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03-1.柔らかいパン

「「「ごちそうさまでした~!」」」


 私たちはのんびりとした日常を過ごしていく。


 例えばの一例だが、午前中はといえば、朝起きて、朝食を食べ、買い出しに行く。時間が余ったら本を読む。午後は昼食を食べ、おじいさまの遺した本を参考にしながら創薬をする。日が傾いてきたら夕飯を食べ、それぞれの時間を過ごし、就寝する。


 至ってのどかな日々だった。


「癒やしの葉、エタノール、太陽花の種をすりつぶしたものを入れて……創薬(フォーミュレイト)!」


 素材の入ったビーカーに向かって、私は、両手のひらから必要な魔力を注ぐ。すると、それは溶け合い混じり合い変成し、ポーションへと変わっていく。キラキラと輝いたかと思うと、強い魔力を注ぎ込んで出来あがったそれは、ハイヒールポーションだ。


「さて、一通りポーション作りは終わりね」


 ポーション類はブルーム公爵家にほとんど置いてきてしまった。だから、私やケットシーたちに何かあったときに使うポーションがなかったのだ。それで、日々、ポーションを作り続けていた。だが、それも一通り終わりを見せた。


「あとはそうねえ。何をしようかしら。……そういえば、食事に不満があるのよね、私」


 そう、日々の主なイベントには食事がつきものだ。そこで出てくるもの、パン。それに私は不満を持っていた。


 この世界ではパンはパン屋自身の家のかまどで焼いたものを市場に持ってきて売り、客はそれを買うのが一般的だ。


「……それが固いのよね」


 どう言ったら良いのだろうか。ドイツパンとでもいえば良いのだろうか。とにかく固いのだ。


「……パン、作ろうかしら」


 自家製酵母パンなら、前世で作ったことがある。料理好きでも、結構凝り性な方だったからだ。


 パンは発酵。農園(ユートピア)にある果物を発酵させて、それを酵母にして柔らかいパンが作れないだろうか。


「うん。やってみよう。農園(ユートピア)なら常春だからなんでもあるけれど、何を元にしたら良いかしら」


 私は腕組みをして悩む。


「……有名といったら、ブドウ酵母よね」


 前世知識から、それにしようとぽんと手を打つ。小麦粉は前に市場で買っておいて運んでもらってあるし、蜂蜜もある。素材は大丈夫だ。


 私は籠を持って農園(ユートピア)へと足を運ぶ。


「あれえ? 農園(ユートピア)に何か用?」


 パタパタとアベルが駆け足でやってくる。


「うんっとね、酵母を作りたいの」


「酵母って、なぁに?」


「えっと、パンを柔らかくするのに必要なものなの」


「……?」


 首を傾げて小一時間。そして「ええっ!」と驚いてアベルのまん丸な目をさらにまん丸にした。


「パンって柔らかくなるの? みんな固いよね?」


「うん、だから、柔らかいパンを、私が作ろうと思って」


 驚きのまなざしが、尊敬のまなざしに変わる。


「パンが柔らかいの? それはすごいや。どんなんなんだろう! ふんわり? しっとり?」


「その両方よ」


 そう言って答えると、アベルが驚いて尻餅をついた。そして、ぴょんと立ち上がってパンパンと汚れたお尻をはたいた。


「わぁ! それはすごいや!」


「だから、それに必要なブドウがほしいの」


「ブドウの木ならこっちだよ!」


 心なしか心浮き立つ様子でアベルが先導してくれる。そして、案内してくれた先には、見事にデラウウェア風の葡萄が豊かに実っていた。


「この子でお役に立てるかなあ?」


「ええ、素晴らしいわ。きっとこの子なら役に立ってくれる」


 私はアベルの頭をなでながら、そう答えた。


「はい。これ、ブドウを取るためのはさみ」


 アベルが私に手渡してくれる。


「ありがとう」


 そうして、私はレーズンを取って籠に入れ、はさみをアベルに返しつつお礼を言ってから屋敷の中へと戻るのだった。


 その足で私は台所に直行する。


 適度な大きさの蓋付きの瓶と、鍋を用意した。


 鍋に水と瓶を入れて、加熱していき、煮沸消毒する。


 その間にブドウをきれいに洗って、水気を切る。


 乾燥させた瓶に、ブドウ、浄水、蜂蜜を入れて、きっちりと蓋をした。そして、次の日からは毎日、一日に一回から二回、きっちり蓋をして瓶を上下によく振る。良く振ったあとは、蓋を若干緩めてあげる。そうしてあとは日を待つ。三日目もすると、レーズンの周りに気泡が出始め、ふたを開けるときにプシュッと音がするようになってくるわ。


 五日から六日もすると完成で、発酵の状態は味をみて確かめると良いわ。発酵が進むと軽い苦みが出るの。甘みだけを感じる状態では発酵が足りないわ。


 そうして、私の場合は五日でブドウ酵母が出来た。


 こうしてレーズン酵母が完成したら、瓶を上下によくふって全体を混ぜて、手早く茶こしで煮沸消毒した別の瓶にエキスをこしとる。このエキスが次の段階のレーズン酵母種のもとになるの。エキスの底に白く沈殿したものが酵母菌よ。


 次にレーズン酵母種を作る。


 密封出来る耐熱の煮沸した保存瓶に、国産小麦粉とレーズン酵母エキスを入れ、清潔な細い長いスプーンでよく混ぜる。約二倍にふくらむまで温かい場所に約一日日おく。


 次に、一番種のレーズン酵母種の瓶にレーズン酵母エキス、小麦粉を加えて混ぜる。約二倍にふくらむまで温かい場所に半日ほどおく。


 さらに、二番種の瓶にレーズン酵母エキス、国産小麦粉を加えて混ぜる。約二倍にふくらむまで約温かい場所に二刻ほどおく。


 ああ、そうだ。前世での二時間が1刻って程度よ。


 で、ここまで作った仕上げ種は、きっちり蓋をしておけば、冷蔵保存庫(クール・ストレージ)で一週間ほど保存出来る。


 ここまででやっと仕上げ種が出来た。結局、種を作るのは一日仕事では済まないのだ。


 ──そうだ。どうせなら今日のお昼ご飯は惣菜パンパーティーにしようかしら!


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