目はミステリアスで、時折ふとしたときにじっと見つめられると引き込まれそうになる。


 ──私は多分、ユリウスさんを意識している。


 そんな私に、気安くそんなことをしないでほしい。


 そう思いながら、私は胸に手を当てて深呼吸をする。すると、慌てて早くなった鼓動が落ち着いてくるのを感じた。


「ユリウスさん、私だから良いですけれど、女性に安易に『君が好きだ』なんて言うものじゃありませんよ」


 そう言って、私はフォークを使い、マカロニパスタを幾分か早口で食べるのだった。





「……あった」


 その日の夜。


 おじいさまの創薬ノートから、目当てのものと思わしい薬を二つ見つけた。


 一つは、『美容剤シワトール』、もう一つは『美容剤シミトール』だ。


 ──おじいさま。前回といい、名前がアンチョコ過ぎませんかね。


 私は今は亡きおじいさまに、ツッコミを入れたくなってしまった。


「ああでも良かったわ。これで作り方がわかったんだもの……って、あら?」


 私は、材料にあまり見覚えのないものがあるのに気が付いた。


『美容剤シワトール』の材料は、カエルの皮、エタノール、水晶花の蜜。


『美容剤シミトール』の材料は、真珠の粉、エタノール、虹百合の朝露。


「水晶花の蜜と虹百合の朝露なんてあるのかしら?」


 多分、水晶花と虹百合というものがあるなら、ありそうだけれど……。うーんと首をひねって、創薬室のおじいさまの本棚に行くことにした。


 本棚にたどり着いて、本棚にあった『稀なる花々』という図鑑を探してみる。すると、どちらも載っており、想像したとおり、実在する花だったのである。


「……ということは、農園(ユートピア)にいるアベルからもらえば良いわね」


 そう思って、その日は休むことにした……のだが。


 翌日。


「それ、両方とも枯らしちゃったニャン……」


 悲しそうに、アベルは打ち明けた。


「ゲオルクじいさんが元気だった頃は両方あったんだがにゃ、亡くなる頃に両方とも枯らしてしまったニャン……」


 ゲオルグというのはおじいさまの名前だ。そのおじいさまのお体が弱ってしまった頃に枯らしてしまったようだ。


「カエルなら、農園(ユートピア)にいるから、捕まえられるニャン!」


 ということで、カエルはアベルに頼んでおけば良いし、真珠は材料として創薬室の引き出しにあったはずだ。


 問題は、水晶花と虹百合の二つ。


「……こういうときは、冒険者に頼むのが筋なんだけれど……」


 そういえばと思い当たる人がいた。


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