滅尽龍のシリオン 作:匿名
旧都陥落…11年前の惨劇は未だ尚多くの人の心に影を残している。零号ホロウによる急激な拡大に当時の者は成す術なく、一時的にエリー都を放棄。ホロウの活性が落ち着き、都市に戻って確認できるのは廃墟だけであった。かつての暮らしに思いを馳せるも前を向かなければならない生存者たちは、見る影もなくなった旧都で新エリー都を再建。衰えの兆しもその全貌も見えないままのホロウを隣人として人々は今を暮らしている。しかしながらホロウがもたらしたのは破壊だけではなくホロウ内に発見されるエーテル物質は人類にとっても有効活用のできるエネルギーで、エーテルへの適性を持った者やエーテルを使った技術、武器なども生まれていった。
「今日も成果は無しか…」
そんな不思議エネルギーに依存し始めてる新エリー都に一人の男がいた。少しよれた黒いビジネススーツを上下に、ゆるくオレンジのシャツに紫のネクタイを着け廃墟を歩く男には常人といくつか異なる容姿を持っていた。高めの身長の腰あたりから黒く伸びる地面に付くほど長い尻尾の先端には無数の突起が生え、背中には人一人ほどなら包み込めるほどの一対の黒い翼にも同じように無数の突起が生えている。中でも額から左右に生える太く大きい角が強烈な威圧感を周囲に与える。
「にしてもいつも以上に賑わってるな、なにかあったのか今日?」
男が歩く廃墟の周囲には人の気配はない。ここはホロウ内部、真っ当に生きる市民にはあまり訪れる機会のない場所。エーテルによる浸食にエーテリアスによる襲撃、内部構造が絶えず変化する生きた迷宮の上に視覚情報と合致しない。好き好んでホロウに入るものはおらず、男も例に漏れない。それなのに男の耳には遠くからの喧騒を拾っていた。
面倒事の匂いがする、そう決定付け男は切り上げることにする。同業者にせよ治安局にせよ見つかりたくはない、そう思っていると空を真横に落ちている銀髪の少女を目に捉えた、装備や服などは調査員に見えない。騒がしているのは同業者の方かと納得しホロウの出口へと足を向ける。
「こっちはどこに出るかな」
声に緊張感はなく足取りも乱れはない、とてもホロウ内を長時間彷徨っているとは思えない態度。自分が何処へ向かっているかは定かではないが男は気にしていなかった。小一時間ほど迷った所、一際強力なエーテリアスと出会う。デュラハン、盾と刀型に変異した腕を持っている人型エーテリアス。既に満足していた男はデュラハンに興味はないがそれの足元付近にある小さな金庫は目についた。男はホロウレイダーに分類される、市の許可なくホロウに侵入し金目の物をサルベージする、有り体に言えば強盗である。
「丈夫そうな金庫、これは当たりか?」
金庫に向かって歩き始める男、男を認め咆哮を上げるデュラハン。金庫を手に取ろうと屈んだところデュラハンが飛び掛かる。男は一瞥もくれずに手に取って金庫を観察し始め、エーテリアスは衝撃とともに壁に埋まっている。暗証番号付きの金庫は正攻法で開きそうにはない、仕方ないと両手でしっかり握る。エーテリアスが壁から復帰し刀で一閃、男の視界の隅で刃が止まり気にせず両手に力を入れ金庫を右と左で反対方向にひねる、まるでガシャガシャのカプセルを開けるかのように。上空に飛ばされるエーテリアスを無視してついに金庫は開く、期待に満ちた男の顔はものの数秒で一転、ため息をつき金庫だったものを放り投げる。中に入っていたのは何らかのデータ端末。
「期待して損したな、つまらん」
男は自分が機械に明るくないのを自覚しており、明るい知り合いもいない。この小さいチップを拾った所で価値もわからず活用もできない、販路もないとなれば男にとってただのゴミである。時代に取り残された機械音痴はホロウ内で拾うものに好き嫌いがある頑固者だった。最後にもう一度距離を詰めてきたエーテリアスに対し再度尻尾が動き、男はその場を後にする。
「あたしの金庫!」
少ししてから後ろから声が聞こえるが男は見向きせず家路につく、家路は特定できていないが。
「今、何か…」
「アンビー!集中しなさい!」
「なんかこのオッサン疲れてねぇか?」
数時間後、突如として視界に入るものが変わる。廃墟だらけだったものがまっすぐ建つ街並みへ、空気中にエーテルはなく蝕んでいた浸食も離れ始める。本日も無事ホロウから帰還した男はその場で深呼吸しヤヌス区を歩く。ホロウから出てきたことと威圧的な風貌にすれ違う人々は驚愕するが彼はエーテリアスと同じように彼らを気に留めない。やがて人気のない路地裏に入ると男は初めて周囲を確認、一人であることを確認すると足に力を入れ跳ぶと同時に翼をはためかせ、その場から消えた。
「やっと、やっと見つけたー!あたしの金庫ー!っていうか割れてるじゃない!」
エーテリアスを倒し金庫に駆け寄ったニコは二つに割れたそれをみて青ざめる。ガワは見つけても中身がなければ依頼は失敗だ、そうなれば邪兎屋の晩御飯はしばらくもやしに頼ることになる。
「落ち着いてニコ、多分中身はこれよ」
片方の金庫だったものに入っているチップをアンビーが指差す。
「でかしたわアンビー!」
もやしはなんとか回避出来そうだ。
「しっかしこれエーテリアスがやったのか?金庫は真っ二つだが中のモンは無傷じゃねえか」
「それにしては妙、それに前回にはない戦闘の跡がある、誰かが居たみたい」
辺りを見渡しアンビーが口にしながら地面に落ちていた小さな棘の一つを拾い観察する。
「なんだろうそれ、エーテルを感じないからエーテリアスではないと思うけど」
「見たことないぜこんなの」
ボンプとビリーが近づいて一緒に考えるが答えは出ない、諦めたのかアンビーは棘を捨てる。
「そんなものいいからさっさとここから出るわよ!ホロウ内の活動時間も超えちゃってるしもたもたしてたら今度はあたしたちがエーテリアスよ!」
「そのことなんだけどねニコ、ハッカーに乗っ取られたときにアカウントを初期化しちゃったからキャロットももう持ってないの」
ホロウ内の地図ともいえるキャロット、それがないことにはホロウから出られない。もやしとも永遠にさよならだ。
「でも諦めないで!一つ方法があるんだけど…」
そうして彼女らはチップ入っていたⅢ型総順式集成汎用人工知能、Fairyの助けで無事ホロウから脱出する。終ぞ先を歩いていた男に気付かずに。
ズドンッという低い音と衝撃、砂埃が舞い上がり中からスーツの男が出てくる。周囲に人は居らず、それどころか建物も植物もない。高温で火の噴き出るここに寄り付く者は見たことがなく、それ故に男はこの場所を好んでいた。火口にも見える穴に横穴を掘り、そこに男は住み着いている。かつてこの近くには町があったのか放棄された物資はそこそこあり、人一人が暮らすには贅沢は出来ないが十分な物が揃っていた。人には生活不能な温度、到達不能なアクセス性、なにより生存不可能なホロウ内である点を除けば世捨て人には理想の物件だろう。
「やはり慣れないホロウだと手間がかかるな、もう少しでクリティも掴めそうだが」
人とのかかわりが薄い男はよく独り言で喉を震わせる。スーツを脱ぎベッドに丸くなる、翼が邪魔で普通のようには眠れない。エーテル浸食で体中に生えた棘がチリチリ焼かれながら眠りについた。
翌日、夜が明けたかどうかはホロウ内なので一目では分からないが、何かに呼ばれたように男は顔を上げる。簡素な横穴を出て四肢と翼を伸ばす。昨日と同じように跳躍し一気にホロウを脱出する。彼の縦に割れた瞳孔には勝手知ったる我が家のホロウに流れるエーテルの流れが見えている。方角を見極め、一直線に跳ぶだけでホロウ外に躍り出る。荒野にある燃えない湖で水浴びを済ませ、比較的近場の村と呼んでいいのかわからない寂れた所に寄り、軽く腹に何か入れようと見て回るが相変わらず何もない。早朝らしいこともあり前回来た時より人がまばらだ、唯一人がいるカウンターがあるだけの店に上がる。涎を垂らしてカウンターの向こう側で眠っている女を起こし注文をする。適当に味のついた飲み物とつまみを頼むがいつもと同じく出てくるのはニトロフューエル、中々にパンチのある未だに酒かもエナドリかもわからんドリンク。頭の緩そうな笑顔で支払いを受け取る女を尻目に車の燃料にも使用されるという噂の飲料を飲み干す、エナジードリンクとはそういう意味だったか?
寂れた村を出て少し離れてから新エリー都へ跳ぶ、バレエツインズから少し離れた水面に着弾し、その勢いのままバレエツインズ前の公園というには簡素な場所まで魚雷のように進む。モニュメント裏で水から上がり軽く体を震わせて水を切る、スーツはまだずぶ濡れだが大して男は頓着しない。周囲を見渡しても目撃者はいない、隣で同じようにずぶ濡れのネズミのシリオンを除いて。
「っ………」
何やら驚愕と、これは恐怖か?で固まっているネズミをよそに男は歩き出す。なんでこんな朝から濡れてるのか知らなかったし女から若干下水の匂いがして臭かった。
ルミナスクエアは様々な飲食店、娯楽施設、治安局の駐在所などがあり人の往来が活発だ。歩道を歩いていると角と翼のせいで他人がすれ違うスペースがほとんどない。幸い親切な人ばかりなのか男を見ただけで道を開けてくれる、少し挙動が忙しないが。交差点のパネルには今朝方のニュースが流れおり、足を止めて眺めていると何やらとても蹴りやすそうな人物がドヤ顔で工事の説明をしていた、あれも何かのシリオンなのだろうか?カンバス通りというホロウに分断された地区の解体作業、そこの開発が進むということは近くのホロウ、デッドエンドホロウも近々手が加えられるのだろうか、最近はクリティホロウの探索を主にしていたがあれの共生と思われるデッドエンドでもまあ規模は違うが同じような物だろう。調査協会などの手が本格的に入る前に小さ目のホロウも見てみるとしよう。クリティ探索に応用できれば御の字、できなくてもあそこには御馳走があるとの噂。朝から治り始めているとはいえまだ少し焼けている喉と口内は口直しを望んでいた。
男は歩き出す、次のホロウに向けて。人との関わりが希薄な彼は他人の機微に疎い、少し前から新エリー都にて目撃されるようになった彼は密かに人々の噂になっていた。他に類を見ない特徴を持つシリオンらしき人物、その外見は一目で恐怖を抱かせる。自分の住処は隠すが自分自身は特に隠さない。今までそうしてきて彼の平和は乱されておらず、何も問題は起きていない。自己中心的だが自己完結している男は他人を必要としない、そんな力が今の新エリー都でどのように映るかは興味のない彼に推し量ることはできない。原生に比べると遥かに小さいただの共生ホロウで何か起こり得ることも無いと、男の奥底にある本能を満たせるものを探しに行くのを人は足を止めて見ていた。
同時刻、六分街のとあるビデオ屋ではネコのシリオンが店主の兄妹に依頼を携えやって来た。