08-3.
「さて、まずはマムシの血から血清を取り出しましょう」
マムシの血を試験管に入れて、私は魔力を注ぐ。
「凝固」
それから、その試験管に蓋をして、遠心分離機に格納した。遠心分離機の蓋をして、スイッチを入れる。すぐに終了を知らせるブザーが鳴って、試験管はきれいに黄色みを帯びた血清と、凝固化され、もちもちになった赤い部分とに分かれた。
私は慎重に血清を別の試験管に取り出す。
次はエタノールの分離だ。
ワインを加熱する側の蒸留器に注ぐ。そして、蛇口をひねって冷却水を蒸留器の冷却管の中に通す。それから、加熱温度を調節するスイッチをひねった。エタノールは、水よりも沸点が低いから、その温度に調節する。
これはポーション類の素材とするために普段から良く抽出していたので、なれた作業だ。
加熱されたワインが冷却管を通る水道水に冷やされて、エタノールだけが抽出されていく。
私は、血清の入った試験管の中にエタノールを注ぐ。
「さて、あとはカラスウリの蔓ね」
これは、おじいさまの創薬ノートによると、すりつぶした汁を使うのだそう。
私は乳鉢と乳棒を手に取って、乳鉢の中に小さく切ったカラスウリの蔓を入れる。そして、乳棒で蔓を潰す。それから、乳鉢を滑らないゴム状のマットの上に載せ、まずは垂直に押さえつけるようにして潰す。なじんできたら、乳棒を渦巻き状に動かしてすりつぶす。
「あ、出てきたわ」
緑色の知るが出てきた。これがカラスウリの蔓の汁だ。
私は、二つの材料の入った試験管の中に、そっとカラスウリの汁を注ぎ入れる。
もちろん、量は目盛り付きのスポイトで量って、おじいさまの創薬ノート通りだ。
「ところでこれ、創薬レベルBって書いてあるけれど、私に作れるかしら?」
ちなみに、ヒールポーションはD、ミドルヒールポーションはC、ハイヒールポーションBだから、ハイヒールポーションが作れる私なら、初めてでもギリギリ出来ないこともない……と思うけれども。
──どうか出来ますように!
そして、エルクさんにふさふさの髪と笑顔を取り戻せますように!
「創薬!」
私は、両手のひらから三つの素材の入った試験管に必要な魔力を注ぐ。すると、それは溶け合い混じり合い変成し、薬剤へと変わっていく。キラキラと輝いたかと思うと、強い魔力を注ぎ込んで出来あがったそれは、育毛剤ケハエールだった。
「やったぁ! 出来た?」
明らかに成功した様子の状況に、私は声を上げる。
そして、はやる心を抑えつつ、私はおじいさまの遺してくれた機材の中から、鑑定眼鏡を取り出す。そして、試験管の中をのぞき込んだ。
その眼鏡越しには、間違いなく、試験管の上に『育毛剤ケハエール、良質』と書かれていた。
「やったぁ! 出来てる!」
初めて作ったものの成功と、エルクさんに早くこの成功を教えてあげたいとドキドキと胸が高鳴る気持ちを抑えつつ、漏斗を使って試験管から薬瓶へと移す。そして、薬瓶にコルクで蓋をした。
「エルクさんに渡してあげなきゃ!」
ちょうど時は昼過ぎ。もう昼食を採りに来る客もいないだろう。カインに留守番をお願いして、イートインコーナーだけお休みにしてしまおう。
私は創薬室を出て、カインのいるパン販売コーナーまで走っていく。
「カイン! エルクさんのほしがっていた薬が出来たのよ!」
「おお、それはすごいニャン! 早速届けてあげると良いニャン」
「うん、そうしたいの。だから、ポーション類とパンを買い求めに来るお客さんのお相手だけお願いしても良いかしら?」
そこで、カインは首を傾げた。
「イートインは?」
「少しの時間、お休みにするわ」
「了解にゃ!」
そうして、私はエプロンを外す。そして、ポシェットを斜めにかけ、その中に大事な薬瓶を入れた。
「行ってきます!」
私は、店の出入り口から飛び出し、駆けていった。向かうのはエルクさんたちが住む大工街の方だった。