07-4.閑話.黒騎士の独白
ユリウスは食事とクリスティーナとの会話に満足して帰途についていた。帰る先は王城だ。
実は彼は王の末の弟、王弟だった。だが、まだ王に子がいなかった頃、自分の存在が実の兄の王位に災いをもたらすことがあってはならないと、王位継承権を放棄し、騎士の位に下った身だった。
とはいえ今は王には子宝に恵まれ、長男が王太子位についている。
王位簒奪などはかる輩が差し入れる隙もないくらいに、王位は安泰だ。その安泰にあぐらをかいて、黒騎士などと賞賛され、王国の安定に不和をもたらす可能性のある魔獣たちを狩って生きている。
外向きには王弟だと言うことは明らかにしていない。王の末弟がユリウスだと言うことも王都では知っているものは少ないし、そもそもユリウスというのは良くある名だった。
そんな彼は、王都では黒騎士として知られ、国の守護神などともてはやされている。
その彼は、今まで王都で食事をするなら王城にある城の食堂で食べていた。しかしそこは、不味くはないが、メニューが何年たっても変わらない。もう全てのメニューを食べつくし、何十周もしている。つまりは城の食事に飽きていた。
あそこの店は良い。少し繁盛する時間を過ごしていけば、静かに食事をとれる。彼女の提供してくれる食事はどれも独創的だ。そして何より、添え付けに出されるパンがとても柔らかく美味しい。
「それにしても、今日は楽しかったな。彼女とともに食事が出来た」
ユリウスは馬に乗って王城に向かいながら、満足げにうなずいた。
──彼女は、すごい人だ。
彼女のヒールポーションはほかの店のどのものよりも品質が良く、怪我に使うと回復が早かった。あんなものを作れるのは典薬貴族くらいなものじゃないだろうか。
一度一年前ほどに典薬貴族の作ったヒールポーションから支給してもらったことがあったが、それを思い出させるような回復具合だった。
──あのヒールポーションがあれば安心だ。
そして、食事。
──彼女が作る食事が好きだ。そして、彼女と過ごす時間も。
そこで慌てて自分で自分に言い訳をする。
私は彼女が作る料理が好きなのであって、決してやましい気持ちで通っているわけではない。
まず、ヒールポーションの品質が優秀だ。そして食事が美味しい。それだけだ。
そう言い訳するものの、彼女を思い出すと、ぼうっとする。
まっすぐでつやの茶色いある髪。新緑を思わせる緑色の瞳。白くきめ細やかな肌。穏やかな声。優しい言葉。明るい笑顔。
どれもがユリウスを魅了した。
──何を考えているんだ私は。誰かを好きになる資格なんて私にはないのに。
そう思い、眼帯で隠した右目に手を当てる。
「私は醜い。……そんな私に女性を愛する資格はないんだ」
王に仕える黒騎士。その名に惹かれてやってくる女たちもいた。だが皆、ひとたび眼帯を取って素顔をさらせば、その醜さに恐れおののいて去っていったではないか。
彼女だって、そうに決まっている。
ユリウスは右手を手綱に戻す。
──やめておけ。何も期待するな。
私は、彼女の笑顔を見られて、彼女が作る料理を食べられれば十分幸せだ。
そうだな。今日みたいに時々は……、ともに食事をとれるとうれしい。
だが、一緒に食事を採ってみると、彼女の食事の所作は、まるで貴族を彷彿とさせるような洗練されたものだった。
──もしや彼女は貴族出身?
何らかの事情で没落した貴族が身を立てるために商いに手を出すこともあると聞く。だが、彼女からはそんな暗さは感じさせなかった。あくまでも彼女は明るく愛らしかった。
やはり、大きな商家の娘さんが何かが、気まぐれで店を商っているのだろう。
その気まぐれが私をいやしてくれる。
彼女の気まぐれがいつまでも続いてくれることを、ユリウスは願うのだった。