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ブロムスト・サガ ─ 竜ヲ征スル者 ─

4 / 9

6分

ACT3 底を浚う者たち

 命眠季(めいみんき)の四十七日。  この節季の六十一日目をもって、エルヴァスティア大陸では一年の終わりとなる。  故に、年越しを祝う「年越祭(としこしまつり)」を控えたこの時期、フェスタース城塞都市を含め、各地の街、国では──それは、無論村々に至るまでが──祭りの準備に奔走していることだろう。  ライヴェンは綿入れのチュニックの上から毛皮のチョッキとモコモコのオオカミコートを着込み、マフラーを巻いている。  城下は雪化粧で白くおめかししており、道行く人々も、やはりいずれか毛皮のコートを着ていた。  一枚の毛皮を仕立てたコートの着用は一定の社会的地位の特権である。  だがそうでなければ、毛皮を着てもいいのだ。故に城下の平民はウサギやらキツネやらの毛皮を継ぎ接ぎしたそれを着込んでいる。  一枚仕立てでさえなければ良いのだから、一頭からなる熊の毛皮をまだら状にしたおしゃれなコートだって着ている。 「よぉライヴェン! この悪たれ坊主!」 「んだよ」  声をかけてきたのは、パン屋のオヤジだ。ロイツェという男で、城下の愛されオヤジでもある。  ツルッとした頭を光らせているのは昔からで、子供の頃は髪剃りをさせてくれたものだ。そう言う小さな手伝いで小銭を稼ぐ子供は多い。自分も髪剃りや髭剃り、靴磨きなんかでどうにか金を稼いでいた。  ロイツェはパン屋というには少々いかつい。  ライヴェンよりよっぽど腕っぷしが強そうな、隆々とした肉体のオーガ族である。 「おう、城の使いか?」 「いや、休みだからさ。ちょうどよかった。聞きてえことあんだ」 「気になる女でもできたか」 「違うはっ倒すぞ。……錆びた蹄鉄亭って店はどこ?」 「あぁ、二番通りの方だぞ。一本そこの路地抜けて、一番通りに抜けた後噴水広場に出るんだ。  んで、二番通り側の噴水広場に行きゃああとはわかる」  ロイツェはそう言って、紙に包んだパンを渡してきた。 「ほら、もってけ」 「ありがとう」 「将来の騎士様にゴマすっとかねえとな!」  ライヴェンは微笑んで、教えられた路地を通った。  パンは、簡素なハムサンドだった。食べながら歩く。騎士になる男が食べ歩きなど──と思わないでもないが、この時期はだんだん無礼講が許される時期であるから、まあいいだろう。  ライヴェンは、ストリート育ちである。  そしてストリート・チルドレンにも縄張りというものがある。そこでは一定の秩序が築かれ、他の縄張りを侵害せぬように、という規律が存在した。  故にこの八番通りを縄張りにしていたライヴェンは、ストリートの二つ向こうを知らない。  それは城勤めになってからもだった。  というか、城に勤め始めると仕事に修行に夢中で、休みでも、月に一日城下で過ごすかどうかというくらいであった。  さて──二番通りに出る。  このフェスタースは、城を中心に八つのメインストリートを放射線状に伸ばしており、それぞれに一つずつ噴水広場を設けていた。  これは都市を敵勢に包囲された際の水源であり、飲水だ。あるいは、火災が起きた際の消火水でもある。  六年前──ユゴリア侵攻最後の大攻勢時にはこのフェスタースもユゴリア軍の攻撃を受け、実に六か月に渡る籠城戦になった。  幸い援軍が間に合い最悪の事態は免れたものの、食糧はギリギリまで減ってしまい、城兵も神経を張り詰めた反動で衰弱死する者が多数出た。  また、威嚇のように打ち込まれる投石やなんかで、不幸な戦死者も──出た。  あのような悲劇はあってはならない。  ライヴェンはそう思っている。そして、それを防ぐには騎士になるのが手っ取り早いと思ったのだ。  当時自分はノルトの小姓で、すでに出世の道を開く幸運を掴んでいたが、もともとは農奴の出である。  それが、戦時という異常事態に乗じて壁の中に逆疎開してきただけだ。  都市の空気は人を自由にする──というのはエルヴァスティアの有名なことわざだが、自由になったところで、ライヴェンの人生は暮らしも先行きも糞溜めのど底辺だった。   ──おい、城で俺の雑用をしないか。靴磨きよりゃあ美味い飯食えるぞ。  ノルトが示してくれた。  のし上がる方法を、そのための道筋を。  城下の屑浚いの鼠のような一生で終わらない、その生き様を。  ──お前、剣には興味ないのか? やってみろ。  ──筋がいい。まァ、そこらのボンボンたァ育ちが違わあな。  歩いていると、看板が見えた。二番通りの噴水広場に面した酒場だった。  城塞都市という立地条件から、街は非常に入り組んでいる。目抜通りも一直線ではなく複雑なカーブがあり、防衛側が曲がった先で待ち構えられるような工夫が多い。  籠城戦に備えた兵糧──それを得るため周囲の山に狩りに出るレンジャーも多いため、武具加工の工房、食肉加工店、毛皮の加工屋もある。  酒場は朝から盛況らしい。それは、漏れ聞こえてくる喧騒から明らかだった。  字が読めない者への配慮だろう。錆びた蹄鉄を(えが)いてる看板と、酒を出す店である証であるエールポールがかかっている。  己は座学を受けているので読み書き計算は一通りできるが、やはり遠目に見て何かわかるものがあるというのは、ありがたい。  酒場に入ると、ぶわりと、酒とタバコのにおいが襲いかかってきた。  慣れていなければこれだけでやられる。  店内は、外が雪曇りというのもあり薄暗く、虫籠窓から入る光は限定的だ。  灯されたランタンの灯りと、酒場中央の石組みの台座の中で赫赫と灯る焚き火の光が、店内を優しく包む。  肉の焼ける脂の匂いと、人々の体臭とが入り混じって独特な空気を漂わせていた。  飛び交っている言葉は北エルヴァスティアで主流のエルゴン語と低ロディム語、そしてユゴリア語。  ここロジェール公国ではその三つの言語が入り混じる。  三カ国の言語全てを完璧に話せる話者は限られるが、三つの言葉が混ざり合った、独特な「ロジェール語」ともいうべき言語で会話することがおおく、それぞれ異なる言語の話者が──例えば低ロディム語話者がユゴリア語話者と──普通に話していたりする。  南を大ユゴリア帝国、北をヨールデン王国、東をエルドール王国に接する複雑な立地であるが故の特徴である。  ついぞ他の地域では滅多に見ない、奇妙な言語感覚の国だった。  あの獣人盗賊は低ロディム語話者だったように思う。けれど、ノルトゥーラ王国地域特有のノルド訛りもあり、多分この大陸に多いバイリンガルだろうと思われた。  ライヴェンは周囲に視線を走らせた。相手が指定した酒場である。けれどあの獣人はいない。  今日はたまたまいないだけかもしれないが、だとしても、何も飲まずに帰るのは騎士としていかがなものか──まだ、叙任は受けてはいないが。  隅の席に陣取り、ライヴェンは給仕に声をかける。 「ホットミードと……モツ煮込みはあるかな」 「あるわ。今朝、レンジャーがキジを数羽売りに来たの」 「じゃあ、そいつも頼む」  じゃらりとコインを握らせて、ライヴェンは酒と料理が来るのを待った。  店内ではがやがやと喧騒が激しく入り乱れ、時々怒鳴り声もするが、喧嘩になれば店に──正確には組合に──雇われた用心棒が剣を抜くため、皆最後の一線は超えない。  超えるとしても、それは店の外でのことだ。そうなればもう店主も用心棒も関知しない。  木のゴブレットに注がれたホットミードと、同じく、木の器に盛られたキジのモツ煮込みが運ばれてきた。  ライヴェンは星の女神ステラミラへの祈りを示す五芒星を切ってから、匙で煮込みを搔き込む。 「よぉ、やっぱり来たな」 「……悪趣味だな。気配を消しやがって」  音もなく隣に座り、人が頼んだホットミードを呷ったのは森猫族の女。白い地毛に黒い差し色の毛。美しく気品があり、とても盗賊には見えない。  事実今はどこにでもいる市民の装いであり、口調こそ男まさりだが、傍目には良家の子女のようにも思える。  彼女はあの夜邂逅した、盗賊で相違なかった。

初回投稿日時:2025年10月26日 18:02

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  • アヌビス

    Lance

    ♡500pt 2025年10月27日 12時03分

     都市や国の背景が出て来ましたね。物語も淡々としながら、余さず必要なことを記されていたり、時刻などのオリジナルの設定が、ハイファンタジーというジャンルの熱意を感じます。人との触れ合い(主にパン屋の親父)、ちょっとした生い立ちに魅力を感じました。

    ※ 注意!このコメントには
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    Lance

    2025年10月27日 12時03分

    アヌビス
  • ひよこ剣士

    夢河蕾舟

    2025年10月27日 13時47分

    ド直球王道物で、物凄く奇抜な内容ではないのであえて日常の延長にあるものを丁寧に描こう、と思っていました。そうした部分に細やかに気づいていただけてとても嬉しいです!

    ※ 注意!この返信には
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    夢河蕾舟

    2025年10月27日 13時47分

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