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ブロムスト・サガ ─ 竜ヲ征スル者 ─

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8分

ACT2 闇間の邂逅

 ライヴェンに騎士の素質を見出し、己の弟子とした男──ノルベルト・イェルシェルド・ヴァディグは、一言で言えば「ちょっとワルなあんちゃん」である。  決して強盗騎士ではない。決闘(フェーデ)の制度を悪用し、弱者から金品を巻き上げる真似は良しとしない。そこももちろん、貧民に施し、女性と子供を保護し、悪に決然と立ち向かう騎士である。  けれど彼はどこかだらりとしていて、覇気がない。  エルフ族の、女と見紛う美貌に黄金を糸にしたような髪。千金役者も裸足で逃げ出す見てくれで、その騎士道精神──しかし常に気を張りつめた武人というわけでもなかった。  今日も西の郭の小塔前で、見回り組に指示を出している間、ゆったりとタバコ草を葉に巻いているし、禁じられているわけではないものの、明らかに不必要なくらいのエールを用意させている。 「おし、じゃあ見回りな。俺ァ小塔(パルティザン)の中で睨み効かせてるから、お前らは郭を回ってくれ。間違ってもメイドに手ェ出すな。声かけられたら俺を呼ぶんだ。うん?」  こんなことを平然と言う。  女たらし、などと言われても仕方ないとライヴェンは思っていた。  だがノルベルトは、その妙な愛嬌と兄貴分な振る舞いから、年下から──男女の別なく──慕われるカリスマも持ち合わせていた。  ノルベルト──周囲には、ノルトと呼ばせている──は体力・気力ともに満ち満ちている年頃。けれど、エルフであるから実年齢は若々しい見た目に反し、七十一歳である。 「オレイド、ヴォードは南の庭園。チャールズ、デイヴは西郭門前の警護。ライヴェン、お前は書庫だ」 「「はい!!」」  弓を握らせれば、百五十アーム先のプラムさえ射抜くほどの達人でもある。  ちなみに一アームとは成人男性の腕一本分ほどの長さであり、百五十アーム先のプラムを射抜くと言うのは、ほとんど曲芸──できたところで十人が十人「偶然だろう」と言うような技能である。 「よし、散れ」  見回り組は三々五々散っていき、見回りの任務に移る。  ライヴェンは、師匠が──ノルトがその闇をも睨む目を持つゆえに、小塔での監視任務に就くことを知っている。  決して楽をしたいわけではない。 「師匠、今夜は冷えます。気をつけて」 「うん? ああ、暖炉があるから平気。お前らこそ気ぃつけろ。大ネズミくらいなら出るかもわからんぜ」  ライヴェンは頷いて、担当の地区へ歩き出す。  西の中庭(ウエスト・ベイリー)の端にある書庫棟。矩形の石造りで、城の歴史を編纂した書物から、魔法史、剣術史、兵学書やら医学書、生物・植物学──などなどの、様々な学術書を揃える。  中には大層な価値がある魔導書も然り、このフェスタース城の知識を結集した大切な場所であった。 「それを俺一人で守れってか」ライヴェンはため息をつく。「師匠も無体だよなァ」  左手にランタンを持ち、右手には手槍。腰には幅広の剣。  それにしても寒い。時期は命眠季(めいみんき)──命が眠り、幻冬に備える冬。その、四十二日目。  キルティングしている布鎧を用いるのは、なにも鎧のクッション材としてだけではなく、防寒着の側面もあった。  北国の鎧は金属よりも布と毛皮が重宝され、ライヴェンも、布鎧の上から革の鎧と、毛皮のコート、マフラーを身につけている。毛皮で内張したフードは温かく、それは、オオカミの毛皮を用いていた。  狼神人間(ヴァールヴ)であるドルフは「おい、いつ俺の首を刎ねたんだ?」と冗談を言っていたが、彼もまた同じくオオカミの毛皮コートを着ていた。  この国ではオオカミは捕食者であると同時に、勇者であり、自然の恐ろしさを物語る使者でもある。  ロジェールの土地に住まう民は古くオオカミを恐れ、敬い、そして挑み狩ってきた。  ライヴェン自身は、山岳地に適応した人間種族である薪束族(ファゴット)で、寒さには強い方だ。  それでも、凍える。寒さに弱い種族なんかは、この地では生きられない──そう言われているし、実際、その姿は見ない。  冷える──ライヴェンは、体を温めようとスパイス入りのエールを入れてある皮袋を掴んだ。  麦を発酵させたエールは、子供でも飲む常用飲料(ドリンク)である。酒場で出るビールと呼ばれる類の、きついアルコールのそれとは違い、粕酒に近い。  南の方で栽培される「ライス」というものを使った酒に、ライス酒(サムライリキュール)というのがあるが、その製造工程で出る酒粕を使ったものを粕酒というのだ。  甘酒とも呼ばれ、その味は、エールに近い。  アルコールも弱いから、バカ飲みしなければ泥酔もしない。体を温めるためにちびりと飲むくらいにはまるで咎められないのだ。 「……すっぺ」  基本的に酒は出来立てが美味い。  時間が経つと、酸っぱくなる。城下のエールワイフの腕が悪いのではない。そういうものなのだ。  と──。  書庫から、何やら物音がした。  チヂッ──ヂィッ。 「大ネズミ……?」  書庫内は、機密の書類もある。  故に従騎士以上のものでなければ警備に充てられず、並の兵では入れない。 「くそ、本を齧られたら折檻じゃ済まない!」  ライヴェンは室内では役に立たない手槍を置き、中へ入った。狭い室内で、いくら柄を切り詰めていても、槍は振り回しにくい。  ランタンも置いていく。万が一火事になったら、それこそ縛首の晒し者だ。ノルトの面目だって丸潰れである。  闇に目を慣らし、それから取り回しの良いナイフを抜いた。鉄の匂いが、じわりと滲む。 「……血、か?」  鉄に似ている、けれど生臭い、血のにおい。それが、書庫に染みているのだ。  大ネズミが他の魔物と争ったか? いや、そんな大きな音はしていない。  誰かいるのか?  ライヴェンは、眉をひそめて。一歩進み、その時である。  しゅるりと伸びてきた縄が、ライヴェンの足首を掴んだ。 「!」  咄嗟にナイフで縄を打つが、頑丈に編まれた麻縄はその程度では断ち切れない。まして、数打ちの鉄製ナイフでは無理がある。  体がズルズル引きずられる。 「くそっ」  何度も縄を打つと、ようやくほつれる。  従騎士の剣やナイフなんて本物の鋼ではないし、魔物の素材から作ったワンオフでもない。  安っちい、浸炭焼き入れに過ぎない「なんちゃって鋼」なのだ。  鉄の精錬中にたまたまできる、奇跡の鋼を、雑兵上がりが使えるはずもない──。  ようやく縄が切れた。  ライヴェンは跳ね起きると、出入り口を睨んだ。足止めしてくる以上、罠を仕掛けた誰かはどこかから逃げると思ったのだ。  しかし。 「動くな」  背後から口を塞がれた。 「抵抗すればわかるな」  体をぐっと前へ丸めるように首を絞めてくる。  素人だとつい後ろにそっくり返って喉を引き上げがちだが、実際は、前へ抱きすくめるように絞めた方が頸動脈が圧迫されるし、抵抗も許さずに済む。  相手は脇に腕を差し込んでこちらの抵抗を防ぎ、確実に、落とそうとしている。  このことから、  ──プロの暗殺者。  そう、察せられた。 「心配しなくていい。城兵を殺す気はない」 「……むぐ……」 「大声を出さないなら離してやる。どうする?」  ライヴェンは、何度か小さく頷いた。 「よし」  手が離され、ライヴェンは、約束を違わず静かに数歩下がった。 「……昼間の、森猫の獣人(フォレスティキャット)?」 「うん。……やっぱりお前か。気づくよな、そりゃあ」  中性的な声で、体は闇に乗じるような黒装束。なんとなく、遠い東の果ての、極東の(イーストエンド・)黄金郷(ジパング)のニンジャを彷彿させる。 「盗賊か? ニンジャ? それとも、城主様を……」 「どちらかというと盗賊だな」ケモケモふわふわの獣人は、顔を覆った布の合間から覗く目で周囲を睨み、「ニンジャでも殺し屋でもない。本を盗ろうと思った」そう言った。 「……よしてくれ。俺が困る」 「変わりもんだ、お前は」盗賊は言う。ニンジャではないらしく、それが少し残念だった。  ライヴェンはナイフを収める。 「何も盗らずに帰るなら見逃す」 「そうか? じゃあ、そうさせてもらおう。……お前、騎士か?」 「見習いだ」 「ふぅん。……空いている日があるなら下町の、錆びた蹄鉄亭って店に来い。お前とは少し話してみたい。年内で頼む」 「懐柔なんかされねえぞ」 「そうかもな。お前は変わり者だから、ここを出る前に、喋っておきたいのさ」  なんだ、この盗賊は。お前の方がよっぽど変わり者だろうが。  ライヴェンはそう思った。 「おいライヴェン! 侵入者か!? どうした!」 「あ──師匠、物音がしたんです! すぐ戻ります!」  ライヴェンは、手を払った。「いけ、さっさと」 「じゃ、お言葉に甘えて」    盗賊は素早く本棚の出っ張りを掴んで、蹴り上げ、駆け上がるとそのまま屋根裏に上がり、去っていった。  屋根裏のどこかに侵入ルートがあると見える。煙突か、改修工事中の櫓か──。 「おい、みだりに書庫にはい──っと、おいおい、大ネズミか」 「ああ。……えっと、すみません師匠。罰は如何様にも」  入ってきた師匠──ノルトは、大ネズミを睨んで……。 「お前がやったんじゃないな。切り口が、鋭利すぎる。相当な業物でスパッと、しかも確実に急所を斬り捨てている」 「…………」 「誰かいたんだな?」 「俺が来た時には、もう逃げられていました。罠を仕掛けられて、それで」  ノルトは切られた縄を、その類稀な夜目で見つめる。 「周到だな。無事で何より──とはいえ、罰せねばならん。規律は乱しちゃいかん。わかるか?」 「はい」 「よし。お前にはクソ寒い小塔の屋上で、見張り番をやってもらおうか。うん?」  それは──普通に、見張りの仕事では?  そうは言わなかった。師匠の機転を、無碍にはできない。 「謹んでお受けいたします」 「よろしい、俺は軽く書庫を回る、先に行っててくれ」 「わかりました」  ライヴェンは密かに、ノルトに感謝の意を抱いた。

初回投稿日時:2025年10月26日 14:43

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  • アヌビス

    Lance

    ♡500pt 2025年10月26日 16時41分

     続きも凄い。凄いとしか言えない。寒そうな雰囲気が伝わってきますし、硬筆な描写から情景が見えてきます。あらすじでの女盗賊がこの書庫に侵入した人物ですね。こういうの書ければなぁと思ってました。素晴らしい努力と才能です。

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    Lance

    2025年10月26日 16時41分

    アヌビス
  • ひよこ剣士

    夢河蕾舟

    2025年10月26日 16時44分

    世界地図とか出せたらよかったのですが、実はデジタルに起こせてないという体たらく。立地的には、北欧のようなイメージですね。この盗賊がきっかけとなる人物となります。ありがとうございます、もっと頑張ります!

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    夢河蕾舟

    2025年10月26日 16時44分

    ひよこ剣士

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