第3話
静寂が支配する教室に、俺の絶叫が盛大にこだました。
昼下がりの教室で、ゲームキャラを彼女だと叫び散らかす男子高校生。
もしそんな奴が実在したら、ドン引きを通り越して恐怖すら覚えるだろう。
そして悲しいかな、それは俺自身なのだ。
ホーリーシットだ。
俺はこれから毎日、朝の洗面台で鏡を見るたびに、己の顔に『クラス公認の痛い奴』というテロップが点滅する呪いにかかってしまった。
酷いPTSDを患ったものだ。
なんで小粋なランチタイムトークを楽しんでいたはずが、人生最大級の黒歴史をライブ生成しているんだよ俺は!
「……ねえ。本当は、いるんじゃないの? リアルな彼女」
雨野のか細い声が、やけに大きく耳に届く。
無理もない。
他のクラスメイトたちは、結託しているかのように、声を出さず、ピクリとも動かないのだから。
「いないいない! 断じていない!」
「正直に言ってくれていいんだよ……? アタシ、ちゃんと、受け入れる、から……」
雨野の涙交じりになった声が、俺の心臓をギュッと縮める。
「頼むから、俺の彼女が『星屑ララ』であるという宇宙の真理を受け入れてくれ! 俺はモニター越しの彼女を心から愛しているんだ! これぞ純愛! デジタル・トゥルーラブなんだ!」
自分でも何を言っているのかわからない。
わかるのは自分がとてつもなく気持ち悪いことを叫び散らかしているという現実だけだ。
誰のせいでもない、俺のせいだ。
百も承知だ。
だが、どうしてこんなカオスな状況に陥っているのか、もはや俺の頭では処理しきれない。
とにかくこの針の筵から逃げ出したい一心で、俺は完全に支離滅裂になっていた。
俺はガタンと音を立てて席を蹴り、爪が手のひらに突き刺さるのも構わずに両拳を握りしめる。
そして、高らかに宣言した。
「この俺に三次元の彼女ができるわけねぇだろうが! ナメるなよ! この神崎龍之介はな、彼女いない歴=年齢の、誇り高き童貞なんだよ!」
――もう、帰りたい。
なんならこのまま早退して、残りの高校生活を夏休みとして過ごしたい。
こんな辱めを受けたのは、生まれてこの方、初めてだ。
だが、その時だった。
俺の魂の叫びが教室の空気を震わせたのを合図にしたかのように、止まっていた時間が再び動き出した。
喧騒が、さざ波のように教室に戻ってくる。
クラスメイトたちは、まるで俺の告白など最初から聞こえていなかったかのように、それぞれの会話に花を咲かせている。
あまりの切り替えの速さに、俺だけが白昼夢でも見ていたのかと疑うほどだ。
しかし、元凶たる人物がまだ沈黙を守っている。
目の前の雨野は、俯いたまま地蔵のように静止していた。
だが、その肩がかすかに震え始め――。
「――くっ……ふ、ふふっ、あはははは! なにそれ神崎! ヤバすぎ! さすがにゲームキャラは彼女にカウントできないって!」
涙を浮かべた目で俺を見上げ、雨野はいつもの快活な笑顔を弾けさせた。
その笑い声は、あっという間に教室のざわめきに吸収され、いつもの日常の風景を構成する1つのパーツになった。
「あ、ああ……そうだな」
俺はひきつった笑みを浮かべ、返事をするが精一杯だった。
だが、俺の心は依然として混乱の極みにある。
一瞬にして破壊と再生を成し遂げた教室の空気に、俺は背筋が凍るような感覚を覚えていた。
怖っ!
クラスの奴ら、全員怖すぎだろ!
もはや、クラスぐるみで俺を陥れるため、壮大なドッキリをしていたのではないかとさえ思えてくる。
自分の発言1つで場の空気がここまで激変するなんて、そんな経験、したことがない。
遅効性の毒のように、胃に鋭い痛みが走り始めた。
そして、何よりも怖いのは――目の前で、天使のようににこやかに微笑んでいる雨野だ。
まるで面の皮を一枚張り替えたかのような豹変ぶりに、俺はもはや恐怖を通り越して畏敬の念すら抱きかけていた。
「それで、なんだっけ? 星屑ララのSNSと住所が知りたいんだっけ?」
「え? ううん、いらないいらない。てか、アタシそんなこと言ったかな?」
言った。
俺の鼓膜が正常なら、間違いなく言っていた。
地獄の鬼もびっくりの、地の底から響くような声で。
だが、今の俺に、その地雷を再び踏み抜く勇気はない。
「……そっか。じゃあ、俺の聞き間違いだな」
「うん! 聞き間違~い、聞き間違~い♪」
雨野は楽しそうに鼻歌交じりにそう言うと、ちょうど鳴り響いたチャイムに「あ、予鈴だ」と小さく呟いた。
言うまでもなく、その日の午後の授業内容は、俺の記憶には一切残らなかったのだった。
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オタクに優しいギャルに、彼女(二次元嫁)ができたと言ったら、様子がおかしくなった件 真嶋青 @majima_sei
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