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ブロムスト・サガ ─ 竜ヲ征スル者 ─

8 / 9

7分

ACT7 口裏は合わせずとも

 命眠季──六十一日目。一年の終わりを迎える日、年越祭の日である。  頑丈な鎧に身を包んだ軍馬と鎧騎士が、木製の騎馬槍(ランス)を抱えて、対角線上から駆ける。  木槍で相手を打ち、落馬させた騎士が雄叫びを上げた。詰めかけた貴婦人方が、「ノルト様ーーっ!」と黄色い歓声を上げる。  騎士は兜を脱ぎ、金色の髪を雪風にさらして手を挙げると、──ノルトは投げキッスまでしてファンサービスに応じた。  ──馬上槍試合(トーナメント)。  騎士の武勇を競う競技であり、軍隊が常駐する都市での最大の娯楽。  掛け金を集めていた胴元がおり、当たり前のように賭け事となっていたが、今日はその程度で取り締まるような日ではない。  城の外塁(パーピガン)で行われているこの試合に際し、周囲では城に詰めるペイジやエスクワイアらが屋台を出し、散髪や衣服の修繕などから、肉の、保存食の無償提供を行なっている。  領民のご機嫌取りは大切なのだ。  また、特定の騎士にはファンがつくもの。  勇猛な騎士であるサー・ゴルドールはもちろん、弓と魔法を能う騎士であるサー・ノルベルト──ノルトもまた双璧というくらいには人気であった。  ライヴェンは肉の塊をスライスして、堅焼きのパンに乗せて客に手渡す。  すでに一定の人気を博しているドルフは、若い少女から花束をもらっている。彼は城主の娘・イングリッドと婚約しているのだが、領民も玉の輿を狙っているとかそういうつもりで渡したわけではあるまい。 「どうしたライヴェン、怖い顔してるぞ」 「いや。煙が目に染みるから」  肉は炭火で焼いているから、どうしたってその煙で目が沁みる。だからそのように言い訳した。  ドルフは笑いながら、「ああ、そいつは仕方ねえさ。目薬、貰ってくるか?」 「いいよ、忙しいってのに」  ……この優しい男が、フィノーラを滅多打ちにするほどの拷問をしたのか?  ──俺は、ドルフについて……そういえば、ほとんど知らない。 「おい、ライヴェン、ドルフ! そろそろだぞ」 「はい! いくぞライヴェン!」 「おい、ずいぶん前のめりだな? クールなお前らしくもねえぞ」 「あったりめえだろ、俺たち、騎士になるんだ!」  ライヴェンは交代に来たエスクワイアに仕事を任せると、先輩の騎士に連れられて着替えた。  騎士叙任用の正装である、甲冑に。  重たいが、しかし、悪くない感触だった。この重みも、己に課せられた責任だと思えば悪くない。  ──大塔(グレート・タワー)。  主城塔(キープ)の中でも特に巨大なものを、こう呼ぶ。  その内部、二階のホール。  ライヴェンとドルフは今まさに、騎士の叙任を受けんとしていた。  ドルフの右肩を剣の腹でそっと触れる。宝剣フェスタースヴェルドを握るのは、城主、オードネ・フォウ・ワムフェムス・レダ・フェスタース城伯騎士である。  そうして今度は左肩。 「汝、この時を持って忠義ある騎士に任ずる。しかと仕事に励むが良い」 「はっ!」  ドルフが立ち上がると、彼にはフェスタース家の騎士を示す、“雪”のエンブレムが刻まれた盾が送られた。  これは彼がのちに、男児のいないフェスタース家を継ぐ証でもあり、周囲は羨望の眼差しを向けつつ、拍手を送った。  続いて、ライヴェンである。  周囲の目は冷ややかだったが、仕方ない。  なんせ己は農奴の出。本来なら苗字さえ名乗れないのだ。  それを一騎士に過ぎないノルトの気まぐれで、「花の心(ブロムハルト)」という立派な苗字と、「竜の剣(ドラヴェルド)」というサー・ネームを与えられたのである。  しかし、だからといってすでに決まった事実を覆すわけにはいかない。騎士にとって、最も恐るべきは不名誉なことである。  吐いた唾を飲むという不名誉は、いっそ、自ら心臓を抉る方がマシに思えるような行いである。 「汝、この時を持って忠義ある騎士に任ずる。しかと仕事に励むが良い」 「は……!」  城主オードネは玉座へ戻った。  銘々、騎士たちは酒宴に興じる。  多くはドルフへのごますりに夢中で、ライヴェンには誰も寄ってこない。 「師匠はどこだ……?」  ライヴェンにはエンブレム──紋章というものが、そもそも論としてない。  本来それは、騎士の家、すなわち貴族に許された特権である。  そこへ、ノルトがやってきた。隣には城の鍛冶屋であるドヴェルグ族の、髭に顔を包んだようなずんぐりとした男。 「あの坊主が立派になったもんじゃな。のうライヴェンや」 「ロップス(じい)……」 「わしの娘を魔物から守り仰せた日をわしは忘れぬ。──ノルト、わしから渡して良いか」 「ああ、どうぞ」  ロップスと呼ばれた「ドヴェルグ」族……それはドワーフの中でも古式ゆかしい一族を指す言葉であり、彼は古きドワーフの血筋であった。  ライヴェンの奇妙な才覚というべきは、こうした、奇妙な縁を結ぶところにあるとノルトは思っていた。 「…………」  ノルトは視界の隅で、ドルフが悔しそうに眉間に皺を刻んでいるのを見た。 「お主には家紋がないゆえ、わしが作った。気に入ってもらえれば良いがな」  そういってロップスが差し出したのは、一振りのクレイモアである。鞘には家紋を刻んだプレートが縫い付けられていた。 「家紋……? サキフラガ(ユキノシタ)だ」 「サキフラガ・ハヴボルグ……ユキノシタ属の中でも、ウミノナミと言われる種だな」  五枚の花弁に、色は中心が海色で、端の方は白い色。まさに海の波(ハヴボルグ)を思わせる花であり、それを意匠化したデザインを刻んだ鞘は──この上なく格好いい。  そして、ロップスはマントを渡した。 「ちょっとやそっとの鉄砲玉なら弾くぞ。アンチスペル・バレットでもな」 「ありがとう……!」  ノルトが微笑んだ。 「爺さん、俺の時はこんな贈り物はなかったじゃないか」 「けっ、わしはエルフという奴が好かんのだ。ただまあ、お主はライヴェンを鍛えた。そこは感謝せんでもない」 「あーやだやだ、こんな偏屈にはなりたかないね。……ライヴェン、俺からの贈り物だが、……お古のピストルでどうだ?」  ノルトがそう言ってくることは、打ち合わせたわけではないがわかっていた。  ライヴェンは首を横に振った。 「サー・ノルベルト。一つ、どうしても欲しいものが」 「言ってみろ」 「例の囚人が欲しい。あの手腕、学びになると思いました」  意外な──というか、不遜な物言いに……周囲は「ふざけるな!」「何をいうかこのガキは!」「だから農奴上がりを騎士にすべきではないと申したのに!」と怒髪天を衝く有様である。 「それは(まこと)か」  城主オードネが、ワインが注がれた銀のゴブレットでこちらを指す。 「恐れ多くも、嘘をつく場ではないと、理解しております」 「サー・ノルベルト。お主はどう思うかね」  ノルトは顎に手を当て、それからけろりと言ってのけた。 「縛り首にしたあと、森の肥やしにするくらいなら、まずは学べるべきことを聞き出すのも一興かと。不安なら、私が監視しても構いません」 「ふむ……さてどうしたものか。サー・ゴルドール?」 「はきと申し上げますと、あの者らは規律破りが目立ちます。なればこれを機に主従の契りを断ち、放浪騎士の身分に落として頭を冷やさせてみては如何かと……私はそう思います」  ノルトは誰にも見えないよう、ウインクをゴルドールに送った。彼は「しっし」というふうに指でそれを弾く。 「なるほど……一理ある。サー・ライヴェン。それからサー・ノルベルト。その条件であれば、私も応じられる。よもや褒美ひとつで罪人を野に放つわけにも行かぬ。  されど、貴殿らが“旅の人足”として雇ったことにすれば、一応の体裁は成るだろう」  それを聞いて、ノルトはライヴェンに目配せした。言い出しっぺのお前が決めろ、そう言われているのは明らかだった。  ライヴェンは頷いて、そうして、「その条件であれば、解放をしてもらえるのですね」と念を押した。 「騎士に二言はない」 「では、私は放浪の身に窶しましょう」ライヴェンはそう言って、城仕えの赤いマントを脱いで畳む。気を利かせた老ドヴェルグのロップスがそれを受け取った。 「同じく、私も。……古き友よ、君に狼神の加護があらんことを」ノルトの口調は城主としてのオードネではなく、親友としてのオードネに向けるものだった。 「ああ……ノルトよ。お前はまた厄介ごとに巻き込まれるのだな」  ノルトも赤いマントを脱いで、それを鍛冶屋のロップスに渡した。  ゴルドールが監獄の鍵を投げ渡して、それをライヴェンが掴んだ。 「サー・ライヴェン。君が何を思ってあの盗賊を逃すのかは聞くまい。……だが、魔女と関わらんとする女だ。厄介ごとだぞ」 「ご忠告感謝致します、サー・ゴルドール。しかし、私は行かねばなりません」 「そうかね。……風邪をひかぬようにな。貴様もだ、ノルト。わしとの決着をつける前にくたばるな」  ノルトは肩をすくめて、「どっちが勝ってたっけ」と舌を出す。 「十勝十敗三〇引き分けだ!」 「そうそう、そーだったな。おしいくぞライヴェン。自由の身だ!」  ノルトがそういった。周囲の騎士は呆れ果てた様子で、あんぐりと口を開けていた。  ドルフだけが、その中で唯一──憎悪にも似た形相で一連の流れを睨んでいた。

初回投稿日時:2025年10月29日 6:52

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  • アヌビス

    Lance

    ♡500pt 2025年10月30日 12時38分

     会話文が個性が引き出ていて感心しました。登場人物のそれぞれに魂が宿ってる印象です。魅了されました。

    ※ 注意!このコメントには
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    Lance

    2025年10月30日 12時38分

    アヌビス

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