04-3.
「さて、開業と決まったら、宣伝しないとね」
帰り道の道すがら、通り行く人々に、チラシとヒールポーション、そして新しいパンを配りながら帰ろうと、マジックバッグの中から大きめのバスケットを取りだして、その中にチラシとヒールポーション、パンを入れる。
「新開店、エリュシオンです! どうぞよろしくお願いします」
道行く人々は、割合と好意的に受け入れてくれ、サンプル品を受け取ってくれる。
「あら、ありがとう」
「おや? これがパンなのかい? 変わっているね」
サンプル品を受け取ってくれた人々からは、行為と好奇心に満ちた言葉が返ってくる。
そんな通りすがる人の中に、どこか既視感のある人がいた。
──あの真っ黒の鎧の人、前にどこかであったことがあるわよね。
冒険者なのだろうか。見目を引く恵まれた体つきに、全身を覆う黒い甲冑。
──そうだ。すれ違いに、ほどけて落ちたリボンを拾ってくれた人だわ。
私は出会ったときのことを思い出した。
もし彼が冒険者だとしたら。そうでなくとも騎士か何かの職業の人ならば、私の作ったヒールポーションは何らかのお役に立てるだろう。サンプルに渡したいわ。
そう思って彼の方に近寄っていく。
「こんにちは」
「……こんにちは?」
急に声をかけられたからなのか、辺りを見回すようにして歩いていた彼が、驚いたようにこちらに視線を向ける。
「……以前、どこかで……」
彼の方にも私の記憶が少なからずあったようで、記憶を思い出すかのような仕草を見せる。なぜ声をかけられるのだろうと、不可解な表情も見て取れる。
全身を覆う黒い甲冑から覗く、銀の髪が日に当たって美しい。右目を覆う眼帯が痛々しいけれども。そして、すっと通った鼻梁に薄く赤い唇。開いた左目は妖しいまでに美しい紫石英きっと、目のことさえなければ、女性から引っ張りだこだろう。いや、眼帯のことがあっても、引く手あまただろうか。そんな、魅力的な男性だった。だが、心なしかの右側を隠そうとする仕草は、その眼帯を隠そうとする無意識の仕草にも見て取れた。
そんな、彼の思惑とは別にして、私の目に映る彼の魅力的な容姿に引き込まれそうになるのを、私はふるふると頭を振って振り切ってから、以前のことを口にした。
「以前すれ違って。あなたの甲冑に私のリボンが絡まってしまってほどけて落ちたのを拾っていただいたことがありました」
「ああ! あのときの……」
それでようやく思い出したように彼の表情が明るくなる。そこで、すかさず私はチラシとヒールポーション、前にリボンを拾ってもらったお礼を兼ねて薄紙に包んだサンドイッチを差し出した。
「これは?」
銀髪の人は、押しつけられたものに戸惑いつつチラシに目をやった。
「……エリュシオン?」
そう店名を口にした。
「はい! 私が開くお店の名前です。私、魔法薬師をしているんです。それで、冒険に欠かせないポーション類と、手軽に食べられるパンを売る店を開こうと思っているんです。お店にはイートインスペースも設けて、日替わりで食事も食べられるようにするつもりです」
「へえ、なるほど。それで、これは?」
「試供品です。是非もらってください。使って、食べて、良いなと思ったら、お店に寄ってくださいね。そのチラシに、地図も載ってますから。ああ、ヒールポーションは商業ギルドでお墨付きをいただいた品ですから、戦闘中でもそのあとでも、安心してお使いになれると思いますよ」
私は、笑顔で説明する。善意でリボンを拾ってくれた人。悪い人じゃないはずだ。お客さんとしてきてくれたらうれしいなと思った。
「わかった。そういうことなら、ありがたくいただいておこう。ヒールポーションはいくつあっても重宝するからな」
やはり、彼は冒険者か何かなのだろう。ヒールポーションを喜んでもらえた。
「ああ、立ち話もそろそろ切り上げないと。これからちょうど仕事に出かける予定でね」
そう言うと、彼はリュックの中にサンドイッチとヒールポーションをしまった。そして、王都の出口を指さした。そちら側、王都の外に出かけるということだろう。
細身だが、屈強ながら体つきをしている。そして、それを覆う黒い美しい甲冑。きっと彼は強いのだろう。自然とそう思わせる何かが彼にはあった。
だが、王都の扉を一歩出れば、魔獣と出くわすこともあると聞く。彼の旅を案じ、そして、再び彼と出会えたら、となぜか心に思わせる何かがあった。
「旅の無事をお祈りしております。お帰りになったら、またお目にかかりたいです。是非、我がエリュシオンにお顔を見せてください」
そう伝えると、狐につままれたような驚いた顔をした。
「……またお目にかかりたい? 君は私の顔が……目が怖くないのかい?」
そう問いかけられた。
「……? ちっとも。あなたさまが冒険者なり騎士さまなりだとして、魔獣と対峙なさる機会がおありの立場なら、怪我も負いましょう。それが右目だっただけでしょう?」
私は素直にそう答えた。
「君は恐れを知らない、そして、優しい心を持った人だね。私の顔を醜いと思わないだなんて。わかった。仕事から戻ったら、君の店に顔を出すよ。それで良いかい?」
「……はい!」
そう返事をすると、彼がリュックを肩にかけ直した。旅立ちの時がきたのだろう。
「それでは、また」
「ええ」
そうして、私たちは別れた。
多々二度すれ違っただけ。それだけの関係だ。
でもなぜか、また会えるような気がして。いえ、会いたい気がして。
私は、彼の旅が無事であるようにと、その背中が王都の扉の方へ向かい、雑踏に紛れるまで見送った。