07-3.
やがて、ユリウスはさんは毎日私の店に通うようになり、彼がユリウスという名前だということも教えてくれた。
店主と常連のお客さんという、距離が近くなって、親しく会話も出来るようになった。
「やあ、こんにちは」
「あらいらっしゃい。ユリウスさん。そろそろ来る頃かと思っていたの」
そう言うと、苦笑気味に笑っていつものテーブルに着く。そこは、最初に座った窓際の席だ。
最初に来たとおり、いつも彼はお昼も少し過ぎた頃に顔を出す。毎日来るわけではない。でも、用事があってこれない時は、前もってそうと教えてくれる。
「今日は何にしますか? 今日の日替わりは……」
彼の席に近づき、果実水を出し、メニューを開いてみせたとき、うっかり私のおなかがぐーっと鳴ってしまう。
「くすっ」
小さく彼に笑われてしまい、私は頬が熱くなるのを感じた。
「すっ、すみません。さっきまでお客さんが多くて、対応に手間取っていて……自分が食事を取る間もなかったものですから……。それにポーションの方のお客さんも多くて……」
私は赤面しながら、あれこれと理由を並べてしまう。
「おなかが鳴るのは自然なことだよ。そうだ、一緒に食べないかい? いつも一人で食べるもの味気ないから。ああ、こんな右目の醜い男じゃ、食欲もわかないかな」
提案しておきながら、ユリウスさんは躊躇する。
けれど私はその提案がとても素敵なもののように思えた。常連のユリウスさんはよく外に出る人。なんだか素敵なお話を聞かせてもらえそうな気がした。
「……じゃあ、お言葉に甘えて。お料理は何にしますか?」
「え? 私の顔は気にならないのかい?」
「……気にならないと言ったら……。その銀の髪と紫石英の瞳がきれいだなって思いますけれど」
その私の返答に面食らったような顔をする。そして、彼の顔が少し赤らんだような気がした。けれどすぐに、話題を変えるように声をかけてきた。
「今日の日替わりは何?」
「川魚のムニエルマスタードソースです。前菜にたことズッキーニのアンチョビマリネがつきます」
「たこ? それは聞いたことがない食材だな。じゃあ、それにしようかな。クリスティーナさんは?」
「……そうですね。同じものにします。準備しますね。待っていてください」
一度調理場に戻って、窓際のテーブルに二人分のカトラリーを並べる。そして、もう一度調理場に戻る。
そうして、私は調理場に移動してさっと前菜のたことズッキーニのアンチョビマリネを作ってしまう。メインの川魚のムニエルマスタードソースは、保温保存庫に入っているから、出して提供するだけだ。それらを二人分用意すると、私はそれを持ってまた窓際の席へともってゆく。
「お待たせしました。こちらが今日の日替わりです。こちらがメインの川魚のムニエルマスタードソースで、こちらは前菜のたことズッキーニのアンチョビマリネです」
提供されてた品を見ると、ユリウスさんが目を細める。
「これは美味しそうだ。……それにしても、これが、たこ?」
「はい、たこです。美味しいですよ。私の分も持って来ちゃいます。良かったら、温かいうちに手をつけちゃってくださいね」
往復して急いで自分の皿も持ってくる。
ユリウスさんは手をつけないで待っていてくれたようだ。
「食べてくださっていて良かったのに」
私がそう言うと、カトラリーを手に取りつつ、ユリウスさんが頭を横に振る。
「一緒に食べるって言ったからね。さあ、いただこう」
「「いただきます」」
二人で言って、食事を始める。
「……これが、たこ?」
そのままたこを食する文化がない我が国で、出された見慣れないものをフォークで刺し示して、彼が訪ねる。
「そうです。淡泊で、歯ごたえがあって美味しいですよ」
少し面食らった様子がうかがえたが、意を決したようにたことズッキーニをフォークに一緒にさして口に含む。それにならって私もそれを口にした。
咀嚼しながら、ユリウスが目を丸くする。そして、喉を動かして飲み込むと、彼の表情が明るくなる。
「淡泊なたことズッキーニに、アンチョビのアクセントが加わって、コクが出て美味しい。それにしてもたこをこうして食べるなんて初めてだ。歯ごたえがあって美味しい」
「本当。自分で言うのもなんですけど、アンチョビ、合いますね。たこは練り物なんかに普通は加工して食べられているんですけれどね。そのままでも食べられますから。こうして調理してみたんですよ」
「驚いたよ。練り物に使われているなんて知らなかったし、食べられるものだなんて知らなかったから、ちょっと驚いた。クリスティーナさんの食に対する知識は豊富だな。毎回、提供してくれる食事に驚かされるよ。そして美味しいし、満足だ」
「そうですか? 驚いてくださった上に、美味しいと喜んでいただけているならうれしいです」
「おお、こっちは、マスタードソースが川魚の臭みを消して、おいしさを引き出しているよ。美味しい」
「川魚はどうしても、完全には臭みが取りにくいですからね。少しクセのあるソースにしてみました」
そうして食事は歓談とともに進んでいく。
「そういえば、しばらくお出かけが続きましたよね。どこに行かれていたんですか?」
「ああ、国王からの命令で、黒い森までね。そこに、魔獣が沸いたと言うから。それが沸いて、王都と各都市を往来する商人や人々に影響を及ぼさないように刈り取ってほしいと依頼があったんだ」
「まあ、また国王陛下からの依頼でしたの。すごいですねえ」
そう。ユリウスさんは、私が無知で知らなかっただけで、王都では有名人だったのだ。国王陛下の直属の騎士であり、勅命を受けて仕事をしているそうだ。暇があれば、冒険者ギルドによって、難易度が高く、攻略するものがなかなかいない案件を解決したりもする。
黒騎士、といえば、誰もが知る王都の守護神なのだった。
そんな人と私は気安く食事をしている。
それも、彼が私の店の常連になってくれたからだ。
「そうそう。食事と一緒に買っていったヒールポーション。役に立ったよ。やっぱり多勢に無勢でね。それに私には右目が見えないというハンデがあるから」
「……右目が見えないとやはりご苦労があるんですか?」
「ああ。わからないかな。右目が見えないと、右側の視界がないだろう? だから、そちら側からの攻撃には弱いんだ」
「なるほど、それで後れを取ってしまうんですね」
「そういうこと。後れを取って怪我をして、ヒールポーションが必要ってことだ。まあ、もちろん気をつけるようにはしているんだが」
「あんまり怪我をしないでくださいね。痛い思いをなさっていないか心配になります」
「だったら、安心出来るヒールポーションを作って待っていてくれ。それで直して帰ってくるから」
「……頑張ります! 怪我をしても安心して回復出来るようなヒールポーションをたくさん作ります」
「……っ」
そこで、少しユリウスさんが笑う。
「……どうかしましたか?」
「いや、そこまでたくさん怪我もしたくないなってな」
「……いやだ。そうでした! そんなに怪我をなさったら大変でした!」
「くっくっく。ああ、笑わせてもらったよ。……そろそろお互い食べ終わったな」
そう言って、カトラリーを置いて、果実水を飲み干す。
そして、彼は代金の大銅貨一枚をテーブルに置いた。
「ごちそうさま。また来ます」
「はい、お待ちしています」
「ああ。ヒールポーションとミドルヒールポーションの補充をさせてほしいんだけれど」
「にゃ! そちらはボクがお相手するのにゃ!」
「そうだったな。カイン、よろしく頼むよ」
そう言って、カインのいるポーションやパンを売っている販売処の方へ彼が移動していった。
残された私は、二人分の食器片付けだ。
「……あんまりお怪我はしてほしくないのだけれど。ポーションでお役に立てるのなら、良しと思っておきましょうか」
そうして食器を運び、食洗機に格納するのだった。