第51話:息をのむ美しさ

アシュレイは、目の前に立つ少女から目が離せなかった。

今まで彼女を覆っていた最後の紗が取り払われ、その下に隠されていた真の輝きが、白日の下に晒されている。その光はあまりにも強く、あまりにも清らかで、直視すれば目が眩みそうだった。


これを、他の男たちに見せるのか。

その考えが浮かんだ瞬間、アシュレイの腹の底から、黒く燃え上がるような激しい嫉妬が突き上げてきた。

駄目だ。見せてはならない。

この美しさは、自分だけのものだ。誰の目にも触れさせてはならない。

再び彼女に眼鏡をかけさせ、地味なドレスを着せ、城の奥深くに隠してしまいたい。そんな狂おしいほどの独占欲が、彼の理性を焼き尽くそうとしていた。


しかし、「本当のお前で生きろ」と言ったのは、自分自身だ。

その言葉が、今や自分自身を縛る最も甘い枷となっていた。

彼女が自分の殻を破り、こうして輝くことを望んだのは、他の誰でもない自分なのだ。


アシュレイは、内心で荒れ狂う激情を、氷の仮面の下に必死で押し殺した。そして、自分の動揺を隠すかのように、ぶっきらぼうに言った。

「……戻るぞ。訓練は終わりだ」

彼はリリアーナの返事を待たず、その手首を掴むと、練兵場を後にした。その歩き方は、どこか焦っているかのように速い。


城の廊下に出ると、すぐに異変が起きた。

巡回中の騎士たちが、アシュレイに敬礼しようとして、その隣にいるリリアーナの姿を見て、動きを止めた。

「……?」

彼らの視線は、リリアーナに釘付けになった。驚愕と、信じられないという困惑、そして、純粋な賞賛。様々な感情が入り混じった視線が、彼女に突き刺さる。

「あれは……リリアーナ様か?」

「嘘だろう……別人じゃないのか」

「なんて……美しい方だったんだ……」

ひそひそと交わされる囁き声が、リリアーナの耳にも届く。彼女は、そんな風に見られることに慣れていなかった。戸惑い、羞恥に顔を赤らめ、思わずアシュレイの背中に隠れるように身を縮こませた。


その瞬間、アシュレイの纏う空気が、絶対零度まで下がった。

彼はぴたりと足を止め、騎士たちを振り返る。その青い瞳は、もはや氷ではなく、触れるもの全てを切り裂く剃刀のような、鋭い殺気を放っていた。

騎士たちは、その視線を受けて、全身が凍りついたかのように硬直した。

アシュレイは何も言わなかった。しかし、その視線は雄弁に語っていた。

『何を見ている。その目を抉り抜かれたいか。失せろ』

騎士たちは、声にならない悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ去っていった。


「……!」

リリアーナは、彼の背中から、その凄まじい威圧感を感じ取っていた。自分に向けられる視線から、彼が守ってくれている。その事実は、彼女の心を温かくすると同時に、彼の独占欲の激しさに、少しだけ恐ろしさも感じさせた。


離宮に戻ると、侍女長のマーサが二人を出迎えた。

彼女もまた、リリアーナの姿を見て、一瞬、驚きに目を見開いた。しかし、その表情はすぐに、温かく、慈愛に満ちた微笑みへと変わった。

「まあ、リリアーナ様」

マーサは、リリアーナのそばに寄り、その手を優しく取った。

「ようやく、本当のお姿になられましたね。いいえ……本当の輝きを取り戻された、と言うべきでしょうか。とても、お美しいですわ」

その心からの賞賛の言葉に、リリアーナは戸惑いながらも、嬉しそうに頬を染めた。「ありがとうございます、マーサ様」と。


アシュレイは、その光景を苦々しい表情で見つめていた。

マーサにさえ、嫉妬している自分に気づき、内心で舌打ちする。

「彼女を部屋へ。休ませろ」

彼はそれだけを言い捨てると、リリアーナの返事も待たずに踵を返し、足早にその場を去っていった。その背中は、まるで何かから逃げているかのようだった。


自室に戻ったアシュレイは、一人、激しい感情の嵐に耐えていた。

窓に拳を叩きつけたい衝動を、必死で抑え込む。

リリアーナの、あの息をのむほどの美しさ。

それを、これから城中の男たちが目にすることになる。騎士たちが、大臣たちが、そして父である皇帝さえも。

その事実が、耐えがたいほどの苦痛だった。


誰にも渡さない。

誰の目にも触れさせたくない。

彼女は、俺のものだ。


その燃え上がるような独占欲は、もはや彼の心の中だけに留めておけるものではなくなっていた。

彼女を、名実ともに自分のものにする。

そのためには、どうすればいい。

癒やし手という曖 मरी立場では、あまりにも不安定だ。もっと確固たる、誰にも揺るがすことのできない絆。

皇太子妃。

いや、未来の皇后として、彼女を隣に立たせる。


アシュレイの青い瞳に、冷たく、そして揺るぎない決意の光が宿った。

そのためには、まず自分の呪いを完全に解く必要がある。そして、彼女が皇后となるにふさわしい功績と、盤石な地盤を築かなければならない。

氷の皇子の、怜悧な頭脳が高速で回転を始める。

それは、愛する女性を完全に手に入れるための、壮大で、そして冷徹な計画の始まりだった。

リリアーナを巡る運命は、今、彼自身の強い意志によって、新たな局面へと大きく舵を切ろうとしていた。

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