八雲と共にしていた謎の僧侶「アキラ」

ともあれ、9月からの松江での英語教師の仕事も決まり、マクドナルドからの500円などでひとまずの不安が解消されたのか、八雲は横浜周辺のあちこちに出かけている。そんな中で、八雲は真鍋晃という真言宗の若い僧侶と出会っている。真鍋は東京で英語を学んでおり、八雲はその英語力を「少し妙なアクセントではあるが、上品な言葉を選んで使っている」と記している。

この真鍋という人物、小泉八雲の研究者の中でも謎の人物である。どういう偶然か知り合った後に八雲は真鍋をガイドに横浜近辺のあちこちを回り、ついには松江まで同行している。

いわば、八雲来日初期の重要人物なのだが、経歴は謎である。その名前も八雲の著書では「アキラ」と繰り返されているのみ。漢字も『千家宮司邸日記』に「九月十三日夜、一、同日英国人ラフカジオ・ヘルン通辯人真鍋晃大社参拝候」と書かれていることから、わかるのみである(梶谷泰之『へるん先生生活記』松江今井書店 1964年)。

しかし、松江についてきた真鍋は翌年にはフェードアウトしている。八雲の「杵築雑記」には「アキラはもはやわたくしの身辺にはいない。仏教雑誌の編集をするのだといって、神聖なる仏教の都、京都へ行ってしまった」とある(『小泉八雲全集』第1巻 みすず書房 1955年)。そして、その後の経歴も明らかではない。

給料を前借りして、なんとか松江にたどり着いた

仲違いをしたのかなどとも考えられるわけだが、八雲の息子・一雄は、こう記している。

真鍋晃なる人は、ハーンが渡来当時横浜の寺院で出会って以来通弁として雇い入れた。その素性の程は明らかではない。彼はその後出雲までハーンと同行している。松江滞在中変な女と結託してハーンを騙そうとしたとかで解雇された。

そんな怪しげな人物の案内で日本文化に触れながら、八雲は授業の始まる9月までを充実して過ごしていたようだ。しかし、さすがに数カ月のホテル暮らしとなればマクドナルドから貰った500円があっても足りなかった。

いよいよ松江にいくことになった時に、困ったのは旅費であった。当時松江までは一人およそ40円。二人だから80円かかる(永田雄次郎「ラフカディオ・ハーンと石仏の美:横浜から熊本までの時」『人文論究』第61巻4号)。

やむなく八雲は来月から貰う給料を前借りし、なんとか松江までたどり着いたのであった。

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