唐突なことだが、MSFの総司令官であり我らがカリスマビッグボス不在のその日、ミラーはかねてから計画をしていた大規模作戦をついに実行する。
それは研究開発班及び医療班並びに拠点開発班を交え、極秘裏に進められていた作戦である。
それは…。
「みんな、サッカーをやろう」
早朝の朝、マザーベースの食堂で多くのスタッフが集まるその場所でMSF副司令官のミラーはサッカーボールを手に似合わないユニフォームを着こみそう宣言した。
朝っぱらからこの副司令は何を言っているんだと、そう思われたのは仕方がないが、日ごろ訓練に明け暮れ娯楽の少ないマザーベースではミラーが時折主催する行事と月に一回のお誕生日会が、兵士たちのたまったストレスを解放する行事となっている。
マザーベースでは前にもこのようにサッカーが行われ、好評であったこともあって最初こそ白い眼で見られたが、多くの兵士たちは乗り気になってミラーの意見に賛同した。
反対に堅物のWA2000などは、昨夜任務で帰りが遅く睡眠時間が短かったこともありむすっとした表情で朝食をつまらなそうに食べている。
まあ彼女の場合、ここ最近オセロットが任務でバルカン半島に行きっぱなしだということもあるのだが…。
「相変わらずミラーのおっさんは面白いことやるね。ところでサッカーってなに?」
食パンに目玉焼きとベーコンとレタスを交互に挟み、それを何重にも重ねて真ん中にナイフを刺して固定するサソリ式簡易ハンバーガーを頬張りつつ、スコーピオンは隣のエグゼに尋ねるが、彼女は山盛りのシリアルに牛乳をぶっかけたものにがっついているので聞く耳を持っていない。
「サッカーというのは、11人のチームをつくって一つのボールを蹴って相手のゴールに入れるスポーツですよ」
スコーピオンの疑問に答えたのはスプリングフィールドだ。
食事、というより目の前の料理を食い散らかしている二人とは対照的にナイフとフォークを使い上品に食事する。
「ふぅ、おかわりおかわりっと」
「あんたどんだけ食うのよ…」
山盛りのシリアルを平らげ、容器に再びシリアルの山を作るエグゼにWA2000は少し引いた目で眺めている。
そこへドバドバとミルクをかけ、再びかき込む様に食べていく。
豪快な食いっぷりにスコーピオンも対抗するからなおさらたちが悪い…。
「ふぅ、ごちそうさん。それでサッカーってスポーツをやるんだって? 面白そうじゃん」
「あんたどうせルール分かってないでしょ? ボールを蹴るスポーツであって、人間を蹴るスポーツじゃないのよ?」
「え、違うの?」
すっとぼけるエグゼに、もういいやと早々に諦めるWA2000。
このままエグゼがサッカーに参戦すれば親善を兼ねたせっかくのサッカーが、血みどろの殺人サッカーに変わってしまうだろう。
医療班の仕事を増やさないためにも、サッカーというスポーツが血で穢されない為にも、マザーベースが平和であるためにも、スプリングフィールドは持てる知識の全てを活かしエグゼにサッカーのルールを説明する。
「いいですかエグゼさん、まずサッカーは相手を潰すスポーツじゃありませんからね?」
「違うのか?」
「違います! コホン…確かにプレー中は危ない場面もありますが、過度に危険な行為にはイエローカードを出されます。より危険な行為を行えばレッドカード、つまり退場させられます」
一つ一つ丁寧にルールを説明し、時にエグゼの疑問に答える彼女の説明はとても分かりやすく初心者のエグゼとスコーピオンも理解のほどが早いように見えた。
それから本来のルールにはないが、二人のパワーを危惧し、スライディングと身体をぶつけるような行為は絶対に起こさないことを約束させる。
「いいですか二人とも、スポーツは公正で平和的な戦いです。相手を怪我させようとか、相手の気持ちを踏みにじるようなことは絶対しないでくださいね」
「分かったよ、話し長いよお前」
「心配してるんです!」
「はいはい、分かりましたよ」
「もう…ワルサーさんは参加しますか?」
「んー、寝不足で疲れてるから遠慮しとくわ。でも気になるから試合は見に行く」
スプリングフィールドも参加するか迷ったが、午後からカフェを開かなくてはならないことを思い出し今回は応援のみとすることとした。
さて、サッカー参加の希望者は指定されたプラットフォームへ向かったのだが、いつの間にかできていたそのプラットフォームにスタッフと人形たちは困惑する。
困惑する彼らに、ミラーは得意げに説明するのだ。
そのプラットフォームは、研究開発班と拠点開発班が合同で進めていたプロジェクトの一つであり、今回のサッカーなどの競技を行うための多目的運動プラットフォームである。
ミラー本人の熱意と、研究開発班らのノリによって誕生した
「オッサン、これスネークにちゃんと言って作ったの? 怒られるよ?」
「スネークなら大丈夫だ。マザーベースの運営はオレに任せると言ってくれたからな! それとオッサン言うな」
得意げに笑うミラーであるが、これは後でこっぴどく叱られるパターンである。
だがスタッフのストレス解消はかねてからの課題であり、のびのびと運動できるその施設の有用性をスネークが気付いてくれれば、もしかしたら怒られないかもしれないが…。
まあ、人形たちにはミラーが袋叩きにあう姿しか想像できないようだ。
「さあ、これ以上は時間がもったいない、早速サッカーを始めようじゃないか。みんなルールは知っているな? 楽しくやろうじゃないか」
突然だが、かつてサッカーが原因で戦争が起こったことはご存知だろうか?
中米のエルサルバドルとホンジュラスの間で実際に勃発した戦争だ。
サッカー戦争とちまたでは呼ばれているが、本当のところはそれまでの両国の領土問題や不法移民の問題などが重なり合った末に起こった戦争で、決してサッカーだけが原因ではない。
だが話しが独り歩きし、あたかもサッカーが原因で戦争が起こったなどと言われているのだが…。
それを知ってか知らずか、主催者のミラーは公正な審判で試合を盛り上げようとしたのだが、開始数秒で片方のチームのメンバーが担架で運ばれる事態となる。
試合開始前までの熱狂が嘘のように静まり返る。
気まずい空気の中、この原因を作りだしたエグゼがすっとぼけたような表情で担架で運ばれる兵士を見送る。
一体何が起こったのか…。
一部始終を観客席で見ていたスプリングフィールドは頭を抱えてうずくまる。
「エグゼさん…あれほど言ったのに…」
エグゼがやったこと、それはキックオフと同時に全力でボールを蹴り、エグゼの脚力で弾丸のように放たれたボールがディフェンダーの顔に直撃し、5メートルは吹き飛ばされたのだ。
柔らかいボールとはいえ、加速し運動エネルギーの乗ったそれは凶器と化し、ディフェンダーの鼻骨を粉砕する。
「エグゼ、駄目じゃないか相手を怪我させちゃ!」
警告の笛を吹き、ミラーが注意するがエグゼはルールは破ってないと主張する。
確かにルールは破っていない、彼女がやったことはシュートの一環だ…ただ殺人的な威力を持ってしまったが。
「とにかく、スポーツマンシップの精神を守ってプレーするんだ!」
まだ文句があるようだが、厳重に注意しその場はイエローカードは出さなかった。
試合は振出しに戻り、負傷した代わりに別なスタッフをチームに入れる。
コートの真ん中には、エグゼと対決するチームのメンバースコーピオンが立つ。
キックオフ、エグゼの二の舞を警戒したがスコーピオンは粗削りだが素早くドリブルでゴールを目指し走る。
やっとまともなサッカーが始まったと安堵し、観客たちはおもいおもいのチームに声援を飛ばす。
パスとドリブルでつなぎ、ゴールの前まで躍り出たスコーピオンの前にエグゼが立ちふさがる。
小柄なスコーピオンは隙をついてエグゼの横を抜き、ゴールめがけシュートする……エグゼには劣るが速さのあるボールは惜しくもゴールポストに命中し弾かれる…。
そこまではいいのだが、弾かれたボールがまるで狙いすまされたかのようにエグゼの後頭部に直撃し吹き飛ばされる。
「ダハハハハ! ごめんごめん、まさかそっちに跳んでくとは思わなかったなー」
確信犯である。
少しは期待して試合を応援していたスプリングフィールドであったが、あまりのショックに卒倒してしまいWA2000に介抱されている。
「テメェ、このクソサソリが…! 上等じゃねえか、サッカーやってやろうじゃねえか!」
エグゼ…いや処刑人はその赤い目に強烈な殺意を宿し、獰猛な笑みと共に立ち上がる。
その後はもうまさに手が付けられない状態であった。
キレた二人の戦術人形の暴走によって試合は滅茶苦茶となり、阿鼻叫喚の地獄となる。
強烈なシュートで選手を倒し、意図的に急所を狙ってシュートしてみたり……収拾のつかなくなったサッカー場でミラーがなんとか収束をさせようと尽力するが、止まらない!
そのうち最近大人しくしていたはずの試作型月光が現れ、エグゼを超える脚力でボールを蹴る…いや、蹴った衝撃でボールが破裂してしまった!
「おらサソリ野郎! これでも食らいやがれ!」
「やったなこの!」
ボールを無くしたらなおたちが悪い。
取っ組み合いの乱闘にまで発展し、折角この日のために整理された芝生は滅茶苦茶になり、強引に投げ飛ばされたゴールポストがひしゃげて曲がる。
「やめろ、やめてくれーーッ!」
ミラーの悲痛な叫び声が虚しく会場に響く。
その後マザーベースに非常事態宣言が出され、戦闘班が緊急出動し二人を強制的に鎮圧し事態は収束する。
恐ろしい結果に終わってしまったサッカーだったが、泣き崩れるミラーを哀れみ、スタッフたちが荒れたコートを直し試作型月光が慰めるように寄り添うのだ。
問題児二人を観客席に縛り上げ、再開されたサッカーはとても平穏でスポーツマンシップにのっとった楽しい競技となったのだった。
「いやー、昼間から飲むビールは美味いね!」
豪快にジョッキを傾け、口周りにビールの泡を付着させたままスコーピオンは笑う。
隣ではエグゼが硬そうな肉に食らいつき強引に引っ張っている……サッカーが終わり打ち上げにスプリングフィールドのカフェにやって来た二人だが、スプリングフィールドはくたくたの様子だ。
「それにしてもサッカー面白かったな、あれならまたやったっていいぞ!」
「もう結構です! 全くもう、後で絶対スネークさんに報告しますからね」
「まあまあ、落ち着きなさいスプリングフィールドよ。ビールおかわりね」
呑気に笑う二人をキッと睨みつけ、空のジョッキをひったくる。
冷凍庫で冷やしておいた新しいジョッキを用意し、サーバーのビールを注ぐ…それを受け取ったスコーピオンは再び喉を鳴らしながら飲んでいく。
「冷えたビールほど美味い酒はない! エグゼもたまには飲みなよ」
「飲んだって酔わねえから好きじゃないって言ってるだろ?」
「飲み足りないんだよそれは。スプリングフィールド、ウイスキーストレートで持ってきて!」
「おいコラ、お前が飲めよソレ」
「なにー? あたしの酒が飲めないっていうのか?」
「うわめんどくせえな、あっち行ってろよ。なあスプリングフィールド、ナポリタンくれよ、特盛な!」
「あたしラーメン食べたい!」
「そんなのありません! あーもう、ここは静かな空間のカフェなんですからね!?」
本来ならジャズの音楽がかけられた穏やかなカフェのはずが、そこは殺人サッカーを終えた二人による打ち上げ会場と化し、静かな空間を求めやって来たスタッフたちが早々に引き返していく。
エグゼはともかくとして、酒が入って陽気になってきたスコーピオンはたちが悪い。
「うわッ……なにこれどうなってるの?」
「あぁ、ワルサーさん。助けてください、一人じゃ手に負えません…」
遅れてやって来たWA2000はカフェ内の惨状に目を背けそうになるが、カウンターの向こうで救いを求めるスプリングフィールドを無視できず、エプロンを身に付けカウンターに立つ。
「おう遅いぞワーちゃん! まあ乾杯代わりにこの麦茶を飲みなさい」
スコーピオンに差し出されたグラスには茶色い液体が入っている。
WA2000は無言でそのグラスにライターの火を近づけると、ぽっと青白い火がついたではないか…。
「知らなかったわ、麦茶って火がつくのね」
「細かいこと気にしないでワーちゃんも飲めばいいんだって! ほら、エグゼもカクテルでいいから飲もうよ! 一人で飲んでてもつまらないんだって!」
「うるせえ酔っ払いだな。しゃーないな、とりあえずビールくれよ」
「はいはい」
エグゼにはビールを、自分には度数の弱いカクテル、疲れた様子のスプリングフィールドには正真正銘本物の麦茶を渡す。
「9A91がこの場にいないのは残念だけど、MSFとあたしらのますますの発展と活躍を祈念いたしまして、乾杯だーッ!」
スコーピオンの調子の良い口上の後、人形たちはグラスを合わせ合う。
ますます手のつけられなくなるスコーピオンであったが、ここ最近暗いニュースの多かった中で、太陽のように笑うスコーピオンにはいつも誰かが元気づけられる。
お祭り人形スコーピオンに手を焼かされたが、その時ばかりは疲れた様子を隠し、スプリングフィールドも楽しむのであった…。
エグゼとスコーピオンは少林サ〇カーでも見たんだろうな(白目)
うちのスコーピオンはムードメーカーであり、お祭り人形、ミラーと組めば楽しい行事が増えることでしょう。
でも基本スネークの追っかけなので、なかなか実現しないw
9A91も一緒に混ぜたかったけど、任務中なんでね…。
でも殺人サッカーに巻き込まれなかったからある意味助かった?