滅尽龍のシリオン   作:匿名

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棘とノコギリ

今日はよく声を掛けられる、ホロウに入るのを止める治安官らしき人物とホロウ調査員をご希望の遭難者らしき人物、どちらも状況的には当然の事だろうが。それにしてもここまでの深部に家政婦の格好をした少女がいることが驚きだ、余程の凶運でエーテルの裂け目に連続で落ちたか余程の強者か。少女が両手で持つ彼女の身長程の長い柄、その先に存在感を放つ丸ノコに目をやる、似たようなものすら他のホロウレイダーが使っているのを見たことがない。

 

「き…聞こえて、なかったんでしょうか?す、すみません、あの…」

 

普段から人とコミュニケーションを取ることが滅多にない男は目の前で小さく震える存在を無視して思考する。居たたまれない空気にもう一度声を出すと今度は男と目が合った。

 

「誰だ」

 

唯の興味から来る誰何は男の意図とは別に辺りに響き少女は威圧を感じてしまう。少し身を丸めた後姿勢を正しあちこち落ち着かない視線で答える。

 

「は、はい!わ、私はカリンと申します。ヴィクトリア家政という家事代行会で従業員をさせて頂いていて誕生日は6月2日。双子座、血液型はRh-、好きなことはお掃除で、市民ナンバーは…」

 

自己紹介というよりは自白に近く、次々と個人情報を開示していくが欲しい答えは出てこない。そもそも伝わっていない、男は他人と会話する機会が壊滅的に少なく、必然的にこういったことに不得手であった。目立っていた白さの無くなった尻尾が揺れる。

 

「家政婦がここで何をしている」

 

親しい友人でさえ扱いに困るだろう情報を今も止まらず放出しているカリンとやらに痺れを切らし男は問う。自分が一番最初に尋ねられたという事はもうすっかり忘れている。

 

「は…はい、実は、他の皆さんと来てたんですけど、途中で要警戒エーテリアスに遭遇してしまい、撤退中に鈍臭い私が皆さんとはぐれてしまったんです。私自身はキャロットを持っておらず、途方に暮れて救助を待っていました」

 

ふむ、要警戒エーテリアス、対峙しても損傷なく逃げられる少女の生存力、証言中も震えていたが虚偽の供述からくるストレスによるものではなさそうだ。というより出会ってから震えが止まったことがない。いや、それ以前からか。

 

証言、装備の質とその見た目、思い返せば調査員を待っているかのような発言、総合して男のは目の前の少女を合法側の人間と断定。少なくともその態度から一変、こっちを仕留めにかかる追い剥ぎではないと判断した。

 

「そ、それで…その、あ、あなた様は調査員様なのでしょうか?御一人のようですが…」

 

不安そうな声音でこちらを見上げる要救助者。現在このホロウは一建設会社の電車を素早く通過させる為に余計な騒動を起こさせないよう注意しているだろう、このタイミングで調査員が見回っている可能性は薄い、それもこんな深部では。少女の仲間が救援を寄越している可能性はある、余計な手出しは要らないのかもしれない。

 

「違う」

 

簡潔、またの名を言葉足らず。翼がゆっくりと膨らんでは戻る。

 

「我はホロウの調査員ではない」

 

本質的には違っていないがと心の中で補足し、物思いに耽っていた顔を少女の方に戻し否定する。これは堂々とした犯罪者宣言か迷子申告か、少女は金色の目に再度見つめられ動けない。判断は難しいが善性に傾いているカリンには心配が勝ったようだ。

 

「そ、そうですか…だ、大丈夫です!エーテリアスが出たら、カリンがお守りします!きっと、救助は来てくれますから」

 

他人の役に立ちたいカリンは決意した、自分がしっかりしないといけないと奮い立たせる。男がスーツ姿で何も持っていないように見えたからか、自分と同じ遭難者だと結論付けた。

 

男には不思議だった、一体何故少女に守ってもらうことになったのか見当がつかない。尻尾が揺れ首を傾げる、鏡の様に向こうの顔も傾き頭にある二つの尻尾も揺れる。要らぬ世話を焼くか考えていたら要らぬ世話を焼かれてしまった、いつの間に。

 

無視して先を進んでもいい、話に出た要警戒エーテリアスが目的のデカブツだろう、そこまで遠く離れているとは思えない。この周辺のエーテリアスは少女が、ここに至るまでは自分が処理しており、緊急の脅威は感じられず一先ずの安全は保障されている。自分が来た方角を逸れずに真っすぐ辿ればホロウの端に到達できるが少女の持つ目には難しい。黙っている男を何と思ったのか少女は励まし、警戒を怠らない。

 

(震えがない…)

 

邂逅する前から続いていたカリンとやらは今ややる気に満ちこちらを見ている。このような反応は男にとって珍しい。町ですれ違う人は例外なく距離を開け、まともに目を合わせることが出来るのはいつも使う目の悪い老人が営む質屋か、こちらの注文を一度も理解したことのないバーテンダーぐらいだ、どちらも身体的な欠陥を抱えている。珍しい存在に珍しい精神性、興味が湧く。気が変わった、軽く尻尾が地面に触れる。

 

「助けてやる」

「えっ…?」

 

少女の中に自分を見たわけではないがホロウは逃げやしない、寄り道くらい偶にはいい。踵を返し元来た方向に歩き出す。自分にエーテルの裂け目を使った近道や脱出は選択から外れる、裂け目の特定はできるが向こう側の情報は取得できない、代わりに自分のコンパスは狂わない、零号は除外するものとする。運が良ければホロウを出たところで治安官に保護されるだろう。後ろから慌ててカリンが走り寄る。

 

「あ…あの、ホロウで遭難した際は無暗に動き回ってはいけませんー!」

 

何とか諫めようとしているが止まることはなくずんずんと進んでいく。大股で歩く男に小走りで追従する。

 

「キ、キャロットを持っていたんですか?」

 

確かにキャロットの有無は話題に上がっていなかった、もしそうなら二人とも脱出の希望が見える。

 

「気にするな」

「き、気にするな、ですか?」

 

自分がこのホロウで迷うことは無い、微弱なエーテルの流れに背を押されることを感じ常に最短距離を維持する。運動がてらに消滅させてきたエーテリアス達は沈黙を保ち、道中に障害はない。

 

「エーテリアスがいない道を知っているんですか?」

「そんなところだ」

 

具体性のない、気のない返事が続く。カリンは右前を歩く男を見上げる、上背があり、見たことのない翼と尻尾、それにとても固そうな逆立つ髪。シリオンであることは間違いなく、しかしながら由来は分からない。出会った瞬間は色んな意味でお迎えが来たかと思った彼女だが、確信を持って歩いているように伺える大きな後ろ姿には説明できない安心感を覚える。

 

(増えている…)

 

来た時にはなかった裂け目が道を塞ぐように発生している。一般人にとってホロウの探索が困難なのはこうして内部構造がリアルタイムで変化し続ける点も挙げられる。男は立ち止って頭を一往復だけ振り、次の経路を組み立てる。その時遠くでおかしな反応もついでに拾ってしまう、今日は不思議なことがよく起こる。これは先日クリティでも微かに感じた違和感、そもそもホロウレイダーがホロウに入る際キャロットや案内役のプロキシを必要とするのはホロウ内部を外から観測出来ないからでもある。ホロウ内に満ちているエーテルは外に漏れ出ることは無く特別な加工無しでは外に持ち出せない。一体どういう手品か小さい反応から強いエーテル反応が真っすぐホロウ外に飛んで行っている。いや、よく探るとエーテルではなく別の物質に加工されている?どういう原理かは理解できずとも異常であることは分かる。寄り道ついでに近くで顔を拝んでおこう、丁度接触するような経路の構築も済んだところだ、少し道が荒れているが許容範囲内である。

 

「ど、どうかしましたか…?何か、問題でも?」

 

しばらく動かない男を案じカリンが声をかける。その瞬間、辺りのエーテル反応が急増する。出現するエーテリアス達、特別な個体はおらず危険度は低い。相手が仕掛ける、群がるように二人に殺到。

 

「か…カリンにお任せください!」

 

ここまであまり役に立っていないと感じているカリンは張り切って駆け出す、男は地面に片手と両翼をつけ何やらしていたが彼の周りを少女と大きな獲物が回る。迎撃する度、男の周りを回る度に段々と回転数が上がっていくノコギリ。最初はエーテリアスを押しのけるだけだったが次の周には火花が散り、駆動音が高くなるにつれエーテリアスの断末魔が混ざり始める。

 

「…えいっ!」

 

周を重ねエーテリアスのコアが砕かれる様子を見ながら男は行動を中断、立ち上がり邪魔にならないよう尻尾を丸める。最後に一回り大きく両手がこん棒の様に発達したエーテリアスの叩きつけにノコギリで相対、不安そうな顔はそのままに鈍くなった駆動音は食い込んでも止まることは無くじわじわと侵略、やがて敵の手を切断する、たたらを踏み尻もちをついたエーテリアスをまるでモップをかけるようにして突進、地面と敵がパックリとノコギリに食べられる。

 

「ご、ご無事でしょうか?」

 

消滅したエーテリアスから向き直り少し息が上がったカリンが此方を見る、一度尻尾を踏まれたことは言わないでおこう。むしろ棘を踏み抜く可能性があるため踏んだ側が危ない。

 

「問題ない」

「良かったです、お、お役に立てたのなら…」

 

この数を短時間で対処しておいて謙遜が過ぎるのではないかと思うが、男は基準に詳しくない。改めて出発する、道中に転がる電車を両手でこじ開けて進むパワープレイにカリンは驚き、最中に袖や翼から零れ落ちるものに気付かない。

 

遠くから声が聞こえ再度足を止める、進行方向からではなく後ろから。戦闘時のノコギリの音が思いの外大きかったのだろうか。確かにこちらに向かってきている。

 

「先に行け、このまま真っすぐだ」

 

後ろを振り向きカリンとすれ違う、男は進行方向にいる反応について心配していなかった。二つあるがこの少女なら敵対したとしても遅れは取らないと推測。自分は少し予定より早いが当初の目的を果たすとしよう。

 

「えっ?ど、どういうことですか…?」

「前方に人がいる、そいつらと話してみるといい」

 

こんな時にホロウに入り込む酔狂な人間だ、流石にキャロットぐらい持っているだろう。遭難者ならこちらの用事のあとでまとめて面倒を見てやろう。今は何故かいつもより機嫌がいい。

 

「ひ、人って…それに、あなた様は…?」

「気にするな」

 

振り返らず答え、翼を数度羽ばたかせる。カリンはまだこちらに迫るヤツを察知していない、現在進行形でアワアワしているが道は示してある。

 

急速に加速していく男、体は前へと倒れ速度も相まって傍から見れば二本足で走っているかの判別がつかない。髪が伸び始め、前腕部の袖が内側から押される。ホロウに入ってこれまで変化のなかった男の表情が動く、大きく笑みを浮かべ威嚇する。後ろしか見えないカリンにはただ猛スピードで離れていくことしか認識できない。遠く離れて響く咆哮は誰のものか。

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