待望の命に10月25日、アオと愛称がついた。広島市安佐動物公園で育つマルミミゾウの赤ちゃん。国内での飼育は同園だけで、繁殖の成功は初の快挙だった。計画開始から10年余り。幾つもの巡り合わせに恵まれた結果でもあった。
「種の保存は動物園の大きな役割。挑戦できるならやろうと」。阿部勝彦園長(59)は計画が始まった当時の状況を説明する。母となるメイは2001年、推定2歳で西アフリカからやって来た。当初はサバンナゾウとみられていたが、10歳ごろ希少なマルミミゾウと判明。13年、雌雄のマルミミゾウがいた秋吉台サファリランド(美祢市)で雌が急死したのを機に計画が動き出した。貸し出し契約を結び、22年に父となるダイが来園した。
2頭は幼い頃に親から離れ、集団生活を十分に経験していないとみられるため、交尾や出産を知らない懸念があった。それでもメイを来園時から担当する飼育員の佐々木直行さん(52)は攻撃的ではない性格のダイとの相性の良さを感じ「このペアなら大丈夫」と思えたという。
3カ月おきに2、3日ある発情に合わせて同居させ、23年12月に初の交尾をし、その後、妊娠を確認した。阿部園長は「初打席でホームラン並みの快挙」と表現する。飼育員の緊張感はぐっと高まった。飼育下のゾウは難産や死産の報告がある。メイは出産時は推定26歳でゾウにしては高齢での初産でもあった。
母ゾウが七転八倒し、死産だった他の園の事例に立ち会った経験もある獣医師の野田亜矢子さん(51)は「動物園の繁殖ではトップクラスにハードルが高い」と指摘する。
文献なく手探り
園は飼育員と獣医師の10人でチームを結成。ゾウの妊娠期間は20~22カ月とされており、健診結果も踏まえ、メイの出産時期を8月下旬以降と見込んでいた。
だが予想に反し、8月5日午前4時55分、メイは誰もいない園で出産した。「喜びより、おるわーって驚き」。午前9時前に出勤し、赤ちゃんを目の当たりにした飼育員の栗原龍太さん(57)は混乱した状況を振り返る。
出産の痛みでパニックになって母ゾウが子ゾウを攻撃する懸念もある中、メイはアオをかいがいしく世話していた。当初アオは自力で母乳を飲めなかったが、チームが事前に準備した人工ミルクを飲ませることで命をつないだ。
園によると、飼育下でのマルミミゾウの出産に関する文献は海外も含め一件もなかった。出産前の母体の血液中のホルモンの値や行動記録、出産後の母乳の成分など全てが今後の繁殖に向けて貴重なデータとなる。
マルミミゾウは象牙狙いの密猟や生息地の減少などで絶滅の危機にある。阿部園長は「今回の成功には幾つもの奇跡があった。ゾウを見に来てどうすれば地球上から姿を消さなくて済むか、思いをはせてほしい」と期待する。