04-2.
そして翌日。
商業ギルドに提出するためのパンを作る。それから、みんなで朝食を済ませ、リュック型のマジックバッグにパンとチラシ、レシピの説明書を書いたノートとヒールポーションをしまう。
それから、自分自身も出かける用意をしないと、とエプロンを外し、エプロン掛けに引っかけた。そして、着替えをすべく二階の自室へと上がっていった。
ワンピースからワンピースに着替える。一応家で家事をしている服より、商業ギルドで初対面の方に対面するのだ。だから、少しよそ行きのものに着替えした。着替えで結っていた髪が少し崩れたので、改めてポニーテールに結わき直す。
「これで良し!」
鏡で確認して、鏡向こうの自分ににっこり笑って見せる。
それから階下に降りて、大きな声で二匹に声をかけた。
「商業ギルドに行くから、出かけてくるわね!」
「「はぁい!」」
元気な返事が聞こえる。
その声を背に、私は屋敷の扉を開けて王都に出たのだった。
屋敷を出て、細い道を歩いていくと、程なくして大通りに出る。
王都の町並みは広々としていた。馬車が走る車道の両脇には街路樹と花が飾り、その横が歩道になっている。そして、その歩道に並ぶように店が建ち並んでいる。広場になっている場所もあり、そこは前に買い物をした市場が建ち並び、人々で活気づいていた。
「やっぱり王都は賑やかで活気があるわ」
前に住んでいた、アドルフが治めるブルーム公爵領と比べると、段違いに活気があって賑やかで、そして人々が生き生きとしている。これも、治めている人の違いだろうか。
そんなことを考えつつ、あちらこちらを眺めながら歩いていると、目的の場所に着く。
商業ギルドだ。
商業ギルドは、街の中央通りに大きく構えた高くそびえる建物だった。
一階から最上階まで全部が、商業ギルドのために使っているというのだから凄い。まあ、この国で商売をしている全ての店を統括しているのだから、当たり前といえば当たり前なのだろうか。
私は、建物の一階の入口から入ってすぐ側にある、受付カウンターへ向かう。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょう」
受付の女性が尋ねてくる。
「クリスティーナ・ベールマーと申します。先々この街で店を構えようとしていまして。その事前のご挨拶に伺いました」
そう言って目的を伝える。それと一緒に、具体的な店の構想を伝えた。
「そうでしたか。ベールマーさまとおっしゃるのでしたら、もしかして、あの侯爵家のベールマー家の?」
そう尋ねられる。
「はい」
私は偽る必要もないので素直に答える。
「でしたら、担当の者に取り次ぎますので、そちらに待合用のソファがありますので、そちらにかけてお待ちください」
受付嬢は一礼をしてからその場を立ち去った。
しばらくソファで待っていると、先程の受付嬢が戻ってきて、ソファに座った私たちの元へやってくる。
「クリスティーナ・ベールマー侯爵令嬢、ギルド長がお会いになるそうです。こちらへどうぞ」
そう言って、ある扉の前まで案内される。その扉は開くと、数人が入れるほどのただの箱にしか見えなかった。
「この小部屋の中に入るのですか?」
私はこの小部屋になど入ってどうするのかと疑問に思って受付嬢へ尋ねた。
「お嬢様は昇降機は初めてでしたか」
よくある反応なのだろうか、受付嬢はにこりと微笑むと、慣れた様子で説明してくれる。
──昇降機!?
説明してくれる内容に私は驚く。まるでそれは前世でのエレベーターそっくりだった。そんな魔道具があるなんて!
私は王都の技術に圧倒される。
「私どもの建物は高いので、魔道具の昇降機を使って階の上下を移動出来るようにしているんです」
受付嬢は説明しながら、身振り手振りで私たちを中へ誘導し、昇降機を操作して動かす。ウイーンという音とともに上へ動いているというそれは、なんだが足元が少しふわっとする感じがして不思議な感覚がした。
「面会室はこちらです、どうぞ」
『昇降機』を下りると、たくさん扉があるうちのひとつに案内される。受付嬢がノックをしてから扉を開けて、私たちに中へ入るように促してくる。
部屋の中へ入ると、恰幅の良い壮年の男性が立ち上がって挨拶をしてくる。
「クリスティーナ・ベールマー侯爵令嬢、お初にお目にかかります。わざわざご足労頂いてありがとうごございます。ささ、どうぞおかけください」
「こちらこそ、お時間をとっていただき、ありがとうございます。本日は、私が店を開業しようとしておりまして、その件で事前にご挨拶に伺いました」
そう言って、私は挨拶をしてからソファに腰掛ける。
「こちら、売り出そうと思っているヒールポーション、ミドルヒールポーションとハイヒールポーションと、パンです」
参考にしようと思って持ってきたヒールポーション三種やパンを二人の間にあるテーブルに並べた。パンは卵のサンドイッチと、あんパンを持ってきた。
ギルド長は、そう一言ことわってからそれらの品を眺めた。
「ポーションはともかく、パン……は、大分変わっていますね。ああ、ポーションを鑑定させていただいてもよろしいですか?」
「はい、もちろん」
この世界には、品物の品質を見定める鑑定機という魔道具がある。ギルド長は片目のゴーグルのような見た目のそれを取り出して、目に装着し、ヒールポーション、ミドルヒールポーションとハイヒールポーションを順番に鑑定していく。
そして、しばらくしてから鑑定機を外した。
「これらは本当に良い品ですな。品質も高く、効能は確かなものだ。ここまでの品はなかなかお目にかかれません」
「そんなに違うものですか?」
「はい、確かに。これでしたら、王都で売り出すことを、太鼓判付きで許可出来ます」
「それはうれしいです」
私はほっとしてそう答えた。
「そうだ。パンも試しに食べてみてください。ああ、もしご不安というのであれば、私が先に食べてみて、毒味を……」
「いえいえ、お嬢様。そんなことは疑ってはおりません。鑑定機で見ても、そんな兆候はありませんでしたから。では、ちょうだいさせていただきます」
そう言って、ギルド長が、サンドイッチを食べる。すると、目を丸くした。
「これは柔らかい。そして、仄かに甘みがあって美味しい! 間に挟まった卵と絡んでよく合いますなあ。ああ、こちらも頂戴しても?」
そう言って、あんパンを指し示す。
「ええ、もちろん」
「これは、鑑定機では小豆が原料とありましたが、味はさて……」
パクリと一口口にする。すると、先ほど以上に目を見開いて、そして、あっという間に平らげてしまった。
「いやあ、甘い具の入ったパンなど初めてです。ギルドを治めるものながら、今まで思いつきもしなかった。いやあ、これなら手軽に甘味を楽しめるし、良いものですな」
「それでは、販売の許可は……」
「許可しましょう」
「それから、喫茶……食事をするスペースも設けたいのですが、そちらも許可いただけるでしょうか」
そう言って、事前に用意しておいた食事の内容を描いた書面を見せる。
それを見て、ギルド長は快諾といった様子で頷いてくれる。
「いやあ、パンだけでこれだけの調理の腕です。ほかの料理も珍しいものばかりで楽しみですな。いやあ、侯爵令嬢が調理と聞いて耳を疑いましたが、こんな希有な腕前と発想を持つ令嬢がいらっしゃるなんて」
サンドイッチとあんパンに気を良くしたのか、ほくほくとした笑顔で引き出しから一枚の紙を取り出した。そして、テーブルに載っているペン差しからペンを取って、インクをつけてサインをする。
開業許可書だ。
「こちらが、お嬢様の店の開業許可書になります。ささ、これを持ってお帰りになると良い。これは、店の中のよく見える場所に飾っておいてください」
「わかりました」
これで用事は終わりだ。無事、開業許可書と商業ギルド証を得ることが出来た。
「本日はお時間、ありがとうございました」
「こちらこそ、楽しみにしておりますよ」
こうして面談を終え、ギルド長に礼を執ってから、部屋を後にする。後は、部屋の前で待っていてくれた受付嬢と合流する。
「そのお顔は、無事に開店許可をお取りになれたご様子ですね」
そう言ってにっこりと笑いかけてくれる。
「はい。無事に開店出来そうです」
私は素直にうなずいた。
「では、また出口までご案内いたしましょう」
そうして私は受付嬢に案内されて、商業ギルドの出口まで無事にたどり着くことが出来たのだった。
私は、手に入れた開業許可書を広げて眺めてにっこりする。
「これで、お店がひらけるわ」
どんなお客さんが来るんだろう。どんな人々に出会えるのだろう。
私は、期待と喜びで大きく胸が膨らんだ。
そして、私は大切な開業許可書をマジックバッグの中にしまう。