滅尽龍のシリオン 作:匿名
前回の失敗が効いたのか男はしばらくホロウを渡り歩いていた。エーテリアスとの戦闘が渇きを、ホロウ内の遺失物が懐を潤し鬱憤が晴れていく。発せられる言葉は無く一定の落ち着いた呼吸が続くのみで非常にリラックスできる環境である、相槌や同意を強制してくる者もいない。
長いことホロウ転々として現在どこのホロウにいるのかは分かっていないが六大ホロウは避けているため大きな問題はない、ホロウから出た際に方向がはっきりしない程度だろう。能天気に散歩しているは道中で拾う物の価値が分からない、全て乱暴に掴んで背負い袋に一緒くたに詰め込む。袋がいっぱいになったら質屋に向かい荷を卸す、いつもの老人が勘定を適当に済まし男も咎めない。老人は老い先が短く男は物の違いを知らない、どちらも正しい査定にかかる手間を嫌厭していたこともここに来る理由の一つだ。
店を出る男を視界の端に収めながら店主の老人はテーブルに散らばったガラクタを仕分けしていく。旧文明と思わしき物は高値に、個人に宛てられた物は安値に、種類別にまとめて陳列する。こうして何も失くすものが無くなってしまった老いぼれが他人の紛失物で生き永らえている、笑えない皮肉だ。自分の人生を奪ったとも言えてしまうホロウはまだこんなにも隠し持っていた。遣る瀬無さを感じながら経営する老人の質屋は密かに注目を浴び始めている、商品にまとまりはないが網引き漁のように仕入れが来るので更新頻度は高く、様々なホロウから来る品々に紛れる掘り出し物は多い。依頼品が流れているか確認に来るオオカミのシリオン、プレミアを狙う映画オタク、骨董品屋の連中など客足は少し増えてきている。目当ての物を見つけて帰る客に会う度に、その奪還に歓喜する自分と奥底で嫉妬する自分に嫌気がさす。
小遣い稼ぎは一段落し、小腹もまあまあ満たされている、ならば次の狩りの時間なのだが闇雲にホロウを探していても味のある相手と会う保証もない。何か良い手を考えようと唸るが光明は見えず、ブラブラと街中を歩く。ふと頭にプロキシという職業が浮かぶ、耳の奥で今も響いているとある個人名ではなくプロキシ全体だ。もし彼らが強力なエーテリアスの居場所を知っているなら話は早いが多くの場合は脱出経路の確保のみで他は大抵行き当たりばったりになると聞く。役割を下げるつもりは無いが、それではエーテルの感知力が常人より高い自分とあまり大差無い。大きなホロウになればなるほど彼らの有用性が上がるだろうが同時に要求される技量も上がる、つまり『パエトーン』なら可能性は高い。問題は見つけにくいエーテリアスを探すために見つけられないプロキシを探さなければならないということ、話にならんな。
問題が連なり答えは出ない、自ずと解決方法は自分の取れるものに限られる。即ち、歩いて探せ、いつもの日常だ。
「すまない、そこの御仁よ、少々よろしいか?」
いっその事また零号にでも挑んでみるか?あそこは中型でもそこそこ悪くない、しかし公的機関がより密接に監視しているせいで派手にやると面倒臭いことになるか。
「む、聞こえなんだか?」
さて、まだ最近入っていないホロウはどこだっただろうか…
「失礼するぞ」
前に誰かが回り込む、青緑のツインテールで小柄、会った記憶は無い。デッドエンドホロウで会ったカリンを思い出す、そういえば途中で案内を放棄してしまったな。
「手数をかける、我は治安官の青衣と申す。いくつか質問したき事がある故、今時間を頂いてもよろしいか?」
治安官か、今の自分は何も持っておらず、見た目も普通極まりない一般人そのもの、不都合は無い。了承する。
「感謝しよう。実は先日、我ら治安官の一人がある一個人に事情聴取を行おうと試みたところ失敗してしまってな。同僚の証言によると黒く大きな羽と尻尾があったそうな、ぬしは最近デッドエンドホロウに近寄ったことはあるか?」
「確かに行った、ヴィジョンの解体現場が気になってな」
ここまでは大事では無い、自分以外にこの翼と尻尾を持つ者はおらず、はぐらかすのも怪しく映ってしまうだろう。
「であるか。おっと、我としたことが失念していた。ぬし、名はなんと言う?」
これにも逆らわずに名乗る、治安局に外見と名が結び付けられてしまうがどうせ遅かれ早かれこうなっていた。
「ではネルギガンテよ、あの時治安官と何があった?」
「ああ、確かあの時はいきなり後ろから声を掛けられて挙動不審になってしまってな、見苦しい真似をした。元来我は人見知りでな、驚いて逃げてしまった」
「…挙動不審、人見知り?」
納得できる言い訳ではないだろう、これで十分ではある。
「まあよい、では最後に、ホロウに入ったか?」
本命の質問だ、緑の瞳が微動だにせずこちらを見ている。
「入った、向こう側で待ってたヤツがいてな」
幸いヴィジョンのスキャンダルが使える。実際はただホロウ内で暴れただけだが、取り残されていた避難民と後手に回った形の治安局という構図のため強く出れない。勝手に誤解してくれるならそれでいい。
「そうであったか、あの件であれば疑っても仕方あるまい」
予想通りあっさり引いてくれる治安官、ヴィジョン様様だ。何故あの夜現場に居なかった等も訊かれたがどれも咎める為ではなく単なる情報整理、両者から緊張感は薄れていた。男は治安官が満足するまで流れるように次から次へと質問に答える。
「苦労をかけたな、ご協力に感謝する。して、ネルギガンテよ、ぬしはこれからどこへ?」
「適当なホロウにでも…」
言いかけて止まる、相手の動きも。いつの間にか自動応対モードになっていたようだ、質問が多いのが悪い。
「ほう?ホロウとな、いささか興味深い」
青衣の眉が上がる、口は災いのもとと聞くが最近はそれを強く実感する。かといって無言でいるわけにもいかない。
「そこで待っているヤツがいる」
方向転換だ、摩擦無く済ませようとしたが自分ではどうも上手く出来そうにない。素敵な解釈を期待して具体性を下げると同時に青衣の横を抜ける。当然のように引き止める声がするが羽ばたきの風圧で牽制し、あえて振り返り目を合わせてから跳ぶ。ホロウの外は何かにつけてストレスが溜まってしまう。
砂埃から目を庇いつつ男の去った方角を確かめる青衣、頭の中では男の情報が纏められアップロードされる。
(待っている者か…)
前回は避難民、では今回は何が起こっておる?反応からしてホロウに入る認可を受けてはいるまい。治安局を頼らずに個人で何かを成そうとホロウに潜り、データベースを漁っても市民に登録されていない目撃情報だけがある男。新エリー都で自分達が把握していない何者かの動きがあると報告すると正義感の強い相棒が何を始めるか分からない、調書を作るのが億劫になってきた。
「ここは我らより協力者どのにお願いしたほうが良いかも知れぬな」
半ば勢いで近くのホロウに帰ってきた男は人間関係というものに頭を抱えていた。少し前まではホロウの外も中も居心地という点であまり違いは無かったが、現在はホロウ内のほうが圧勝だ。どういった理由か人と言葉を交わすと面倒事に発展してしまう、質屋の老人とカリンは別にそういうことにならなかったが、この2人は会話したとは言えない。苦手意識はあっても自分を世界に証明すると誓った手前、敗北を許したままではいられない。コミュニケーション問題の解決がさしあたっての急務だ。
新たな抱負を立て、ホロウ内で獲物を探す。自分がどう立ち回れば誰にも邪魔されないかを考えていると金属同士の激しくぶつかる音を男の耳が拾う。
「フンッ!フンッ!」
巨大な機械が声を発しながら2つのショベルアームで壁を殴っている、不思議な光景だ。数分眺めても他の事をする様子はなく、ただひたすらに打ち込みを続ける姿勢は感心するものがある。
「なんや、誰かおったんかいな」
4本の足に支えられた本体の下部、目を表す小さなパネルが自分に気付いて振り向く。独特な喋り方だな。
「ああ、熱中していたようだったから少し遠慮していた」
「言うてえな兄ちゃん、ちょっち恥ずいわー」
ショベルが動きを止め、こちらに近寄ってくる重機。機械人との交流は経験があるがこれは初めてだな。
「お前はこんなところで何をしているんだ?」
「見て分からんかったんか?オレちゃんはなぁ、立派な漢になるために修行中や!」
分かるかそんなこと。
「オレちゃんは今まで仕事場を言ったり来たりするだけの退屈な機ン生やった。でもな、ある日こう思ったんや、『どうせなら、ジブンがカッコイイ思えるシッブイ漢になる!』ってな」
「…なるほど、それで?」
「そっから仕事を飛び出して現在に至るっちゅう訳や」
なりたい自分になる、か…
「良いな」
「お、兄ちゃんもそう言ってくれるか?嬉しいわ」
シンプルタスクをこなすだけだった機械でさえこうして生きているとは目から鱗だった、その志には共感しかない。
「実は我も修行中と言える、様々なホロウを渡っていて自分磨きの最中だ」
「ホンマかいな、なんや奇跡みたいな話やなー」
打てば響く素直な性格をしている、話していて非常に楽だ。お互いの身の上を話し合い、実直な生活に好感が募る。会話は自然と理想への進捗に移り、現状の確認へ、つまりは…
「オレちゃんがいっちょ揉んだるわ!」
「受けて立つが、修理で元の職場に戻らないと行けなくなるぞ?」
血の気の多さも似ていた、対峙する2人。
「兄ちゃん、名前は?」
「ネルギガンテ」
「カッコエエやん、でもオレちゃん程ではないわ。よう聞けよ、シッブイ漢に相応しい名前を!」
重機全体が傾き、2つのショベルが左斜め上を指す。金属の体が光を反射する。
「黒鉄男児・百錬成鋼・エンジン点灯・ハンスや!」
男は冷めた。