「0と0の最大公約数」とは?
私は日頃から「数学で一番大事なのは定義だ」と言っている。私が監修している高校赤チャートのコラムにも、そのように書いた。「定義」に関連した話題としては、
定義が曖昧なので起こる問題点
定義が「相応しくない」ので起こる問題点
の二つがある。今回は後者の方の話題だ。
自然数
本来、整数の整除関係のみに依存する概念である「最大公約数」の扱いに、大小関係が混入している。
本来、二つの整数に対して定義されるべき「最大公約数」だが、この「定義」では
0 と0 の最大公約数が定義できない。
最初の点に関して言うと、例えば、普通の整数ではなくて(最近では暗号理論などでも登場する)ガウス整数
しかし、もっと注目されるべきなのは2.である。
ここで重要なことは、この問題は些細な問題であるとか、便宜上の問題であるとかではないという点だ。「
しかし、私はこのように言うことで「高校数学の最大公約数の定義は修正すべきだ!」と主張しているわけではない。高校の教科書は自然数の場合だけで閉じているので、これはこれで問題はない。とはいえ、数学を教える立場の人たちを含めて、より多くの人たちに「本当はこうなのだ」ということを、きちんと知ってほしい、とは思う。
「自然数で閉じているのならば、別に
その精緻に組み上げることのできる初等整数論という厳密科学の、理論的な中味において、実は最大公約数という概念は極めて重要な役割を果たしている。その最大公約数とは、本来、次のように定義されるものだ。
定義1 整数
注意.
定義2 整数
定義3 整数
(a)
(b)
この定義では、徹頭徹尾、整除関係「
(このパラグラフは圏論を知っている読者に対してのものである)定義3を見て、圏論の「積」や「pull-back」を思い浮かべる人も多いのではないか。整数全体を整除関係「
一般に、圏においてpull-backはいつでも存在するとは限らないのと同様に、定義3のように定義された最大公約数も、このままでは存在するか否かは非自明である。そしてここが重要なところだ。本来、最大公約数とは「存在するか否かが極めて非自明で重要な問題」なのだ。普通の整数の世界では(そしてガウス整数においても)、それは実際にいつでも存在するのだが、それは証明が必要なことである。一般の代数体の整数環では、実は、最大公約数は存在するとは限らない。つまり、「任意の整数
高校数学は自然数だけに話を限定して、しかも大小関係を混入させた「定義」で最大公約数を導入しているが、こうすると、最大公約数の存在は自明になる。しかし、それが定義3の性質(b)をもつかどうかは非自明だ。それより問題なのは、最大公約数が「存在する」ということの「重み」が消されてしまうことだ。
(定義3で定めた)最大公約数が本当に存在することを示すにはどうしたらよいか。旧課程の数学Aでも「ユークリッドの互除法」は出てきていた。これは二つの自然数の最大公約数を求めるアルゴリズムだ。しかし、厳密科学としての初等整数論の視点からは、このアルゴリズムの本当の意義は「最大公約数の存在を確定させる」ことにある。詳細は拙著『天に向かって続く数』(https://www.amazon.co.jp/dp/4535798060)や、N予備校(https://www.nnn.ed.nico/)での私の2021年4月12日と5月17日の講義(会員登録だけで無料視聴可能)に譲るが、少し説明しよう。
定義3で定義された最大公約数
d は、存在するならば符号の違いを除いて唯一。ユークリッドの互除法によって、どのような整数
a,b に対しても最大公約数d が計算できる。すなわち、ユークリッドの互除法の手順は高々有限回の操作で終了する。
この議論によって、次の定理を得ることができる。
定理1(最大公約数の存在)任意の整数
定理2(最大公約数の表示)任意の整数
定理2により、整数において「既約元は素元である」という定理が証明され、そこから「素因数分解の存在と一意性」という「初等整数論の基本定理」が証明される。整数の素因数分解ができる、そして一通りにできるということは、なにしろ中学や高校で習うことでもあるので、漠然とは知られていることと思うが、実はこれらは完璧に精密な議論で証明できる。初等整数論は厳密で精緻な理論なのである。そして、その議論の基層に「最大公約数の存在」という大定理がある。
最後に冒頭の「
【イデアル論を知っている人への補足】整数
(この文章の転載・切り抜きなどは禁止します。)
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加藤文元の「数学する精神」
このマガジンのタイトルにある「数学する精神」は2007年に私が書いた中公新書のタイトルです。その由来は、マガジン内の記事「このマガジンの名…
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