いい時もあれば悪い時もあるのが、私たちの人生。皆さんは壁にぶつかった時にどうやって、自分の人生を前に進めてきただろうか?
これから紹介するのは「漫画の主人公のように生きたい」と語る、挑戦的な人物。広島県尾道市に拠点を構えるクラフトチョコメーカー・ウシオチョコラトルの中村真也さんの歩みについて伝えたい。
初対面の印象は思っていたよりも穏やかで笑顔が素敵な人。長い顎髭を編み込んだボヘミアンな出立ちからは、どこかアーティスティックな雰囲気も感じさせた。
福岡出身の中村さんがこの尾道に店を構えたのは2014年。クラフトチョコレートという言葉がまだ一般に広まっていなかった頃からダイレクトトレードを実践し、ミルクを使わない、カカオ豆と砂糖だけの「シングルオリジンチョコレート」を作ってきた。
同店は開店当初から多くのメディアに取り上げられ、売上は年々上昇。卸先も増え、2018年にはヴィーガンをテーマにした姉妹店を広島空港にオープンするまでに。しかし、身内からの「裏切り」やコロナ禍などの度重なるトラブルによって姉妹店はやむなく閉店。結果として多額の借金を抱えることになった。
インタビューはそのダメージを今も引きずっているという中村さんが、「自分のダサさに気付いた」と赤裸々に心境を語るところから始まる。瀬戸内海の絶景を見渡せる工房兼店舗で、その波乱万丈な物語に耳を傾けた。
話を聞いた人:中村真也さん(なかむら・しんや)
1983年生まれ、福岡県出身。ウシオチョコラトル社主。放浪の旅を経て広島県尾道市に辿り着き、移住。2014年二人の仲間とともに向島に工場兼店舗のチョコレートショップをオープン。
「主人公」は神頼みをしない
——素晴らしいロケーションのところにお店があるんですね。日本のクラフトチョコレートのパイオニア的なメーカーさんだとお聞きしてます。
そんなにかっこいいものじゃないです。ここまで続いたのはほとんど奇跡。だって、俺はずっと神頼みしかしてなかったんで。「神様! 何とかしてください」「誰か! 何とかしてください」ってことしか考えてこなかった。責任から逃げることばかり……それがダサすぎるなって。
それを先日、一緒に仕事をしていた人から「もうお前とは絶対に無理!」みたいな感じで突き放されたことで気付きました。このままじゃマジで終わるなと。
——どうして神頼みをしていたんですか?
正直な話をすると、会社の経営が傾いているんです。借金がめちゃくちゃあります。実は空港店を始める時に俺、8000万円借りてるんですよね。本当は2000万円で十分だったんですけど、銀行がうちの事業に期待してそこまで出せると提示してきて。当時は勢いもあったんで、じゃあやってやる!!! と、承認欲求バリバリで全BETしたんです。それが大失敗でした。
——空港ってすごくビジネスチャンスが大きそうですけど。
俺もそう思ってました。でも開店当初から空港店は本当にトラブル続きで……。まず、オープンした直後に今治の刑務所から脱獄したやつがいたんですよね。そいつがなかなか捕まらないから街が厳戒態勢になって観光客が消えました。その2ヶ月後には西日本の豪雨災害。極めつきが信頼していた知人による横領でした。
横領事件の詳細は自分の本にも書いてるんですけど、BADな方に超クリエイティブな事件で、俺の心と会社の信用に深い傷跡を残しました。おかげで2000万円追加で借りなければならなくなったんです。
著書『チョコレート最強伝説』(晶文社,2022年)。仲間との挑戦、挫折、未来への展望が詰まったエッセイ
空港店は金をかけた割に売上が全然伸びないし、そのひどい状態でのコロナ突入。撤退する以外の選択肢がなかったです。やけくそになって、経営そっちのけでひたすら現実逃避してました。
——大変でしたね……。それでもここまで持ちこたえてきたのはすごいと思うんですけど。
それはたまたま人が辞めてくれたり、必要な時に入ってきてくれたり、不幸中の幸いが続いたからです。俺は細木数子の六星占術によると、「いいことも悪いことも人一倍起こる」っていう星回りなんですが、割と悪運は強い方で、それに救われてきただけなんですよ。
「もう無理!」みたいな気持ちで、ほとんど思考停止状態になってたのは間違いなくて、そこに「殺すぞ!?」くらいのレベルで怒ってくれる人がいた。そのおかげで目が覚めました。今は逆にちょっとスッキリしているくらいで。
——反省して立ち上がろうとするところが立派ですね。
昔から漫画の主人公になりたいって気持ちがあるんですよね。ほら、漫画の主人公って絶体絶命のピンチにも諦めずに立ち向かって、状況を変えていくじゃないですか。それってすごくかっこいいことだよなって。
やれるかわからん……でもやる。やるしかねえだろっ!!! って、ぷるぷる震えながらも一歩を踏み出すから、人生って面白くなるような気がしていて。だから神頼みなんて、してる場合じゃなかったんです。
ただ“バイブス”に導かれて
——そもそも中村さんはどういう経緯でチョコの世界に入っていったんですか?
元を辿ると、スペシャルティコーヒーのムーブメントにハマってたところからですね。福岡のmanucoffeeさんに憧れていて、毎日のように通っては、エチオピアやタンザニア原産の豆を使ったシングルオリジンコーヒーを飲んでたんです。それが食事の制約が大きいヴィーガンでも楽しめる趣味の一つでした。
ヴィーガンになったのは、焼き鳥屋でバイトをしてた時に生きたナマコを捌いたのがきっかけです。俺が包丁を入れた瞬間にナマコが抗い出して、身が固くなって……。その時に生き物を「殺した」感覚がモロに心に雪崩れ込んできて、それから肉・魚全般がダメになりました。
——なるほど。
ただ、ヴィーガンでも甘いものが食べたいわけですよ。コーヒーに合う、それでいて余計なものが入ってない甘いものってないのかなとずっと思ってて、ある時に愛読してた料理雑誌からシングルオリジン“チョコレート”というものがあることを知るんですね。
紹介されていたのは、アメリカの「MUST Brothers Chocolate」というメーカーなんですけど、彼らはカカオ豆と砂糖だけでめちゃくちゃこだわりの強いチョコを作っていた。
チョコってもう飽和状態にあるものだと思ってたし、発酵で味を作るところにまだこんな広がりがあったんだ! と正直驚いて。しかもカカオ豆と砂糖しか使ってないんやったら俺でも食えるわけですよね。それがめちゃくちゃ嬉しくて。
——当時から事業を興そうと考えていたんですか?
そうですね、ほんとうっすらとは考えてはいました。当時は尾道の「やまねこカフェ」っていう店に勤めてたんですけど、やる気のなかった自分のことをボロクソに怒ってくれた上司がいたんです。改心した俺の姿を見て、「真也君は自分で事業やるのがよさそうじゃね」って言ってくれてたってのもあって。
実際、この領域を日本でやってる人はまだほとんどいなかったし、チョコレート屋を仕事にしたら、「勝てる」んじゃないか? みたいなことは、めっちゃ妄想してました。
——その妄想をどうカタチにしていったのでしょうか?
ある日、地元の隣町の久留米という場所で偶然一枚のチョコレートと出会うんです。それが日本に入ってきたばかりだったDandelion Chocolateさんのシングルオリジンチョコレート。買って食べてみたら、これがもう、うますぎて!!
でも、それを母ちゃんに食わせてみたら「まずい!」って言うんですよ。え、まずい? 俺がこれだけ感動してるのに?? ってことは、このうまさに俺しか気付いてないってことやん!? だったらこのビジネスは勝ちや! と思って、本格的に事業計画を進めました。それがブームにも乗れて、結果的に大当たりだったんです。最初は。
——嗅覚の鋭さがすごく印象的です。
どうなんですかね。今の状態を知ってもらえたら「外すこともある」っていうのは分かってもらえたと思うんですけど……。
ただ、“妖気”みたいなものというか、“バイブス”とも言ってるんですけど、そういう抽象的なものを捉えるのは得意かもしれないです。「あの人は絶対に面白い!」とか「あの店は絶対にいい店だ!」とか、そういうのが一発で分かる。旅をしてて、尾道にたどり着いて移住したのも、この街の怪しげでアッパーなバイブスが気に入ったからです。
——中村さんが言うところの「バイブス」っていうのは何なんですか?
自分の気持ちを高揚させてくれる気配みたいなものですかね。だから、チョコレートも基本的には バイブス 重視なんです。一般的には、素材の味とか香りをいかに組み合わせておいしくしていくかってことを考えると思うんですけど、俺は料理をまともにやったことがないし、ショコラティエの経験もない。自分の気持ちがアガるかどうか、そこを信じるしかないんですよ。
——例えば中村さんがこれまで作ってきた中で、バイブスが輝いてると感じるチョコにはどんなものがあるんですか?
最高傑作だと思ってる商品の一つに「ネクストホワイト」っていう、ヴィーガンスタイルのホワイトチョコがあります。ずっとヴィーガンでも食べられるホワイトチョコができないかって考えてて、ある時にミルクの代わりにカシューナッツを使うことを思いついたんです。
きっかけはローフードのカシューナッツケーキを食べてそのうまさに感動したところからでしたね。でもカシューナッツもカカオ豆と一緒で、生産現場の労働環境が劣悪であったりすることもあるから、ちゃんと現場を見たいなと思った。そうしたら知り合いから、バリ島のムンティグヌン地区という集落を紹介してもらったんです。
バリ島北部に位置するムンティグヌン地区。長らくインフラが未整備で、貧困率が高いことで知られている(シンヤさん提供)
その集落では世界的にもとても珍しい、栽培ではなく“自生”のカシューナッツを収穫していて、直感的に素晴らしいと感じた僕は、コロナ禍でヤバい時期だったんですが思い切って1トン仕入れました。ちょうど集落が苦しかったタイミングにも重なったみたいで、すごく感謝されて。よーし絶対にうまいものを作るぞ! と取り組んで、完成したのがこのチョコです。
カシューナッツは油脂分が多い上に、油の融点が低いんです。だからチョコレートにしたときに、溶けやすくなるという問題があったんですが、それは独自のノウハウで改良しました。
まさに俺が感じてきたバイブスと労力が結晶化されてるようなチョコですね。子どもから大人まで、さらにヴィーガンの人でも食べられる、全人類に開かれた革命的な一枚だと思ってるので、ぜひ多くの人に食べてもらいたいです。
同じものを信じている世界だけが、幸福とは限らない
——中村さんはご自身の体験から感じてきたものを大切にされているんですね。それは決して超感覚的なものだけではないような印象も受けました。
そうかもしれないですね。事業を始めた時もこういう道筋で進めていけばパイオニアの立ち位置になれるな、みたいなことを計算とまでは言わないまでも考えてはいたので。だから、ロジカルなところもあると思います。
ただ、基本的な行動スタンスは行き当たりばったりです。自分のバイブスを信じて飛び込んで、いい出会いに恵まれたりすることもあれば、大失敗して反省したり、身勝手すぎてクソ怒られたりとか……そういうことを繰り返している気がします。だから論理と感覚、両方あるって感じですよね。どっち派とかで言い切れることはないです。
——バイブス重視の生き方っていうのは、どういうところから育まれていったんですか?
原点は、mixiで出会ったタカハシジロウという人です。宮沢賢治コミュニティでつながったんですけど、当時俺は「ティック・クアン・ドック*」っていうベトナム人僧侶の名前をハンドルネームにしてて、ジロウさんがそれに何かを感じて、俺に興味を持ってくれたんです。
*ティック・クアン・ドック……ベトナム戦争期に南ベトナム政権が行った仏教徒弾圧に抗議し、焼身自殺をした僧侶。世界的な反戦運動の象徴となった。
そこからジロウさんの家に行って、色んな話をするようになったんですけど、彼は自分の家に曼荼羅の絵を飾ってるものすごい思想家でとにかく話が面白い。自分の小さかった世界観をめちゃくちゃ広げてくれたんです。この世界に正解や答えはないんだっていうことにも気付けたし、そこからどんどん自分の心が自由になっていって。
——チョコの世界もやっぱり「自由」だから惹かれたところがあったんでしょうか?
それはあったかもしれないですね。ただ残念なことに、チョコっていうのは人類的に愛されているがゆえに「こういうものである」みたいな固定観念に縛られているところもあると感じていて。
例えば、俺はカカオニブでシロップを作り、その出涸らしを再利用した「CHC(クラックヒップカカオ)」という溶けないチョコレートを開発したんですが、「そんなのチョコレートじゃない」みたいなことを言ってくる人がいるんです。そう思うならそれで構わないんですが、色々あって「面白い!」と思えた方が人生って楽しいんじゃないかなって。
カカオニブにオーガニックシュガーをコーティングした、溶けないチョコレート菓子。 カリッとした食感と豊かな香りが特長
これは色んな考え方があるかもしれないけど、「こうあるべき」の価値観って、俺は一つの神様を絶対的なものとして信仰する一神教の世界を感じるんです。母親はクリスチャンですし、そういう宗教文化を否定するわけじゃないんですけど、俺は日本人でもあるし、たくさんの神様がいていいと思うタイプです。みんな同じものを信じている世界だけが、幸福な世界とは限らないですよね。
絶望を乗り越え、ネクストレベルへ
——柔軟な考え方だと思います。先ほど中村さんは「神頼み」しかしていなかったと言っていましたが、もうその「時期」は過ぎたと考えていいんですか?
誰が見ても“無理ゲー”みたいな状況は変わらないんですが、何も手を打たないのは愚かだと思うので、最近は新しいことにチャレンジしています。その一つが長崎で無農薬栽培のお茶を作っている北村茶園さんとのコラボです。
戦後の動乱期に開拓者精神で山を切り開いてお茶を作り、天皇陛下にも献上するような逸品を作るようになった農園なんですけど、何でそんなすごい農園に出会ったかっていうと、森道市場に出店した時に「ちょこれいじ」っていうクラフトチョコレートの伝道師を連れて行ったからなんですよ。
チョコレートに魂を捧げてる天才的にすげぇやつなんですけど、彼がうちの営業を頑張ってくれたおかげで、北村茶園とのコラボの話をもらえたんです。社長は北村誠さんっていうこれまたお茶に魂を捧げてる人で、まさに強い魂が強い魂を引き寄せた奇跡だったなと思ってます。
実際に農園も訪ねてお話を聞かせてもらったんですが、一瞬でこれはヤバいチョコができる! って直感しました。そんな社長と一緒に開発したのがこのチョコレートです。
北村-CHC抹茶みるく 佐世保・北村茶園の「てっぺん粉茶」と生クリームを組み合わせた、抹茶ミルク味のクラックヒップカカオ。美しいグリーンとやさしい香りが特徴で、食べやすくシェアもしやすい一箱。パッケージデザインは、伝統文化を現代に昇華させるアーティスト・テラダヒデジ氏が担当。5/23(金)〜25(日)に開催される「森、道、市場2025」にて先行発売。¥1,200(税込)
——ウシオチョコラトル、起死回生の商品になるといいですね。
俺は同じものを作り続けるっていうのが嫌だし、新しいことにどんどんチャレンジして自分の中でのネクストレベルを追求していきたいです。絶望と希望の狭間みたいな今ですけど、最後まで諦めずにあがき続けるのが、主人公のかっこいいところだと思っていますから。
写真:本永創太