滅尽龍のシリオン 作:匿名
デッドエンドホロウへと歩を進める男は考える、数々の共生ホロウを渡りながら全身でそれらを解析し、時には成り行きで消滅させることもあった。一人で行動するホロウレイダーとしては破格の踏破率だがそれも共生ホロウの場合だけだ。六大ホロウの探索も進めてはいるが底は見えず進捗は遅々としたもの、零号ホロウに至っては入った数分後に本気で迷子になり、最終的には偶々発見した調査隊を追跡することで脱出することが出来た。
「なぜこうも固執している…」
如何なる理由で自分はホロウへ向かうのか、その問いの答えを男は持っていない。確かにホロウ内の方が安上がりではあるし、落ちているものを拾って帰るだけではした金にはなる。しかしそれだけではこの軽い焦燥感と欲求、さらに苛立ちを覚えることの説明としてはあまりに不十分。気が立つ原因も不明となれば虫の居所も収まらない。無意識の内に低く喉を鳴らしていた男はいつも以上に通行人を怯えさせる。正義感溢れるヤマネコのシリオンも男を見て後ずさるが、生来真面目で治安官である彼は道を譲りながらも男の外見と行き先が気になり、違法行為に手を染めていないか確かめるため後を追う。本人は巧妙に尾行しているつもりだが男はただ気にしていないだけだ。
しばらく歩いた後、男は目的地のデッドエンドホロウの前で止まる。少し離れたところでは地下鉄の改装工事を落札した建設会社とも思われる集団が、既にホロウに飲まれているトンネルの前で簡易的な爆破本部を構えている。耐浸食用の補強が成された列車をホロウを経由させ、その先のカンバス通り一帯を一度爆破、更地に戻すことで工事を簡略化する計画である模様。工事が完了し、向こう側の開拓が進めば新エリー都はいずれデッドエンドホロウに目を向けるかもしれない、確証はないが人の少ないうちに隠れた名店を味わうのは賢い生き方だろう。ホロウへと入るため男は一歩踏み出し、
「止まってください」
後方から声をかけられ、男は素直に動きを止め状況を俯瞰する。若い男の声、かすかなネコと似た匂い、他に人は居なさそうだ。対する自分も一人、何も持たずにホロウに入る素振りを見られている。しばらく前から後ろに付かず離れずの距離でいる気配には気が付いていたが単に方向が被っているのだろうと結論付け意識するのを止めていた男は少し驚いていた。自分から他人に声をかけることは稀であれその経験自体は何度かあるものの、外で向こうから声をかけられることは初めてだ。第一声はどうするか。
「その先はホロウです、一般人の立ち入りは禁止されています。何か身分を証明出来るものをお持ちでしょうか?」
言動からどうも規則を取り締まる側だと判断した男は心中でお友達志願者に傾いていた尾行者への印象を職務をこなしている赤の他人に戻す。自分がホロウに入るところを直接見られれば言い逃れは難しいだろう、それが障害になるかといえばならないが。
(それにしても…)
血が煮える、口角も上がり瞳は一層細まる。ふざけた質問だ、今まで自分以外に自分を見た者は居らず、他人の中にも自分は居ない。であれば自分とは自分の事であり、自分以外に証明し得うる者が居ないのならば、他人が自分に成ることは無い。一体誰が自分に何を証明せよと問うのか。
「質問にご協力願えますか?」
お願いとは言っているが状況証拠からみて事情聴取に近いのかもしれない、有無を言わせない圧を感じる。冷静になる、瞳が緩まり全身から力を抜いていく。思えば唯の質問にあそこまで反応しても意味などない、どういうわけかあの問い掛けに逆鱗が反応してしまったが相手の職務の一環としては正しい手順なのだろう。息を吐く。
「何か言ってもらわないと困りますよ」
反応が全くないのが悪いのか少し高まった緊張感を孕み、続けて声がかかる、それと同時に後ろの尾行者は警戒しながら男に静かに近づく。言い訳ならある、現行犯でさえなければ問題ではない、言い換えれば目撃者が居なくなればいいだけの単純な解決法。男は翼に力を込め自分を覆うように丸め、流れる風をその角で感じながらもう一度周囲を観察する。
「ゆっくり両手を挙げ、こちらを向いてください」
初めて見せた男の行動に治安官は内心焦りだす、どう見ても協力的とは思えない何らかのの予備動作。ほんの好奇心と使命感に駆られてここまで来たが今更引くことはできない、新エリー都の治安を預かる者として。腰に差している警棒に手をかけ通信機をオンにする、アプローチする前に連絡を入れておけば良かったと後悔しても遅く、状況は止まらない。
「妙な真似はせずにこちらにーー」
男の尻尾が動く、鞭の如く右上から左下へ。尻尾以外は一切動いていないがその長さ故地面と接触、舗装された道がガラスのように割れ破片と砂利が飛ぶ。突然の行動に治安官は一瞬怯むが、抵抗と捉え目標の制圧に走る。破片が空中に留まっている間に両者の距離は縮まり、残りあと数メートル、警棒を握っていない方の手で男に手を伸ばす。
翼が動く、男を包んでいたものが勢いよく開かれる。翼を広げた姿は予想を大きく上回る幅を持っており男の存在感が増す、そんな後ろ姿に治安官は目を捕らわれ大きく見開き、直後にこちらを激しく押し放す風に対処出来なかった。治安官を襲う風に乗った天然のショットガン、彼自身も後ろに飛ばされることで本来の威力は出ていないだろうが、彼の目に異物が入り背中から着地し肺から空気が抜ける。いくら若く日頃から鍛えているシリオンと言えど直ぐに態勢を整えることは出来ない。
数秒後に呻きながらも起き上がる治安官の片目は依然と閉じられている、何とか開けた片方の目で前方を見るととそこに男はもう居なかった。周りにもいる姿は見えない、逃げ出したのかそれとも…
『…スくん、応答してください!何があったんですか!?応答…』
胸元の通信機から班長の声が聞こえ我に返る、説明もないまま応援要請を出し通信をしたままだったことを思い出す。取り合えず報告をしようと手に取ろうとし、自分の状態に違和感を覚える。
「制服が…」
切り傷が多い、どれも軽傷で血が滲むだけで済んでいるが下半身の制服は前面だけ切り刻まれたように破れている。市民の前にこの格好ででるのが少し恥ずかしい、かなりのダメージ加工が施されていた。荒事に介入することもままあり多少丈夫に作られている捜査班の制服が歩道の破片などでこうなるだろうか。破れることはあるだろうがここまでの損傷は…
『朱鳶よ、落ち着くがいい、位置は特定できておる。一先ずは現場に向かうとしよう』
次いで聞こえる先輩の声に深くなりかけた思考を止め慌てて応答する。自分の無事と事件の説明、所感など一通りの報告を済ませ、安心した班長達は通信を切る。一応現場も確認しなくてはと目をやればコンクリートの破片に紛れ見慣れない物体が混じっていた。真っ黒で掌に乗るぐらいの大きさ、一方は太くもう一方は鋭く尖っている、まるで肉食動物の牙のような物があちこちに落ちていた。両手で持って軽く折ってみようとするがビクともしない、自分の周り以外に散乱しているような様子はなく、謎の物体に紐づけられるものも存在しない。答えを一旦放棄した治安官は、
「こんなものが転がっていたら市民がケガしちゃいますよ!」
近くで箒とちり取りを貸してもらい、せっせと掃いて燃えるゴミかどうかはハッキリしないが自然物のようだったのでゴミ箱に捨てた。治安官が深く考えず捨てた無数の棘はゴミ箱に溜まっていた袋を容易く引き裂く。後々収集車が来るまでカラスが集まり生臭さが広がる、更には棘を回収した車の圧縮機構に引っ掛かり歪めてしまう。棘の一つ一つが触れるものを傷つけていく。
少々予想外のトラブルに遭ったが特に気に留めるほどでもない、デッドエンドホロウに入った男はいつもよりシュッとしている尻尾が受けるエーテル浸食の感触に少し顔を歪める。一つ呼吸し歩き出す、目指すはホロウの中心、男はコース料理があまり好きではなく最初からメインディッシュにかぶり付くのを好む。エーテリアスを消滅させながら歩くその後ろにはいつの間にか白い棘が目立っていた。
ホロウ内が騒がしい、先日のクリティと同じような状況、ということは先客がいるのだろう。まあ建設会社の奴らの可能性が高い、ホロウ内に留まる理由までは分からないが。唯の建設会社が線路を使ってホロウを通過できるのなら、ホロウ内の視覚情報はぐちゃぐちゃでも実際の物理的な構造はそこまで変化していないのだろう。もちろんエーテルの裂け目はどこにでも発生する可能性があり一概には言えない。エーテルの流れをある程度追える男の瞳は落とし穴を避け、大体の当たりをつけ止まらずに進む、そもそもデカブツの音を追えばいいのでこのホロウは簡単な方だ。こんなことならクリティより先にこっちに来れば良かったなと思いながら殲滅を続け、その度に周囲に棘が残る。
ここはかつての電車ステーションか何かだろうか?電車の残骸が多く転がっている、デカブツの気配にも徐々に近づいている実感がある。気分良くそれでも逃がすことは無いと耳に集中しているとカチカチという金属同士の当たる音が聞こえる、エーテリアスではなさそうだ。気になって立ち止まり周囲を観察する、エーテルを角で感じながら。やがて場所を特定した男は少しだけ躊躇した、感知した存在をホロウ内で見たことがないからだ。一人の人間、それだけならば無謀なソロのホロウレイダーとも会ったことがある。かよわい生命、その成れの果てなど見飽きている。ホロウに置いて場違いな服装、自分が言えた義理でもないが個性的な連中は一定数居る。巨大な獲物、身体能力を補えるのなら効果的なのか?その全ての特徴に当てはまり、悲観して震えているが絶望までは抱えていない、そんな奇妙としか言えない存在だった。
目視できる距離まで近づくも尚男の顔には疑問が浮かぶ、迷い込んだにしては結構深い所まで来ている。途中の戦闘痕は数種類ありあの武器によるものも当然見受けられた、もし本当なら相当数を倒している、それが示すのはその存在の力かホロウでの滞在時間か。思考に耽っていると向こうも此方に気が付いたようだ。敵意は無い、向かってくる。
「あ、あの…あ、あなたは、ホロウ調査協会の調査員様ですか?」