スネークたちが来るまで荒れ果てて何もなかった古い陸軍基地には今、数機のヘリコプターと十数台の輸送トラックが並んでいた。基地には他にも武装した兵士が巡回し、基地の修復箇所や使えそうな資材の調査を行っている。
彼らは皆、マザーベースからこの陸軍基地跡をMSFの前哨基地とするべく派遣された部隊であった。
それも敵地に最も近いこの場所を守るのにふさわしい、MSFで特に能力の高い精鋭部隊だ。
マザーベースの修復と同時進行で進められているために、運ばれてきた資材は多くはないので設営には時間がかかることだろう。しかし、MSFがこの世界で生きていくうえでこの基地はマザーベースに最も近い要衝であり、これから資材を集める場所としても便利な立地であった。
無駄に広い敷地には滑走路も造ることができる。運ばれたブルドーザーが荒れ地を平らにならし、直に小型飛行機程度の離着陸も可能となるだろう。
マザーベースのスタッフたちは手際よくこの基地を再び使える物にすべく働く。そんな様子をスコーピオンはどこか暗い表情で見つめていた。
「よう、そんな暗い顔してどうしたんだい?」
「そうだぜ、折角の可愛い顔が台無しだ」
声のした方を見ると、一人は大熊のような大きな身体の男と軍服姿に赤いベレー帽を被った長身の男性がいた。
「あ、えっと……」
「そういや自己紹介がまだだったな。オレはドラグンスキー。MSFの戦車部隊の隊長だ」
「オレの名はキッド。"マシンガン・キッド"って呼ばれてる。こう見えて元SAS出身の凄い兵士なんだぜ?」
「あたしスコーピオン、よろしくね」
差し出されたスコーピオンの握手に応じた二人はどこか嬉しそうだ。戦術人形と初めての接触を喜んでいるのかもしれない。
その後すぐに落ち込んだような表情を見せたスコーピオンに、二人はお互い顔を見合わせるとその場に座り込む。
「なあ、オレらがどうこう言えた問題じゃないと思うけど元気だしなよ。次上手くやればいいじゃないか」
「ううん……あたしあの時全然役に立てなかった。スネークの助けになりたいって思ってたけど、足を引っ張ってばっかりで……」
「そう気負うなよお嬢ちゃん、相手は滅茶苦茶強い奴なんだろ? 良い目標が出来たじゃないか、そいつにまた会ったらおもいきりぶん殴れるほど強くなればいい。だから気持ち切り替えてよ、強くなろうぜ」
「キッドの言う通り、自分を強く保つんだ。悔しさは強さの糧になる、その想いはきっとボスもくみ取ってくれるはずだ」
「そっか、そうだよね……あたしらしくもない、あの鉄血のムカつく奴を今度こそぶっ飛ばしてやるんだ! ありがと、なんか元気出たよ!」
万全とは言えないが、ひとまず立ち直る意思を見せてくれたスコーピオンに二人は嬉しそうに笑った。
基地の設営を行っていたスタッフたちも暗い表情のスコーピオンの事が気になっていたらしい、元気な姿を取り戻した彼女を微笑ましく見守っている。
「オレも人生で二度死を覚悟したことがあってね、一回はクルスクでタイガー戦車に鉢合わせた時。もう一回は頭上を対戦車砲を積んだ化け物がサイレン響かせて急降下してきた時だ。あの時は確か―――」
「おいおっさん、そのかび臭い話しは何回も聞いたぞ。しらふでそんな調子じゃ酔ってる時なんてたまったもんじゃない……って、もう飲んでやがる」
飲んだくれのイワン野郎めと、呆れたように愚痴りつつもどこかキッドは楽しそうだ。
「こら、仕事中の飲酒は感心しないぞ」
別な声に、スコーピオンは咄嗟に振り向く。
誰かと勘違いをしたのかスコーピオンは一瞬目を丸くしていた。
「どうした、オレの顔に何かついてるか?」
「ううん、何でもない……ちょっと誰かと勘違いしたから」
「ハハハ、個性のない顔立ちだから誰かと似てたんだろ。紹介するぜスコーピオン、こいつは"エイハヴ"ここのボスだ」
「ボス?」
その言葉にスコーピオンは疑問を浮かべたが、すぐにこの前哨基地の指揮を任された隊員だからそう呼ばれているのだろうと察した。
個性がない顔立ちだとは少し言い過ぎだと思うが…。
「エイハヴはボスやミラー司令からの信頼も厚い、ここの指揮をするのにこいつ以上に相応しい存在はいない。まあ、少し寡黙すぎるけどな」
「止せキッド」
「わかったよ、さてと仕事に戻るかね。おいおっさん、戦車の整備があるんだろ? もう行くぞ」
「わたしも何か手伝うことありますか?」
「ありがとう、だが君は傷を早く治すことが仕事だ。早く元気になって、ビッグボスにまたついて行くといい」
エイハヴのその言葉に頷き、スコーピオンは三人に手を振ってからその場を後にする。
基地のスタッフは暖かくその姿を見送るが、すぐに仕事モードに切り替えて作業を継続する。
やらなければならないことは山積みだ、誰もがマザーベースのため、尊敬するビッグボスのために苦労を惜しまなかった。
「――――聞こえますか、こちらスプリングフィールド。グリフィン司令部、応答願います」
基地の通信室にて、スプリングフィールドとスネークはこの世界の大手民間軍事会社グリフィンとの連絡をとるべく、部屋に残されていた通信機材を使いグリフィンに対し呼びかけを試みていた。
しかし期待する返信はない、やがてスプリングフィールドは困り果てた表情で首を横に振る。
「グリフィンの支部が後退したのかもしれません。他の戦術人形の通信も拾えませんし、もしかしたらこの一帯は鉄血の勢力圏なのかもしれません」
いまのところ、基地に鉄血の人形が現れてはいないが、通信を傍受されて位置を特定される恐れもあり安易な通信は出来ないでいる。暗号化された通信を試みるも、それもいまだ通じず。
日々消費されていくマザーベースの物資、表には出さないがスネークは危機感を抱いている。
どこか、取引をできるような勢力との接触を計りたいところであったが情報があまりにも少ない。
「気長にやっていく……というわけにはいかないな。連絡が取れない以上、こちら側から動く必要がある。スプリングフィールド、一度君が持っている情報を確認したい」
「わかりましたスネークさん、ちょうど地図も見つけましたしご説明します」
通信室の机に地図を広げたとき、部屋の扉が勢いよく開かれる。
振り向いてみてみると、そこには呼吸を荒げる包帯姿の9A91が取り乱した様子で立ちすくんでいた。彼女はスネークを見つけると、途端に表情をほころばせる。
「こちらにいらしたんですね、指揮官」
手を伸ばし近づこうとした9A91であったが、足がもつれ転びそうになる。
それを素早く受け止めたスネークに彼女はとてもうれしそうに微笑む。
「ボ、ボス! すみません、目を離したすきに病室から出て行ってしまいまして!」
慌てて追いかけてきたのだろう、彼女のけがの具合を見ていた医療班たちが駆けつけてきた。医療班は9A91を再び医務室に連れて行こうと手を伸ばすが、彼女はそれを嫌がりきつくスネークの身体に抱き着いた。
「指揮官、私は大丈夫です…! 大丈夫ですから、傍にいさせてください! 一人に、しないでください…!」
悲痛な表情で少女は泣き叫ぶ。
よほど恐ろしい目にあったのだろう、9A91は少しもスネークから離れようとしない。
「あとはオレが見る、お前たちは戻れ」
「了解です、ボス」
敬礼をし、医療班たちは通信室を出ていく。
スネークに抱き着いたまま声を詰まらせて泣く9A91を、スプリングフィールドも一緒に慰める。
「スネークさん、落ち着くまでこうしてあげてください。今は、スネークさんの存在がこの子の心を繋ぎ止めているのかもしれません」
実はこんな自分よりも年下にしか見えない少女を慰めているという状況にスネークは困惑していた、しかしスプリングフィールドの言う通り、ここでこの子を突き放せばこの子の心は壊れてしまうと思いスネークは慣れない事ではあるが我慢した。
「スネークさんも抱きしめてあげてください、きっとこの子も落ち着きますから」
「いや……あぁ、こうか?」
戸惑いながらも、スプリングフィールドのいわれた通りの行動をする……心なしか、9A91の震えが小さくなった気がした。その後一応泣き止みはしたが、ただじっとスネークにしがみついたままである。
いつまでこうしていればよいのだろうか……そう思いかけた時、通信機に外部からの通信が入った。
とっさに立ち上がろうとしたスネークであったが、9A91が行かないでと言わんばかりにその瞳に涙を滲ませスネークを見上げていた。
動けないスネークに代わりスプリングフィールドが交信を始めた。
「――――ちょっと、待ちなさいよ!」
森の中を、ライフルを携えた長い髪を側頭部で結んだ少女が駆け足で進む。うっそうと生い茂る森の環境に慣れていないのか、時々躓きながらも追いかけるのは、少女の先を慣れたように進むダスターコートを羽織る銀髪の男性だ。
少女の声に反応することなく、男は森を抜けたところで地図を広げた。
遅れて森を抜けてきた少女は息を乱し、呼吸が整ったところで目の前の男を指さし少し怒り気味に叫ぶ。
「待ってって言ってるでしょ!? 森に慣れてるのかどうか知らないけど、ちょっとぐらい―――」
「おい、現在地はここで間違いないか」
「あのね、自分の都合で物言いするのやめてくれないかしら」
「余計なことを言うな、質問に答えろ」
男の一切容赦しない物言いに、少女は気圧されしぶしぶ彼の持つ地図に目を落とす。
少女の確認を得た男は地図をしまうとさっさと歩きだす。
「もういいぞ」
「え? それどういう意味よ!」
「付いて来なくていいって言ってるんだ」
「そ、そういうわけにはいかないのよ!私はグリフィンから人間の救助を指示されてるの、だからあなたを放ってはおけないのよ」
そこまで言って、男は急に立ち止まると眉間にしわを寄せて少女を冷たく見下ろす。
彼の態度の変化に、それまで強気な物言いをしていた少女は怖気づいたように後ずさる。
「勘違いするな女、自分の身は自分で守れる。お前の力は必要ない」
男は腰のホルスターから銀色に鈍く光る
咄嗟に目をつむる少女、だが弾丸は少女を外し、背後の茂みに潜んでいた武装した兵士の頭部を撃ち抜いた。
するとその発砲が引き金となり、それまで身を潜めていた襲撃者が姿を現す。
男は反応できていない少女の肩を掴んでどかすと、現れた襲撃者を正確な射撃で倒していく。
2人、3人、4人、5人、6人……男は別なホルスターからもう一丁のSAAを抜き、数人の敵兵士を腰だめの射撃で撃ち仕留める。
最初の発砲からわずか十数秒、見事な早撃ちだった。
少女は何が起こったか分からないようだった。
撃ち尽くした銃に弾を込め、男は少女に見向きもせず再び歩き出す……呆然と座り込んでいた少女であったが、ハッとしてその後を追いかける。
以後、少女は彼に対して何も言わずただ気まずそうにちらちらと様子をうかがいながらそのあとを付いていく。
そんな時だった、少女の通信機能に別な通信が届いたのは。
「こちらワルサーWA2000、応答願う。聞こえるかしら、応答願う!」
『こちら―――スプリングフィールド、ワルサーさんお久しぶりです! ご無事だったんですね!』
「ええ、なんとか……それよりあなたどこにいるの?」
『古い陸軍基地に、人間の部隊と一緒にいます。座標をそちらに送りますね』
「うん、グリフィンと一緒なの?」
『いえ、ただ説明をすると長くなりますので』
「了解、私もそちらに合流するわ」
『はい。気を付けてくださいね』
「ええ、もちろんよ。よかった……味方が残っていたのね」
「おい」
急な声に、少女……ワルサーWA2000は飛び上がる。
いつの間にか男がそばにより見下ろしていたのだ。
「今のは通信か、どこかに部隊がいるのか」
「え、ええ。一応……」
「案内しろ」
「え? あ、ええと……というか自分勝手すぎないかしら?」
冷静になって考えて怒りがわいてきたのか、ワルサーは声に怒気を含ませる。しかし男には通用しないようで、睨み返されさっと目をそらす…。
「別にいいけど、一緒に行くならもっと協力的になってもらわないと困るわ」
「……いいだろう」
「そう、なら一緒に行きましょう」
ワルサーはそう言って、銃を持ち直し目の前の男を見つめる。
数秒の間が空き、そういえば目的地は自分しかわからないと思い出しワルサーは慌てて歩き出す。
だが数分もしないうち、先ほどまで必死になって後を追っていた男が自分の後ろを歩いているという状況に奇妙な違和感を感じ始める。
「ねぇ、なんか落ち着かないから前歩いてくれる?」
「だったらその行き先を教えろ」
「教えたら私のこと置いてくでしょう?」
「当たり前だ、お前の足は遅すぎる」
ワルサーは今まで受けたことのない雑な扱いに重い溜息をこぼす。
どうしてよりによってこんな男に命を救われたのだろうか、そう心で思いつつ我慢をして男の先を歩くのであった。
ちょいとキャラ紹介
ドラグンスキー(オリジナルMSFスタッフ)
戦車乗りのベテラン、大祖国戦争でドイツ軍相手にT-34戦車で戦った元ソ連軍人という設定。
マシンガン・キッド(初代メタルギアの中ボス)
元SASのマシンガンの名手
エイハヴ(便宜上分かりやすくこの名前にしました)
MSFで高い能力を持ち、ビッグボスやカズヒラ・ミラーの信頼も厚いスタッフ。
別な世界線ではビッグボスの
最後の男
"らりるれろ"のあの人。