「PCゲームを遊ぶならWindows」という長年の常識は今確実に変わろうとしている。Valveの携帯ゲーミングPC「Steam Deck」の成功を追い風に、オープンソースOSであるLinux上でのWindowsゲーム互換性が驚異的な進歩を遂げた結果、今や全Windowsゲームの約9割がLinuxで起動すると言う快挙が成し遂げられたことが明らかになった。これはPCゲーミング市場の支配構造、開発者の意識、そしてユーザーのOS選択にまで影響を及ぼす、時代の移り変わりを告げるものかもしれない。
静かに達成された「9割」という金字塔:データが示すLinuxゲーミングの現在地
この事実は、コミュニティ主導でWindowsゲームのLinux互換性情報を収集・公開しているWebサイト「ProtonDB」に寄せられた膨大なユーザーレポートによって明らかとなった。ゲーム系メディアBoiling Steamがこのデータを詳細に分析したレポートによると、現在、Windows向けにリリースされたゲームの約90%が、何らかの形でLinux上で「起動」するところまで到達している。
もちろん、「起動する」ことと「快適に遊べる」ことの間には差がある。ProtonDBでは、ユーザー報告を基に互換性のレベルをいくつかの段階に分けて評価している。Boiling Steamによる分類は以下の通りだ。
- Platinum: 箱から出してすぐ、ユーザーの特別な設定なしで完璧に動作する。
- Gold: 軽微な設定変更(tweaking)で、ほぼ完璧に動作する。
- Silver: 多少の問題は残るものの、プレイ可能なレベル。
- Bronze: 起動はするが、プレイに支障をきたす問題が多い。
- Borked: 全く起動しない、またはクラッシュする。
重要なのは、単に9割が起動するという量的な側面だけではない。互換性の「質」も劇的に向上している点である。2025年10月にリリースされた新作ゲームのうち、実に42%が最高評価の「Platinum」を獲得しているようだ。これは前年の29%から大幅な上昇であり、多くの新作がリリース当初からLinuxでのスムーズな動作を視野に入れていることを示唆している。
一方で、全く動作しない「Borked」と評価されるゲームの割合は、全体の約3.8%(Boiling Steamの集計では約10%)にまで減少した。この数字は、Linuxゲーミングがもはや一部の技術に精通したユーザーだけのものではなく、多くの一般ゲーマーにとって現実的な選択肢となりつつあることを力強く物語っている。
なぜここまで来たのか? 原動力はValveの「Proton」と「Steam Deck」
この歴史的な進歩の背景には、PCゲーム配信プラットフォームSteamを運営するValve社の長年にわたる戦略的な取り組みがある。その中核をなすのが、互換レイヤー「Proton」と、ゲームチェンジャーとなった「Steam Deck」だ。
魔法の翻訳レイヤー「Proton」とは何か
Protonとは、Valveが主体となって開発を進めるオープンソースの互換レイヤー(translation layer)である。その基盤となっているのは、WindowsアプリケーションをLinuxなどのOS上で実行するためのソフトウェア「Wine」だ。
Protonの役割を分かりやすく例えるならば、「優秀な同時通訳者」である。Windows向けに作られたゲームは、Microsoftが提供するDirectXといったAPI(プログラムの命令セット)を使ってグラフィックスなどを処理する。これらは当然、Linux上では直接理解できない。Protonは、このWindows独自の「言語」で書かれた命令を、Linuxが理解できるVulkanなどのオープンな「言語」にリアルタイムで翻訳する。この翻訳作業のおかげで、開発者がLinux版のゲームを別途開発することなく、Windows版のゲームがそのままLinux上で動作するのである。
ValveはこのProtonの開発に多大なリソースを投入し、数多くのゲームで高い互換性を実現してきた。これがLinuxゲーミング躍進の技術的な土台となっている。
ゲームチェンジャー「Steam Deck」の衝撃
Protonによる技術的な下地はあったものの、それが爆発的に普及し、業界全体の潮流を変えるきっかけとなったのは、間違いなく2022年に発売された携帯ゲーミングPC「Steam Deck」の成功である。
Steam Deckが果たした役割は、単に魅力的なハードウェアを提供しただけにとどまらない。その戦略的な重要性は、ゲーム開発者とパブリッシャーの意識を根本から変えた点にある。Steam DeckはOSにLinuxベースの「SteamOS」を採用しており、その上でProtonを使ってWindowsゲームを動作させている。このデバイスが世界的な大ヒットを記録したことで、ゲーム開発者にとって「自社のゲームがProton上で正しく動作するか」は、もはや無視できない、極めて重要な商業的課題となったのだ。
Valveはさらに、「Steam Deck互換性検証プログラム」を開始。各ゲームを「確認済み」「プレイ可能」「非対応」「不明」の4段階で評価し、Steamストア上で明示する仕組みを導入した。これにより、開発者には自社タイトルが「確認済み」評価を得るための、明確なインセンティブが働くようになった。この「Steam Deck対応」という目標が、結果としてデスクトップLinuxにおけるゲーム互換性をも劇的に向上させるという、エコシステム全体への好循環を生み出したのである。
互換性だけではない:Linuxが示すパフォーマンスの可能性
Linuxゲーミングの魅力は、単に「Windowsのゲームが動く」という互換性だけに留まらない。特定の条件下では、Windowsを上回るパフォーマンスを発揮する可能性も示されている。
最近の事例として、ASUSの携帯ゲーミングPC「ROG Ally X」に、SteamOSに似たLinuxディストリビューション「Bazzite」を導入してパフォーマンスを比較したテストが報告されている。その結果、『Kingdom Come: Deliverance 2』では、TDP(熱設計電力)17Wの設定でWindowsが平均47 FPSだったのに対し、Bazziteは62 FPSを記録した。また、『ホグワーツ・レガシー』でも同様に、Windowsの50 FPSに対しBazziteは62 FPSと、明確な優位性を示した。
これらの結果は、OS自体の軽量さや、グラフィックスドライバーの最適化などが要因として考えられる。すべてのゲームやハードウェアで同様の結果が得られるわけではないが、Linuxが単なる「代替OS」ではなく、パフォーマンスを追求する上でも有力な選択肢となりうることを示す興味深いデータと言えるだろう。
越えるべき「最後の壁」:アンチチートと業界の慣習
9割という高い互換性を達成した一方で、依然として100%には至っていない。その背景には、いくつかの根深い問題が存在する。
最大の障害「アンチチート」問題
現在のLinuxゲーミングにおける最大の障害は、オンラインマルチプレイヤーゲームで広く利用されているアンチチートシステム(Easy Anti-Cheat, BattlEyeなど)である。これらのソフトウェアはOSの深層部で動作するため、Protonのような互換レイヤーを介して正常に機能させることが技術的に非常に難しい。
近年、Valveやコミュニティの努力により、多くのアンチチートシステムがProtonに対応可能な状態にはなっている。しかし、最終的にそれを有効化するかどうかは、ゲーム開発者やパブリッシャーのビジネス判断に委ねられている。Linuxユーザーをサポートするための追加コストや、チート対策のリスクなどを考慮し、有効化を見送るケースが後を絶たない。つまり、この問題は純粋な技術的障壁というよりも、業界のビジネス的な慣習や判断に起因する側面が強いのである。
意図的なブロックと市場の論理
ごく一部ではあるが、開発者が意図的にLinux/Proton環境での起動をブロックしているケースも存在する。MOBA(マルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ)『March of Giants』がその一例で、Proton環境で起動しようとすると、「Wine, Proton, and Steam Deck are not supported by this application!」という明確な拒否メッセージが表示される。
こうした判断の背景には、Linuxゲーミング市場がまだ小さいと見なされていることや、サポート対象を広げることによるコスト増を避けたいという企業の論理があると考えられる。しかし、Linuxゲーミングの人口が増え続ければ、こうした判断がビジネス上の機会損失につながる可能性もあり、今後の動向が注目される。
Windows 10サポート終了の追い風:PCゲーミングの勢力図は変わるか
このLinuxゲーミングの躍進は、奇しくもMicrosoftのOS戦略の転換期と重なっている。2025年10月に予定されているWindows 10のサポート終了は、多くのPCユーザーにOSのアップグレードか、PCの買い替えを迫るものだ。
しかし、後継のWindows 11は、厳格なハードウェア要件やUIの変更、オンラインアカウント必須化の方針などから、一部のユーザーの反発を招いている。こうした状況は、これまでWindows一択だったゲーマーたちが、代替OSとしてLinuxを真剣に検討する強い動機付けとなりうる。まさしく、Linuxにとっては大きな追い風と言えるだろう。
Valveが現在Steam Deck向けに提供しているSteamOSを、一般のデスクトップPC向けに正式リリースすれば、この流れはさらに加速する可能性がある。プリインストールされたシンプルでゲームに最適化されたOSが登場すれば、技術的な知識がない一般ユーザーでも、気軽にLinuxゲーミングの世界に足を踏み入れることができるようになるからだ。
ゲーマーはもはやOSに縛られない
Windowsゲームの9割がLinuxで動作するという事実は、PCゲーミングが新たな時代に突入したことを象徴している。かつては専門知識を持つ一部の愛好家のための挑戦であったLinuxゲーミングは、Valveの巧みな戦略とSteam Deckの成功により、今や誰にとっても現実的な選択肢となった。
残された課題は決して小さくないが、互換性向上の勢いはとどまるところを知らない。今後、ゲーマーにとって重要なのは「どのOSを使うか」ということではなく、「最高のゲーム体験をどこで得るか」という問いになるだろう。Windowsの牙城に風穴を開けたこの地殻変動は、MicrosoftのOS戦略、ゲーム開発の常識、そして私たちユーザーの選択の自由に至るまで、PCエコシステム全体に静かだが、根源的な問いを投げかけているのである。
Sources
- Boiling Steam: Windows Games’ Compatibility on Linux Is at an All-Time High
「Windowsゲームの9割がLinuxで動く時代へ。Steam Deckが切り開いた「脱Windows」の現実味」への1件のフィードバック