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ブロムスト・サガ ─ 竜ヲ征スル者 ─

6 / 9

5分

ACT5 射干玉の闇は躙り寄りて

 ドルフ・オクト・アーヴィングは、名門アーヴィング家の嫡流である。けれども嫡子といえどその末子であり、上に二人の兄と二人の姉を持つ。  剣の腕では長兄アイザックに敵わず、魔法の才能では次兄ルーカンに届かない。人としての器は、そして知性は、二人の姉には遠く及ばない。  だから、父のウォードレンはドルフに何の期待もしていなかった。  勉学の機会も剣の修行も早々に見切られたドルフは、十二の夏、ある騎士に突っかかった。  お高く止まった、くそったれの騎士め。そう思って、場内にやってきた老騎士に斬りかかったのである。  それこそが、ゴルドール・エヴェン・ノックス。  己に才を見出し、騎士の道を示した、二人目の父と言っても過言ではない男との出会いだった──。  剣戟が響き合う。  今回の模擬戦は木剣ではなく、刃を潰した鉄剣である。激しく撃ち合う金属。身に纏う鎧は実践的な、煮込んで練り固め、圧着したハードレザーの鎧。  油断していい相手ではないとドルフは思った。  対戦相手はライヴェン。この、ボンボンの中にあって異質な、農奴から這い上がったエスクワイア。  鍛え方がまず違う。ドルフの観察眼はそれを、初対面で見抜いた。  明らかに喧嘩慣れしており、相手を攻撃することに関しての肝の据わりが違うのだ。  普通、他人を殺すことはもちろん、殴ることだって、ためらうのが人である。  しかしライヴェンは生き残る手段として暴力に一定の肯定感を持つため、「試合」という場であれば、容赦がない。  それがよかった。  ドルフを貴族として扱わない、一人の男として見て、斬り合い、戦ってくれるこいつが。  彼を対等な友と思っていた。彼は唯一、己に何の手加減も、おもねる真似もしない。 「ゼェァッ!」  雄叫び。ドルフは剣の切先を視線と水平にしつつ、そのまま、鋭く刺突した。  牡牛の角の如く構える、「タウルスの構え」である。  しかしライヴェンは剣の刀身でこちらの刃先を捉えると、上方へいったん逸らしつつ腕を畳み、鍔迫り合い(バインド)に持ち込んだ。  そして、すかさずライヴェンは足をドルフの膝の間に差し込んで、体重を剣越しに《《移す》》。  ドルフからしてみれば、見えない手で体を押さえつけられたような感覚であった。 「!」  バインド自体はいい──それは、大陸に馴染む技だ。  だが今の、「体重移し」はなんだ?  魔法ではない、明らかな、武技である。 (槍なら俺、剣ならライヴェン──それも、今日で終わりだ!)  ドルフとて勝負の最中に負けを認める男ではない。  押さえ込まれつつ、左手でライヴェンの顎に掌底を打つ。相手はすぐに顔を激しく逸らした。 「……っ」  派手に殴られた! 周りはそう言って、囃す。けれど違う。 (今度は拳闘の技か!)  スリッピング・アウェー。打撃の瞬間、その衝撃が抜ける方向へ体を捩って威力を逃す闘法。  おそらくは本能的な物と思われる。  競技が行われているのは、土を盛り付けた「土塁(モット)」である。その周りに修練生や、そしてノルトにゴルドールが集まり、観覧している。 「ノルト……どんな修行を? うちのドルフは原石そのもの、わしが磨いてきた者らの中でも一際輝く人材だが? そのドルフをここまで」  ゴルドールは興味深く聞いた。 「……極東で学んだ、こちらではついぞ見ぬ技を叩き込んだのさ。あっちには鍔迫り合いの技法がさほどなくてね。代わりに、剣技の中にさまざまな体術が練り込まれている」 「……サムライの国か」 「如何にも。本場のサムライには遠く及ばねえが、まァ、技自体は様にはなってますよ」  ドルフは鍔迫り合いを逃れる。  再び、タウルスの構えをとった。ライヴェンはしかし、突きを待たずに踏み込み。小手打ちでドルフの虚をついて、そして両手で剣を薙ぐ。 「舐めるなぁっ!」  左腕で拳骨を繰り出したドルフは、またも目を剥いた。  あろうことかライヴェンは拳を額で受け止めて、頭蓋の丸みを利用して腕の内側に潜り込むと、頭突きで肘をぶっ叩く。 「がっ」 「ずっと負けっぱなしのまま騎士になれるか!」  ライヴェンはそう咆哮し、ドルフの喉元に、剣を添えた。 「ぐ……完敗だ、友よ」 「やっぱ、お前強いよ。……槍も強くて剣も強いってのは、羨ましい」  健闘を讃えあう二人。  それは周囲には羨ましくも、城の未来を担う才能の萌芽に思えて嬉しいことだったが……。 「ライヴェン、次は俺とやろうや」 「師匠とですか? いいですよ」  ライヴェンは一つも呼吸を荒げていない。平素と変わらぬ様子で汗を拭うと、二試合目に挑んだ。  ……息が上がりつつあるドルフの拳は、きつく握り込まれたままだった。      〓  その日の夜──命眠季の五十日目。  書庫塔の警備は厳重だったが、フィノーラは前回の侵入で地形を把握できていたこともあり、棟内の警備三人を眠らせ、奥まったところの秘密書斎を探り当てていた。  青い光を放つ魔法ランタンに照らされているのは、一冊の魔本である。  革の装丁で、不気味な目玉の模様が描かれている。表紙に題名はないが、間違いない。この異質な魔法の力──。  これこそ、 「魔本……発見者(オプターギルセ)。これで、あいつを」  フィノーラは、その時、背後から迫る剣を音と気配、鉄の匂いだけで察知して屈んだ。髪が数本千切れとぶ。  顔布の結び目が解けて、素顔が顕になるが──構わない。どうせもうここを出る。  相手は老騎士だった。敬老精神を封じて、貫手を打つが、しかし相手は剣の間合いの内側に入られたと知るなりすぐさま柄を離す。  老騎士はフィノーラの鎖骨と肩の繋ぎ目に指を捩じ込むような打撃を繰り出した。 「ぐ──ァ、」 「女性……城主様の手前、多少の乱暴は許されよ」  しわがれた低い声には、申し訳なさ半分、賊である己への怒り半分が滲んでいた。  敵ながら良い騎士である。  フィノーラは膝頭に蹴りを打ち、その反動で後ろへ飛んだ。  ──が、老騎士は痛みを感じていないのか空中にある彼女の足を鷲掴みにし、そのまま凄まじい怪力で、黒檀のテーブルに叩きつける。  砕け散った木片を浴び、起きあがろうとした彼女の喉元に、老騎士が爪先で蹴り、拾い上げていた剣を向ける。 「続けるかね」  それは実質、──死刑宣告そのものであった。  フィノーラは舌を打つ。 (……失敗だ。くそっ)

初回投稿日時:2025年10月28日 0:32

最終更新日時:2025年10月28日 1:54

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  • アヌビス

    Lance

    ♡500pt 2025年10月29日 12時06分

     ライバルですね。師匠同士の仲もそうですが、互いに違う師匠に師事し芽生える友情というのが新しいですね。戦闘描写、お見事でした。そしてレビュー、いただいてありがとうございましたm(__)m

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    Lance

    2025年10月29日 12時06分

    アヌビス
  • ひよこ剣士

    夢河蕾舟

    2025年10月29日 12時42分

    やはり好敵手いてこそ! と思っていたので、農奴の出の主役と将来有望なライバルという対立構造を意識しました。師匠が違うのも、実は師匠同士にも縁がある──みたいな感じです。 いえいえ、喜んでいただけたなら幸いです!

    ※ 注意!この返信には
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    夢河蕾舟

    2025年10月29日 12時42分

    ひよこ剣士

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