08-1.育毛剤ケハエール
私は、店舗経営もほどほどに順調な毎日を送っていた。
そんなある日、増築でお世話になった大工のエルクさんに相談をしたいと申し込まれた。
店休日のその日、私は店にエルクさんを迎え入れる。
「こちらへどうぞ」
私は、グラスに果実水を入れたものを、テーブルのそれぞれの前に置く。私たちは、向かい合って腰を下ろした。
店休日だから、イートインスペースには人がいない。だから、そのテーブルを接客に使うことにしたのだ。
「……ご相談があるのですよね?」
「ああ、嬢ちゃんの作るヒールポーションは、ほかの店と違って質が良いって話じゃないか」
「そう言っていただけると、光栄ですけれど……」
本題は何なのだろう? と私は首を傾げる。
「でだな、ポーションっていやぁ、要は薬だ。だから、ヒールポーションは回復ポーションってことだ」
「はい、良くお詳しいですね」
エルクさんがハンチング帽をかぶった頭頂部を撫でる。
「いやあ、怪我の多い商売だからポーション屋の知り合いがいてな」
「なるほど、でしたらなぜ私に……」
「……断られたんだ。そんなものは俺には手が余るってさ」
「っ! そんなに予断を許さない状況なのですか!?」
元気そうに見える、恩人でもあるエルクさんにどんな病が!? と思い私は身を乗り出して尋ねる。
「……絶対に内緒だって、約束してくれるかい?」
「はい。エルクさんがどんな不治の病であろうとも、そのことを口外したりはしません」
私は、真剣な心持ちで約束をする。
すると、エルクさんがトレードマークのハンチング帽を脱いだ。
ピカーン!
と、見事に頭頂部がつるっぱげな頭が現れたのだ!
「えっ、えっ……あのハンチング帽って……」
私はおなかと口を押さえて、必死に笑いをこらえながら尋ねる。ハンチング帽の外側は髪の毛がしっかりあったのだ。まさか、ここまでピッカリとはげているだなんて思いも寄らなかった。
「そうさ、これを隠すためさ。日夜どこでも脱いだことがない」
「それを脱いだってことは……」
「これを治す薬を作ってほしいんだよ。十代後半から薄くなり始めること三十年。もう立派なつるっぴかさ……。でもよう。もう一度ふさふさな頃の自分に戻ってみたいじゃねえか」
「要は毛生え薬、ですか? 出来るか出来ないかは調べてみないことには……」
「……まっ、まあ、そうだよな」
顔を赤くして、照れ隠しをするようにグラスを持って一気にそれをあおった。そして、ハンチング帽を頭に乗せ直す。そして、ポケットから小銭入れを出してきて、銀貨を一枚置く。
「これは?」
「手付金だ。だめだろうと、出来ようと、調べたりなんかすることがあるんだろう?」
「確かにそうですね。調べたりするのに手間がかかりますし、手付金をいただけると助かります」
「じゃあ、それでよろしく頼むよ。……吉報、待ってるぜ」
ちゃっとVサインをしてみせて、店の出口の扉を開けて出ていった。
「……」
私はあっけにとられて彼の背中を見送った。ドアベルだけが室内に響く。
そこに、大きな笑い声が響いた。
「「ぷーっ! くすくすくす!」」
「見た見た?」
「見たよ! つるっぴかのピッカピカ!」
「そんなおじちゃんが、Vサインをしてみせて『……吉報、待ってるぜ』だってー!」
どこからのぞき見をしていたのだろう。エルクさんのことを茶化しながらカインとアベルが姿を現した。
「こぉら、カインにアベル! のぞき見していたわね! しかも、お客さんの大事な秘密をそんな風に笑って!」
私が大仰に怒ってみせると、わあ怖いといった様子でおびえて頭を抱える仕草をしてみせる二匹。
「わあ、ごめんなさーい!」
「ちゃんと、ボクたちも内緒にするからー!」
「当たり前ですっ!」
反省しているのかどうかわからない二匹を、ぴんっぴんっと続けてデコピンして軽く懲らしめる。
「「ごめんなさーい……」」
しゅんとした二匹が、とぼとぼと持ち場に戻っていく。
「全く。人のことをあんな風に笑うなんて」
──とはいえ、私だって吹き出しそうになったけれど。
でもなあ。あんなにふさふさな頃に戻りたいって願ってるだなんて。かなえてあげたいわよねえ。おじいさまの創薬ノートに、何か書いてないかしら?
私は腰を上げ、グラス二個を手に取り、それをささっと簡単に流しで洗った。それから、エプロンで手を拭って、創薬室へと向かう。そこの大きな本棚には、おじいさまの創薬ノートがたくさんしまわれているのだ。
「おじいさまの創薬ノート、おじいさまの創薬ノートっと……」
私は、たくさんの本の中から、これまたたくさんのおじいさまの創薬ノートを取り出していく。そして、山積みになったノートを自室へと注意しながら階段を上って運んだ。
「ここから探すだけでも大変だわぁ」
でも、晩年にはエリクサーすら作り出したおじいさまだもの。きっと毛生え薬ぐらい作り出しているはずよ!
そうして私は、一冊一冊店休日や仕事終わりにおじいさまの創薬ノートの中身を探すことを始めた。おじいさまの創薬ノートにはインデックスすらない。気ままに作った順に書き綴っているようだ。