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ブロムスト・サガ ─ 竜ヲ征スル者 ─

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6分

Chapter1 ガラの悪い人たち

ACT1 木槍と好敵手

 誰もが騎士になると言った彼を笑ったそうだ。  できっこないと、笑ったそうだ。  私は彼が騎士になったことで救われた。  彼の中にある、力強く光を放つ心に──私たちは惹かれたのかもしれない。  竜も、彼の師も、私も。多くの仲間も。  そんな彼と共に在ることを選んだ。  長い旅路となることを、私は薄々察していた。  私の名はフィノーラ・ノヴェルド。  ある冬の夜に城に忍び込み、捕えられ、彼に命を救われた盗賊。  彼の右腕として、懐刀として生涯を送る女の名前だ。 ACT1 木槍と好敵手の挿絵1  木槍を手にした若者が二人、睨み合っている。  身に纏うのは簡素な布鎧一枚。綿入れ(キルト)した、保温性と鎧を着用する際のクッション材にもなる、兵士の基礎装備の一つ。  木槍。たかが木。されど木といえど、打ちどころ次第では相手は死ぬ。実際、毎年訓練だけでも死者が出るのが通例だ。  ライヴェン・ドラヴェルド・ブロムハルトは低く喉を鳴らし、槍を下段に構える。足を払い、姿勢を崩した相手に致命打を叩き込み命を穿つ攻撃的な構え。  相手の、同い年の男は中段の構え。突くなり払うなりすれば、腹を打ち、抉り刺すような痛みを伴わせる。そして攻撃を防ぐにも、都合がいい。攻防一体、堅実な構えである。  立会人が「始めェい!」と怒鳴ると、相手の若者が怪気炎を上げるように踏み込み、奇声めいた裂帛の気合いと共に突きを放つ。  ライヴェンはそれを右に体を開いてかわし、右手で槍を体側に弾きつつ、左手は外に押し出した。  すなわち、体側右に構えた槍を、さらに右へ打ち払ったのである。 「ソェアッ!」こちらも気合を声に乗せ、気魄(きはく)で相手を打つ。  パァン、と相手の右膝蓋を打った。苦鳴が上がって、相手はしかし槍を引き戻すとすかさずライヴェンに刺突を繰り出してくる。  早い──紙一重、脇腹を抉る穂先。木槍は綿と布で丸く包んでこそいるが、体力横溢な若者が突けばそれだけで必殺。  布鎧が破れ、中のキルト材が散り散り舞う。 「はっ……はっ……」  危なかった、あんな一撃が脇腹に当たっていれば三日はまともに動けなかったんじゃないのか? あの男の必殺の突きが、痛いでは済まないことを知っている。  ライヴェンは渦巻きかけた思考をかなぐり捨て、逸ることも驕ることも努めて捨て、低く槍を構え直す。  睨み合いが続いた。  気づけば周囲の修練生も試合を見ている。 「ノルベルト卿と、ゴルドール卿の従騎士の試合か」 「けっ、騎士様に取り立てられたんだろ。雑兵の身分から」 「持ってるやつってのは違うのさ」  言っていろ、負け犬めが。  それは、ライヴェンの意見でもあったし、対戦相手の──ドルフ・オクト・アーヴィングの意見でもあった。  見ているだけで何もせず諦めて逃げたお前らに──この試合を邪魔される謂れはねえ。  両者の睨み合い。しかしそれは、打ち合いよりはるかに消耗する。  迂闊に動けない。互いに(せん)を取り合っている。  先んじたのは、ライヴェン。  穂先が相手の喉を──掠めた。ドルフは右へ首を傾けて皮一枚で回避。そして、ライヴェンの脾腹に、ドッ……! と、槍を突き入れた。 「がひゅっ──」  思わず槍を手放して、頽れる。 「げぇっ、げふっ……」 (吐きそうだ……くそっ)  ライヴェンは痛みに蹲った。が、決して泣くことも、泣き言を言うこともしなかった。  ドルフは槍を拾って「磨いて片付けておけ」と周囲に言うと、一睨みで何やら言いかけた衆人環視を散らして、ライヴェンに肩を貸す。 「大丈夫か?」 「……しばらく、飯が喉を通りそうにない」 「オートミールなら流し込めるだろ? それか、粥酒なら」  ライヴェンは観念したように笑う。 「これで二十六敗、五引き分けか。……俺の先をいくな、お前」 「先をいくってのも楽じゃあねえさ。俺の失脚を待ち望む阿呆からすりゃあ、俺の負けを祈りこそすれ、応援なんざ、しちゃもらえない」  ドルフはライヴェンに肩を貸した。狼神人間(ヴァールヴ)族──そう呼ばれる、古流人狼系種族であるドルフは、強くて当たり前。  けれども「強くて当たり前」──《《そういう相手なら、負けても仕方ない》》……そんな負け犬のロジック、ライヴェンは認めない。  自分より他人が強いことなんか、知っている。だから、鍛錬するのだ──。  それを、あの連中は。 「なんであいつらは人の足を引っ張ることしか考えねえ」 「それがヒトってもんだろ。おいそれより、お前、今日は夜警だっけか」 「ああ。師匠と、西の郭を」 「俺はァ東だ。嫌だねえ、真夜中の城って怖いんだよなぁ。人よりも霊魂怨霊って奴らのが俺は怖いよ」  ドルフはお化けが大の苦手であった。 「そうか? まあ、魔物の中にはファントムとかレイスとかってのもいるが……」 「やめろ想像させんな」  二人はどちらともなく笑い合った。  試合が終われば、年相応の十六歳の若者である。 「掃除は俺がするから、お前はそこで休んでろ。貸し一つな」 「ああ。いつか埋め合わせるよ」  ライヴェンはそう言って、軽く手を振った。      〓  西の大国・大ユゴリア帝国が侵攻を開始した。  ユゴリア侵攻と呼ばれるこの戦争は十八年もの間続き、大きな戦と小康状態を何度か繰り返したのち、曖昧な勝敗を大量の屍と共に戦場に刻んで、全て有耶無耶なまま終わった。  それから四年。  戦の記憶は人々に新しく、己が暮らす土地を守ろうとする壮健な若者は、軍門を叩いて領主の軍に加わらんとした。  無論そこには、名誉を求める者もあり、温かい食事を欲するもの、あるいは純粋に己がどこまで武に愛されているかを知るために──そうした者もいた。  ナラを削り出して作られた木槍を手に、若い男女が掛け声をあげ、突き、払い、叩き合う。  北エルヴァスティアの玄関口である小国ロジェール公国。フェスタース騎士城伯が治むるは、城塞都市・フェテス。  交通の要衝であり、軍事的な防衛拠点でもあるここは、常に優秀な人材を喉から手を出すほど欲している。  各地から集まった若く健康な、種族を問わぬ男女はいずれも雑兵もしくは小姓(ペイジ)から始まり、そこでさまざまなことを習う。  槍術。剣術。弓術。徒手格闘。雑兵で留まりたくない、出世を目指すものは、加えて複雑な生存技能──それに伴う植生学、生物学を学ぶ。  さらに騎士を目指すのであれば多少なりとも話術がなければ意味もなく、礼儀作法は言うに及ばず。  鎧や武器の手入れ、簡単なものだが多少の修理技能として必須である鍛造術に至るまで、それは騎士になるには必須の科目である。  大抵は、最初の半年で根を上げて逃げ帰る。雑兵と小姓はまず、訓練と、その上で城での雑務をこなすのだ。  その大抵は重い荷運び、辛い水仕事。先輩からは扱き上げられ、顎で使われ、時には殴り蹴られる。  その理不尽に耐え忍び、やがて彼らは一端の軍兵として、見込みがあるものは騎士に直接取り立てられて従騎士(エスクワイア)となる。  ライヴェン・ドラヴェルド・ブロムハルトもその一人。  騎士叙任寸前のエスクワイアには、前祝いとして「騎士卿としての名(サー・ネーム)」が与えられる。  この場合、ドラヴェルドというのがそれにあたった。  意味は「竜の剣(ドラッゲ・スヴェルド)」。大層な名前だ。名付けたのは師匠のノルベルト。  すぐに訓練に復帰したライヴェンは、槍を振るい、ひたすらに愚直に、飽きもせず同じ動きを繰り返す。  基礎基本ができなければ、応用もクソもない。  そうして昼休み十分前に、教官が「よろしい! では片付けをして昼休みに入れ! 夜警に出るものは仮眠を取るように!」と命じた。  ライヴェンは木槍の手入れを丁寧に行い、訓練場の掃除を終えると、兵舎に向かった。  飯を食って寝るのだ。夜警はただ見回るだけではない──色々、面倒臭いものだ。  ふと。  視界の影に、獣の尾が見えた気がした──けれどそれは次の瞬間には消えていた。 (ベイリー(アニモー・ドゥ)の家畜(・バスクール)?)  中庭(ベイリー)には家畜用の動物が飼われている。それを、アニモー・ドゥ・バスクールという。  その世話もまた下っ端の仕事だ。  今の尻尾の感じは猫だった。鼠取りの猫が横切ったのだろう。  ライヴェンはそう思って、するりと踵を返すのだった。

初回投稿日時:2025年10月26日 10:04

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  • 女魔法使い

    Red cup@ポイント枯渇なう

    ♡1,000pt 〇50pt 2025年10月28日 6時53分

    すごいですね。描写の一つ一つが重たい。硬派な感じのファンタジーっていう雰囲気がひしひしと伝わってきて、内容をちゃんと自分の中に落とし込めるようにと、じっくり噛み締めて読まさせてもらいました。とてもかっこよい文章に敬礼!

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    Red cup@ポイント枯渇なう

    2025年10月28日 6時53分

    女魔法使い
  • ひよこ剣士

    夢河蕾舟

    2025年10月28日 13時36分

    ご感想ありがとうございます。そうですね、ライトノベルというよりは(比較的ライトな方ではありますが)文芸的な表現を心がけています。 ちょっとカロリー重めな文体で人は選びますが、楽しんでいただけたら何よりです。

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    夢河蕾舟

    2025年10月28日 13時36分

    ひよこ剣士
  • アヌビス

    Lance

    ♡500pt 2025年10月26日 16時32分

     凄い作品を拝読させていただきました。私もここまで書けるような物書きになりたいです。模擬戦の様子も自然で迫力があり、硬筆な筆跡が、しっかりと物語の描写を書き表しています。凄いです。

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    Lance

    2025年10月26日 16時32分

    アヌビス
  • ひよこ剣士

    夢河蕾舟

    2025年10月26日 16時42分

    ありがとうございます。そう言っていただけるだけでほんとうに報われます。直近で心が砕けるような経験をしたので、正直また投稿して討ち死にしたらと戦々恐々していました。本当に嬉しいです。

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    夢河蕾舟

    2025年10月26日 16時42分

    ひよこ剣士
  • 女魔法使い

    Red cup@ポイント枯渇なう

    ビビッと ♡200pt 2025年10月28日 6時46分

    《立会人が「始めェい!」と怒鳴ると、相手の若者が怪気炎を上げるように踏み込み、奇声めいた裂帛の気合いと共に突きを放つ。》にビビッとしました!

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    Red cup@ポイント枯渇なう

    2025年10月28日 6時46分

    女魔法使い
  • ひよこ剣士

    夢河蕾舟

    2025年10月28日 13時36分

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    サンキューですよ

    夢河蕾舟

    2025年10月28日 13時36分

    ひよこ剣士
  • 旅人

    月夜

    ♡100pt 2025年10月29日 12時14分

    フィノーラさん良いキャラですね!

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    月夜

    2025年10月29日 12時14分

    旅人
  • ひよこ剣士

    夢河蕾舟

    2025年10月29日 12時43分

    彼女は重要なキャラクターですね🐈

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    夢河蕾舟

    2025年10月29日 12時43分

    ひよこ剣士
  • エルフの射手

    岩鷹

    ビビッと ♡100pt 2025年10月26日 10時16分

    《中庭(ベイリー)には家畜用の動物が飼われている。それを、アニモー・ドゥ・バスクールという。》にビビッとしました!

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    岩鷹

    2025年10月26日 10時16分

    エルフの射手
  • ひよこ剣士

    夢河蕾舟

    2025年10月26日 10時34分

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    サンキューですよ

    夢河蕾舟

    2025年10月26日 10時34分

    ひよこ剣士

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