滅尽龍のシリオン 作:匿名
真っ暗な闇の中、自分の呼吸と鼓動だけが感じ取れる、丸まったままじっとしている様はまるで地中で冬を越す幼虫のよう。指一本すら動かす隙間の無い牢獄、無音が耳に痛い。男はエーテリアスの戦略に感嘆していた、どの道すぐに這い上がる策はなく考える時間は大量にある。まさに起死回生の一手、引っ掛かったのが自分でなければ手放しで称賛するほどの奇策だった。相手の評価の次は自分の番、不甲斐ない、狩りだなんだと意気込みながらまんまとしっぺ返しを食らい、挙げ句に逃げられてしまった。戦闘前の自分の言動に腹が立つ。何より今すぐ引き裂いてやりたい激情を抱いておきながら、こうして大人しく自分を省みる時間を強制されているのが我慢ならない。投げられた際に身体中の棘は全て剥がれ、今の男はボールとして最適化している。
長い時間が過ぎた、ように思う。何せ五感は働いているとは言えず、外の情報は入ってこない。牢獄に進展はなく攻略の目処も立っていないが相も変わらず滾る熱が男の中で脈打ち、それに反応するかのように全身から棘が生える。生えてくる棘は白く比較的柔らかい、地面と体表の間に割り込んではすぐに折れてしまう。時間を掛けて生えては折れてを繰り返しいつしか男の周囲に層を作り、男は棘で出来た卵の殻に包まれる。炉の勢いは衰えず目蓋の裏は真っ赤に染まっている、頭部の出血が原因ではない。そこからまた時間が過ぎ、ようやく一本の棘が地面と接触することなく即席の殻の中で色素をつけながら伸びていく。
準備を整えネコのシリオンとボンプがデッドエンドホロウに舞い戻ってきた。とりあえずはカンバス通りにいる仲間との合流、あちらの現状が不明なため最短距離で突っ走る。道中にちらほらいる小型のエーテリアスをあしらいつつ特に異常もなくホロウを抜ける。
「はぁ?線路が潰れてヴィジョンごと閉じ込められてるですって?」
無事に再会して今までの経緯をお互いに説明しあう、正面は監視隊に睨まれ、爆破予定地から離れるにはホロウ方面しか選択肢がない。絶望的な状況だが小さな参謀にはまだ策があった。
「大丈夫、ちゃんと考えはあるよ。ニコ達にはいっぱい働いてもらうけどね」
避難民はホロウを通れない、列車で突っ切るための線路は失われた、浸食耐性のある装備を監視隊から奪うにしても数が足りなく、装備を使いまわしてホロウ内を護衛するとしても出口はヴィジョンの爆破解体本部の前。
「唯一の道がホロウで塞がれているなら、その道をホロウから出しちゃえばいいんだよ」
ホロウの活性を自分たちで下げることで無理やりホロウを縮小させ、堂々と全員で生還することでヴィジョンへの証明とする。
「要はただエーテリアスを倒せばいいんだろ?それならオレらの得意分野だな!」
「普通のエーテリアスを効率良く倒しても3000体は必要になる」
「ゲ…」
「そう、普通のエーテリアスをちまちま倒していては時間が掛かるし現実的じゃない。僕たちが狙うのは内包するエーテルが何千倍と多いユニークな個体、デッドエンドブッチャーだ」
「そのための武器もヴィジョンが沢山持ち込んでくれてるしね!」
強敵との戦闘に息を呑む面々、悲壮感はなく覚悟を決める。第一段階はヴィジョンの持つエーテル爆薬の奪取、監視拠点への奇襲作戦だ。
驚くほどあっさりと制圧出来てしまった監視拠点、嬉しい戦利品としてヴィジョン代表パールマンの身柄も確保した、制圧の際に何かを見つけたネコのシリオンはご機嫌の様子。一行はそのままパールマンを引きずりながらカンバス通りを監視している部隊に接触し、人質を盾に武装解除を強いる。皮肉にもデッドエンドブッチャーのおかげで兵士の数は多くない、全員を拘束して今度は避難民に彼等を監視させる。後顧の憂いは断たれ、前を向くのみ。目指すはデッドエンドブッチャー、4人はホロウへと入っていく。
「みんな、ちょっと聞いてほしい。実はあたし、邪兎屋の事を騙していたんだ」
監視拠点で拾ったロケットに入っている写真を見せながらネコのシリオンが話を切り出す。彼女の過去、邪兎屋への誤解と負い目、全てを吐き出して謝罪する。ポカンと口を開けていた邪兎屋の三人だがピンク髪がにやけ顔で返す。
「何よ、そんなの全然気にしてないわよ。それよりあんた、探していた物がそれってちゃんと依頼料は払えるんでしょうね?あたしらは高いのよ?」
「も、勿論だ!例え今すぐには返せなくても絶対に払ってみせる!」
元々は払うつもりのなかった依頼料だが、結果的に探し物は幸運にも見つかってしまう。まんまと請求が発生したことににんまりするピンク髪と誠意を見せるネコのシリオン。険悪な空気は無く、残りの仲間も会話に入ってくる。
「そもそも、まだあなたは食事代も払っていない、全員で割り勘よ」
「ニコも猫又を見習ってきちんとツケを払ってもらうからね」
「よっしゃあ!とっととエーテリアスをぶっ飛ばして食事会と行こうぜ!店長達も来るか?」
明るい雰囲気のままホロウを進む、対象のエーテル反応が大きいことから方向を特定することは容易で迷うことは無い。
今や何本も生えた黒い棘が周囲の土を少しずつ削りながら成長する。自分の周囲にほんの小さな余裕が生まれ男の喉が震える。細かく腕を動かして行程を速めてみようと試みると一本の黒い棘を犠牲に少量の成果を得る。指がようやく動く、折れた棘を握り手首で土を掘り進めていくと抱きしめる形で固まっていた体の正面の地面に亀裂が入る。頭と尻尾の先が動く、左右に振り角で土を押す。折れるばかりだった白い棘は僅かな猶予の生まれた空間で一斉に黒ずみ、加速度的にスペースが作られていく。手足が自由を取り戻す、重力がどちらに働いているかがハッキリして目指すべき方向を理解する。熱い息が漏れる、体に怒りとは別の熱が混じる。
「雪辱を…」
このままで終わるわけにはいかない、許せない。もうすぐで出れる、熱に浮かされたかの如く暴れる。
「完膚なき…」
翼が動く、頭上を両腕で狂ったように殴りつける。振動が地面を伝って抜けていく感覚に歯が覗く。
「蹂躙を!」
叫ぶ、宣誓の言葉は人の言葉か判別がつきづらい程掠れ、最早獣のそれに近い。とんでもない負けず嫌いが檻から解き放たれるまでもう少し。
「ホントにこの辺なの?チビばっかりじゃない」
デッドエンドブッチャーの反応は示す場所には小さなエーテリアスがちらほらいるだけ、拍子抜けしたように呟く。4人に反応したのかエーテリアス達が蜘蛛の子を散らすように逃げていき、不気味な静けさが辺りを包む。警戒する4人に遠くから飛来する物体、間一髪で銀髪の兵士が弾き落とし、遅れて跳躍してきたデッドエンドブッチャーが着地して地面を揺らす。大きなハルバードのような鉄道信号を手に取り吠える。開戦の合図に4人がそれぞれ動き始める。
機械人とネコのシリオンがデッドエンドブッチャーの周りを舞いながらチクチクとダメージを与え注意を引く、銀髪の兵士が接近して最小限の動きで巨体の足元に切りかかる。鬱陶しがった巨人が両手で地面を叩きエーテルを流し込む。隆起する地面を見て退避する3人、一拍遅れて爆発が起きる。遠くからピンク髪からくり箱を構えて強装弾を発射、含有されているエーテル物質が着弾と共に浸食力場を作りエーテリアスを蝕む、その隙に行動を再開する3人。そんなパターンを繰り返し着実にエーテリアスを消耗させていく。その巨体ゆえに一度でも攻撃を受けてしまうと危険で、反対にこちらの火力では消滅までもっていくには不十分だが、消滅させるのは今この場にいない参謀に一任されている。
「あぁ…弾代が、今月は厳しいってのに」
「ニコの親分、大丈夫だ!子猫ちゃんが奢ってくれる!」
ピンク髪が嘆き、機械人が空中で逆さまになりながら巨人の腕を避ける。緊張感のない会話が彼らの実力を物語る。巨人が回転して左からすくい上げるように武器を振り、最初に銀髪の兵士が刀で受け流すが威力の高さからその場に縫い留められる。
「ちょっと、あんたらの面倒までみるとは言ってないぞ!」
1回転して今度は左上から袈裟切りに振り下ろすがネコのシリオンが間に入り2本のナイフで受ける。2度の防御で巨人の軸がブレ、次は1本足で上からの叩きつけに変わる。
「猫又、ありがとう。最近はあんまりお腹一杯食べれてなかったの」
今度はピンク髪、横から走ってきてからくり箱で落ちてくる腕を殴って右にずらす。体が伸びて勢いそのまま脇から倒れる巨体に機械人がポーズを取りながら乱れ撃ち、他の仲間も畳みかける。
気を休む暇はないが手応えは感じている、この調子で消耗させていけばいずれその時が来るだろう。
起き上がった巨人が武器を短く持ち足元の銀髪を突く、後ろに下がりギリギリでやり過ごした後それを足場にして銀髪が飛び上がり、雷を纏った刀で胴体から顔にかけて切る、体を回して空中で横になりながらもう一度。頭部が跳ね上がる巨人の背中にネコのシリオンが飛びつき弱点であるコア付近をX字にナイフで切り込む。ピンク髪はその間に足を砲撃、堪らず巨人が武器を落とし膝をつく。
「スターライト、ここに輝く!」
決め台詞とポーズの後、発砲の反動をも使い縦横無尽に機械人が全方向から弾を浴びせる、最後に正面から顔面を撃つと巨人がゆっくりと後ろに倒れる。戦場に一時の沈黙が訪れる、倒れたまま動かない巨人だが消滅するわけではない、距離をとって成り行きを見守る4人。
不意にデッドエンドブッチャーのコアが輝く、励起してその体積を増す。体が痙攣し肩からもう一対のより長く大きい腕が生え、それに支えられて起き上がる。エーテルが暴走し巨人が叫ぶ。
「ようやく後半戦ってところかしら?」
「BGMも盛り上がってくる展開」
エーテリアスが4本の腕を地面につけ低くクラウチングスタートの姿勢を取る間、どこか遠くから何かが聞こえてくる。
「こっちに来るわよ!」
「?待って、離れて!」
銀髪が珍しく声を上げ、仲間が驚きつつも指示に従う。地面を蹴って飛んでくる巨人の真上、上空から黒い流星が降ってきてその行動を潰す。
「な、なんだぁ一体!?」
「にゃにゃ、痛い痛い!」
地響きと共に辺り一面に何かが飛び散る、離れていてもこちらまで届き、鋭い痛みがあちこちから伝わる。近くに落ちているその原因を慎重に拾って観察する。
「これ、あの時の…」
先の尖った黒い物体、クリティホロウでデュラハンの近くに落ちていた物。考えている間にデッドエンドブッチャーが奥の方に弾き飛ばされ、また大量の黒い物体がそれを追う。低い唸り声が響く中立ち上がる人影、次第に景色が晴れて全貌が明らかになる。大きな翼と長い尻尾、黒い体中に生えている何か、それと頭にある乳白色の太い角。第三者の乱入に困惑する中、ネコのシリオンが何かに気付く。
「あ!カリンちゃんの言ってた遭難者!」
今まですっかり忘れられていた男の登場に状況は加速していく。