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07-2.

 ユリウスがまず驚いたのは、オーダーするでもなくガラスの器に果実水が出されたことだ。普通なら、果実水だって売り物だ。そしてガラスの器など高価で普通はこんな場では使わない。クリスティーナに問えば、「無料で提供している」と言う。ユリウスは驚かされてしまう。


 そして、その次に驚いたのは、見たことも聞いたこともない洗練された不思議なメニュー表だ。ユリウスはどれを頼んだら良いのか戸惑った。


 すると、「だったら定番メニューの豚肩ロースの赤ワイン煮込みでいかがでしょう? 私が丹精込めて作りました。美味しいことは保証しますから」と彼女が勧めてきた。


なので、ユリウスは「じゃあそれを頼む」と素直に従うことにした。


 そして出てきたのが、前菜のホタテと小かぶのグレープルフルーツのマリネと、メインの豚肩ロースの赤ワイン煮込み、そして添えつけられた温かいパン。


 まず、腹が減っていたユリウスはパンに手をつける。すると、彼女が試供品と称してくれたパンを思わせるような柔らかなものだと言うことに気が付く。


「……パンが柔らかい……」


 パンと言ったら固いもの、それが一般的なものだ。なのに、この店のパンは柔らかかった。パンをかじってみる。すると、ぬくもりとともに仄かな甘みが鼻を抜けていく。


「……うまい」


 そうなると、パン一つで美味しいのならほかのものはどうかと期待が高まる。


 前菜のホタテと小かぶのグレープルフルーツのマリネ。ホタテもかぶもグレープフルーツも新鮮で美味しい。ホタテのややある臭みも、グレープフルーツの酸味が補ってくれる。


 さらにメインの豚肩ロースの赤ワイン煮込みにも手をつける。赤ワイン煮込みにはマッシュポテトも添えてあった。ナイフとフォークを持って肉を切ろうとすると、よく煮込まれているのか肉はほろりとほどけた。それをフォークに刺して口に入れる。


「うまい!」


 思わず叫んでしまった。じっくり煮込まれた豚肉はほろほろと口の中でほどけ、至福のおいしさを提供してくれる。


 思わず叫んでしまったが、人気のない時間帯で良かった。この容姿で、そんな目立った反応をしていたら人々を驚かせてしまうだろう。ひそひそと「あの人怖い」だのと言われてはたまらない。


 コホン、と咳払いをしてユリウスは食事に戻る。


 マッシュポテトにもフォークを伸ばす。マッシュポテトはしっかり潰されていて、舌触りもなめらかで、丁寧に調理したことが伝わってくる。


 ユリウスは、今まで王都で食事をするなら王城にある城の食堂で食べていた。しかしそこは、不味くはないが、メニューが何年たっても変わらない。もう全てのメニューを食べつくし、何十周もしている。つまりは城の食事に飽きていた。


 そこで、あちこち王都内の食事処を回って歩いていた。


 そんなときにもらったのが、彼女のチラシだ。食堂もしているという。


 彼女にもらった卵のサンドイッチは、見たこともないものだったが、とても美味しかった。だから、食堂も期待出来るのではないかとユリウスを引きつけた。


 予想は的中だった。


 彼女の出してくるメニュー表に書かれたものは、この王都で聞いたことのないものばかり。


 ──平民の一般的なお嬢さんに見えるが。裕福な平民の娘が道楽で開いている店なのだろうか。たまにそんな店があるらしいが。


 しかしながら、彼女の提供してくれる料理は王都一といっても良いのではないかと思うくらいには美味しかった。


「お嬢さん」


 ユリウスは、店の奥に引っ込んだクリスティーナに声をかける。


 すると、すぐに調理場からクリスティーナがやってきた。


「はい」


 そう言うと、クリスティーナが調理場からやってきた。


「豚肩ロースの赤ワイン煮込みはとても美味しかった。そういえば、『日替わり』というのがあったが、あれはなんだったんだ?」


「『日替わり』ですか? 今日は川魚のハーブレモン煮込みですね」


「それも美味しそうじゃないか!」


「……追加でお召し上がりになりますか?」


 首を傾げてクリスティーナが尋ねてくる。だがいや、さすがにこれ以上は必要ない。だから、苦笑いしながらその提案は断ることにした。


「いや、今日はこの料理だけで十分だ。どれもこれも美味しかった」


「その川魚のハーブレモン煮込みは、いつかまた日替わりに出るのでしょうか」


「はい。ご希望でしたら、材料が揃っているときにお声がけしましょうか? ええと、どこにお住まいで……」


「いいえ、結構。ほかにも気になるメニューがあるので」


 そう言って丁重に辞退した。


「承知しました。お好きなものをお好きな時にお召し上がりください」


 彼女は、そう言って笑顔で答えた。


「……では、残りのお食事をお楽しみください」


 にっこり微笑むと、クリスティーナは再び奥へ消えていく。


 ──店主は優しくて愛想が良い。店は建てたばかりなのだろうか、木の匂いがして、その上清潔だ。料理はうまくて、店は静か。最高の店を見つけてしまったな。


 ユリウスは、これでしばらく、食事処ジプシーをしなくて済むと安心する。


 しばらくはこの店に来れば飽きはしまい。


 そうして、ユリウスはゆっくりと食事を楽しんだのだった。


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