METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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鋼鉄の守護神

「ぅ……んん…」

 

 周囲を飛び交う騒がしい声にスプリングフィールドは目を覚ます。

 起き上がろうとした彼女であったが、ひどい頭痛と腹部の痛みで思うように動くことができなかった。

 だんだんと意識がはっきりしてきた彼女は周囲を見回し、負傷兵を集めた野戦病院の中に横たえられていることに気付く。

 腹部と足の傷は包帯を巻かれて処置をされており、ゆっくりと身体を動かしてみる…痛みが残っているが人形として我慢できないほどではない、そう思い彼女はゆっくりと起き上がる。

 

「まだ起き上がるんじゃない」

 

 後ろからかけられた聞き覚えのある声に、彼女は咄嗟に振り返る。

 声をかけてきたのは彼女の想像通りスネークだった……しかしその姿を見たスプリングフィールドは言葉を失った。

 元はオリーブ色だった戦闘服は血でどす黒く染まり、処置された白い包帯も真っ赤に染まっている。

 血で汚れていない場所などないくらい、他人と己の血が混ざりあったスネークの身体…そしてあの砲撃で負傷したのであろう、左腕は上手く力が入らないのか動きがぎこちない。

 

 スネークのあまりの痛々しい姿に彼女は口元を覆い目を伏せた、そんな彼女の前にしゃがみこみ、スネークはそっと彼女の肩に手を置いた。

 

「ここは前哨基地の後方だ、今のところは安全だ…だが、いつここも戦闘に巻き込まれるか分からん。マザーベースから負傷兵を回収するヘリが来る、君もそれに…」

「まだ戦えます! これくらいの傷はどうってことありません…!」

 

 彼女はベッドの上から起き上がり、スネークの前に立ってみせる。

 痛みはまだある、傷も決して浅くはないがそれは人間から見た場合だ、戦術人形の自分はまだ動けると彼女は主張した。

 だが、スネークは首を横に振ると、そっとベッドの脇に立てかけていた彼女のライフルを手に取る。

 銃身がひしゃげ、根元から銃床がへし折れている己のライフルを見て彼女は絶句する。

 

「この銃が壊れた時、君が気を失っていたのは幸いだった…スプリングフィールド、君はよく頑張った。後はオレたちに任せろ」

 

 差し出されたライフルを、震える手で受け取ったスプリングフィールドは、それを抱きしめる。

 戦術人形にとって銃はもう一つの自分と言ってもいい特別な存在、砲撃で銃が破壊された時気を失っていたために、銃が受けた破壊の影響が軽微だった。

 その場にへたり込む彼女に背を向け、立ち去ろうとしたがスネークの手を彼女は握る。

 

「ご武運を、スネークさん…」

 

 再び戦場に向かうスネークに、スプリングフィールドは頭に浮かぶ謝罪の言葉は口にしない。

 それを言えばスネークに甘えていることになる、自分はここまでが限界…受け入れざるを得ない事実をしっかりと受け止め、彼女はスネークの姿を見送る。

 そして彼の無事を静かに祈るのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッハハハ、グリフィンのマヌケ人形が退きやがれ!」

 

 基地の傍にまで迫る鉄血の大部隊。

 すでに部隊の一部は基地の中にまで侵入し、激しい戦いを繰り広げている。

 

 この鉄血の大部隊を率いる処刑人自らが先陣を切り、応戦するグリフィン救援部隊に容赦なく襲い掛かる。

 銃弾が飛び交う戦場の中で、心底楽しそうに笑う処刑人は素早い動きで戦術人形たちを翻弄し、彼女たちのダミー人形を次々に破壊していく。

 だが処刑人一人に構っていれば他の鉄血兵が迂回し包囲しようと回り込む、それらにも注意しなければならない状況に彼女たちは追い込まれていた。

 

 救援部隊はこうなるであろうことは予想していたが、ここまで大規模な部隊と真正面からぶつかり合うことは想像以上であるしこれまでの経験にもない。

 これだけの戦力がぶつかり合うこと自体、これまでのグリフィンと鉄血の紛争の中で起きることがなかったのだ。

 第三次大戦の再来だ、誰かが言ったその言葉を彼女たちは否定しなかった…。

 

 

「なんだよアイツ、化け物かよ…!」

 

 

 遮蔽物もない場所で、銃撃を躱しながら撃ち返してくる処刑人にAK-47はおもわずそう叫ぶ。

 

 MSFの戦車部隊のおかげで装甲ユニットは基地の外で食い止められているが、奴らまで基地に雪崩れ込んで来たらひとたまりもない。

 先ほどヘリアントスから別な救援部隊を派遣したとの通信が入ったが、あちこちで起こっている戦闘のどこに駆けつけたのか分からない。

 彼女たちの右側ではMSFの戦闘員が雪崩れ込もうとする鉄血兵を必死で抑え込んでいる。

 MSFに義理があるわけではない彼女たちであるが、戦線の崩壊はひいては自分たちをも危機に陥れるために必死の応戦をする。

 

「このままではマズいですね、何か打開策を見出さないと…」

 

 AK-47の隣でリロードしつつ、イングラムがそう呟く。

 

 そんなことは誰もが分かっているが、この戦力差では作戦もくそもない。

 せめてもの救いは山の向こうで巨大な爆発が起きて、砲兵陣地が吹き飛んだくらいか…MSFの精鋭部隊が基地に戻ってきているという情報だが、それがいつになるのか分からない以上期待は出来ない。

 

『Ak-47、こちら9A91聞こえますか?』

 

「ああ聞こえてるぞチクショウ、何か作戦でもあるのか!?」

 

『いえ、ありません』

 

「ねえのかいッ!」

 

 思わず怒鳴ってしまったが、話しは最後まで聞こうと言うイングラムの忠告にAK-47は渋々彼女の通信に耳を傾ける。

 

『このまま戦闘を続けてもいずれ数に押しつぶされます。ここは奴らのボス、処刑人を倒すしかありません』

 

「んなもんさっきからやってる、あの野郎バカみたいに弾を避けやがるんだ!」

 

『分かってます、アイツは恐ろしい敵…だから、みんなの力を合わせるのです!』

 

「お、おぅ…9A91、お前そんなキャラだったっけか?」

 

 通信越しの彼女の声はとても凛々しく、いつもの姿を知っているとまるで別な戦術人形に思えてしまう。

 このままではらちが明かないと思っていたのはイングラムらも一緒だ、一か八かの賭けでも乗らない手はない。

 

「それで、具体的にはどうやるんだよ」

 

 AK-47が塹壕の中から頭を出して処刑人を忌々しく見つめた時、一台の装甲車が処刑人めがけ突っ込んでいったのをその眼で目撃した。

 猛スピードで突っ込んでいった装甲車に轢かれ数メートルは吹き飛んでいった処刑人、その唐突な出来事に唖然としていたAk-47であったがこの絶好のチャンスに咄嗟に塹壕から這い出て、吹き飛ばされた処刑人めがけ走る。

 

「どこのどいつか知らないがよくやった!」

 

 駆け寄った装甲車のハッチから顔を覗かせたのはスコーピオンだ。

 倒れる処刑人めがけ迷わず引き金を引くスコーピオン。

 その瞬間、倒れていた処刑人はむくりと起き上がると銃撃を剣ではじく。

 

「痛ぇなこの野郎、今のは効いたぞ!」

 

 額から血を流し、目をぎらつかせながら完全に起き上がった処刑人。

 そこへ他AK-47とイングラム、そして9A91も駆けつけ彼女を包囲した…。

 

「グリフィンのカス人形ども、お前らはもうお終いだよ。哀れだな、ここがテメェらの処刑場だよ」

 

「あんたに用意された処刑場の間違いでしょ!」

 

 引き金を引いたスコーピオンの銃撃を横っ飛びで躱し、一気に装甲車の上まで駆け上がる処刑人。

 まともに正面から組みあったのでは力で強引に組み伏せられることは前の戦闘で理解した、スコーピオンは処刑人の頭に頭突きし怯ませると、がら空きの腹部に銃口を密着させた。

 

「こざかしい真似しやがって!」

 

 処刑人はむしろ前にもつれ込むことによってスコーピオンごと装甲車から転がり落ち、スコーピオンを蹴り飛ばす。

 起き上がる処刑人はAK-47に向けて獰猛な笑みを浮かべ次の標的とする。

 彼女が銃を構えるよりも速く、処刑人は懐に潜り込むと彼女が首に巻いてある赤いバンダナを掴んで絞めつける。

 

「AK!」

 

 AK-47に被弾することを恐れ引き金を引くことに躊躇したイングラムをあざ笑い、イングラムに向けてAK-47を突き飛ばす。

 受け止めたイングラムに、処刑人は一気に駆け寄り二人ごと蹴り飛ばす。

 

「これが格の違いって奴だマヌケ」

 

 排除した二人から目をそらし、静かに闘志を燃やす一人の戦術人形へとその眼を向ける。

 

「お前が再びオレの前に立つとは思わなかった9A91、完璧にメンタルを破壊したと思ったんだがな…また泣きわめかせてやろうか、大好きな指揮官様はもういないぞ?」

 

「哀れですね…」

 

「あぁ?」

 

「わたしはあなたを憎んでいません、憎悪は心を蝕む毒…そうあの人に教わったから。わたしは指揮官のため、いえ…あの人のために尽くす。あなたがあの人を狙うというのなら相手をします、これは敵討ちではありません、あの人を守るための尊い行為」

 

「そうか、お前みたいな虫けらがスネークの傍にいるから…スネーク、オレはあいつが欲しい、オレだけを見ていてほしい。だからお前らみたいなのは邪魔なんだ、この世から消え失せろ、スネークの周りにいる奴はみんな殺してやる。そうすれば、スネークの目にはオレしか映らない…オレだけを見てくれるんだ…!」

 

「いいえ、あの人の傍にいるのはわたしです。あなたのような危険人物は寄せ付けません」

 

「テメェに言われたかねえな、とっとと死にな、あの世で指揮官様によろしく言っとけよマヌケ!」

 

 横薙ぎに振るった処刑人の斬撃をしゃがんで躱し、すぐさま銃を構えて引き金を引く。

 しかし処刑人の反応も早く、身をひるがえして躱すと装甲車の陰に身を隠しそのハンドガンで応戦する。

 銃の性能はアサルトライフルである9A91の方が上だ、逆に接近戦に持ち込まれた場合の脅威は処刑人の方が遥かに上。

 弾幕によって姿を晒せずたまらずに処刑人は陰に身を隠す。

 

「死にやがれ!」

 

 装甲車を乗り越え、頭上から襲い掛かる処刑人。

 だが終始神経を張り巡らせていた9A91は後方に跳んで処刑人の斬撃を避けると、銃のストックで処刑人のあごをかち上げ、その腹に回し蹴りを放ち突き放す。

 すかさず銃撃するが、処刑人は剣を盾に銃弾をはじいて見せた。

 

 

「へぇ、強くなったじゃないか…」

 

 

 処刑人は頭をポリポリとかき彼女に向き直る。

 その表情には先ほどのような相手を見下したような笑みはない。

 

「お前、たいしたもんだよ…他のグリフィンのアホどもとは違う。お前をマヌケと言ったことは取り消す、お前を一人の戦士として敬意を払うさ」

 

 胸に手を当てて小さく微笑む処刑人。

 油断の消えた処刑人から凄まじい圧力が放たれ、9A91はおもわず冷や汗を流す。

 先ほどとは打って変わり、目つきの変わった処刑人は凄まじい踏み込みで一気に接近し剣を振るう。

 あまりの速度に回避が間に合わず、剣先が9A91の胸を数センチ斬り裂く。

 鮮血が飛び散り苦痛に表情を歪める9A91…ちょっとの距離を開けたくらいでは処刑人の脅威的な踏み込みの速さで一気に詰められる、ならばと意を決し彼女は前に出る。

 

 剣も振りきれないほどの接近戦。

 思い切って銃を投げ捨て9A91はナイフを手にとって処刑人の胸めがけナイフを突き立てた。

 寸でのところで処刑人がナイフを掴む。

 刃を直接握りしめた手から血が流れ出て二人の手を赤く染める。

 

「本当に、見事なもんだぜ…弱さを克服しよくここまで強くなったな。だがな、オレはここで負けてなんかいられねぇんだよ!」

 

 ナイフを握ったまま、処刑人は9A91の首筋に噛み付いた。

 突き放そうともがくがしっかりと噛みついた処刑人は離れず、あまりの激痛にナイフを握る手を離す。

 処刑人の拘束から離れたその瞬間、9A91はもう一本隠し持っていたナイフを処刑人の肩に深々と突き刺す…互いが互いの返り血で真っ赤に染まる。

 しかし、まだ余力を残していたのは処刑人の方であった。

 

 疲弊した9A91を殴り、胸倉を掴んで持ち上げると地面に叩き付ける。

 

 だが処刑人もダメージは大きいようで、装甲車にもたれかかり呼吸を荒げる。

 深々と突き刺さるナイフを無理矢理引き抜くが、ナイフの独特な形状のせいで傷口は酷く損傷し腕が思うように動かなくなる。

 

 そんな彼女の前に、M4は姿を現す。

 

 

「酷い姿ね、処刑人」

 

「名誉の傷だ、テメェには分からねえだろうさ」

 

「そうね」

 

 M4は銃口を向けるわけでもなく、ただ冷たい視線を処刑人に向けている。

 

「不思議だ、前までオレはお前を血眼で捜していたというのに、お前を前にしてオレは何も感じない。オレに特別な感情を抱かせてくれるのはあの男しかいない…なあM4、オレは生まれて初めて"夢"を見た」

 

「…夢?」

 

「ただの人形の身体にAIをぶち込んだだけのオレたちが絶対に見ることのないものだ。あの日アイツに出会ってからオレの中に何かが生まれた、言葉では説明のしようがないが…特別な出自のお前には分かるか、これがなんなのか?」

 

「いいえ…」

 

「オレたちは造られた人形、どんなクソッたれな奴でも命令なら従うしかない。オレの中で何が起こったのか分からないが、オレは制御の枷を外し自由になったんだ…お前には分からないだろうな、自由という概念がよ。誰かの道具じゃない、自分自身の意思で行動できる、自分自身のために戦うことができる」

 

「命令を無視するようになったらあなたは人形じゃない、だからと言って人間でもない…あなたは人の形をした怪物よ」

 

「怪物か、否定はしないさ……スネークに出会ってから生まれたこれが何なのか、オレはいつも考えた。それは奴と戦っている時、戦場にいる時に最も強く感じることができる。ようやく分かったんだぜ……オレは今、生きているってことをな」

 

「理解できないわ、人形に生きるという概念はない。あるのは起動しているか、停止しているかよ」

 

「冷たい奴だな、オレでもそんなことは思いもしない。今もオレの部隊とやり合ってる人形たちもそう見てるのか? だったらお前のもう三人のお仲間も停止させてやろうか? 動かなくなった仲間の前で同じことが言えるか…ふざけんなクソッたれ、お前は特別な存在なんかじゃない、恐怖を克服した9A91の方がよっぽど立派さ…代理人の命令はどうでもいいが、お前の存在は気に入らない。AR小隊のお仲間共々皆殺しにしてやる…!」

 

「わたしの仲間を口にするな、鉄血のクズが…!」

 

「クズはテメェだろうが!」

 

 

 引き金を引いたM4、ダメージで動きの鈍くなった処刑人は数発被弾しながらも猛然と突っ込んでくる。

 処刑人の攻撃を紙一重で避けながら反撃の機会を狙うが、接近戦での戦いは特別な訓練を課された9A91たちに比べると見劣りする。

 一瞬の隙をついて距離をとり、銃撃で牽制しさらに距離を離す…不用意に飛びかかれない距離まで離れたM4を処刑人は忌々しそうに睨む。

 

 

 

『処刑人! 処刑人! 応答願う、こちらα小隊、敵が…敵が…!』

 

「うっせぇ! こっちはそれどころじゃねえんだ!」

 

 唐突には言った通信に処刑人は苛立つ感情をぶつけるが、通信してくる鉄血兵の動揺した声に違和感を感じ耳を傾ける。

 だが通信を発している鉄血兵の声は途中で途切れてしまった。

 

「おい何が起こった、応答しろ!」

 

『処刑人! こちらE中隊、敵の大型兵器が攻撃を仕掛けてきています! 増援をッ!』

 

「大型兵器だと!?」

 

 通信を切り、一度M4を睨みつけ処刑人はその場を走り去る。

 基地を出て戦場を見渡せる高台にまで一気に駆け上がり基地を見下ろす…。

 基地を取り囲む鉄血兵の布陣はいまだ盤石に見える、だが基地の東側で大きな爆発が起こると、その噴煙の中からソレは姿を現す…。

 

 

「なんだありゃ…」

 

 

 それは巨大と呼ぶにふさわしい存在だった。

 鋼鉄製の二つの巨大な脚で大地を踏みしめて歩く姿はこの世の何よりも恐ろしいものに見える。

 巨大兵器と呼んでいたマンティコアを容易く踏みつぶし、一薙ぎで何十体もの鉄血兵を駆逐する圧倒的殲滅力。

 突然の出来事に処刑人は指示を出すのも忘れ言葉を失っていた…。

 

 

 あれこそが国境なき軍隊(MSF)が持つ最大の抑止力…。

 

 核搭載二足歩行型戦車メタルギアZEKEだとは知る由もない…。




今、9年の眠りから覚め、我らが守護神が降臨した。
ようやくタグ回収できて何よりです…!


次回、決着!
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