第114話 宇宙を蝕む脅威
「奴らの正体は一体何なんだ…!」
ゼノが吐き捨てるように言った。彼の視線は、メインスクリーンに映る無数の黒い構造物群に釘付けになっている。その数はもはや正確に数えることも難しいほどに増え、シーカーを取り囲むように包囲網を形成しつつあった。
その問いに答えたのは、帝都の科学技術院と回線を繋いでいた院長の立体映像だった。彼の顔は蒼白で、その目には科学者としての好奇心ではなく、純粋な恐怖の色が浮かんでいた。
「…おそらく、あれは…」
院長の声は、かすかに震えていた。
「古代の文献に、わずかに記述が残っている…。『星を喰らう者』、『虚無より来たりしもの』と。我々はそれを、単なる神話上のおとぎ話だと考えていた。だが…」
院長は、送られてくる観測データを信じられないものを見るような目で見つめていた。
「文献に記された特徴と、あまりにも酷似している。自己増殖する機械生命体。あらゆるエネルギーを吸収し、自らの糧とする。そして、エネルギーを吸い尽くされた星は、生命の存在しない死の星へと変わる…。その名は…」
彼は一度言葉を切り、そして絞り出すような声で、その災厄の名を告げた。
「『虚無(ヴォイド)』…と」
虚無(ヴォイド)。
その言葉がブリッジに響き渡った瞬間、クルーたちの間に戦慄が走った。
星を喰らう。宇宙を無に還す。それはもはや、ただの敵ではない。生命そのものの対極に位置する、絶対的な破壊の概念。自分たちは今、そんな神話級の災厄と対峙しているのだ。
「馬鹿な…! そんなものが、本当に存在するなど…!」
クルーの一人が、絶望の声を漏らす。
だが、彼らに感傷に浸っている時間は残されていなかった。
ヴォイドの群れは包囲網を完成させると、その動きをピタリと止めた。そして、その黒い結晶体のような体表が、一斉に不気味な光を放ち始めたのだ。
「敵性体、エネルギー反応、急上昇!」
アランが叫ぶ。
「攻撃が来ます!」
次の瞬間。
ヴォ oídoの群れから、無数の黒い光線が放たれた。それは帝国のビーム兵器のような指向性の高い光線ではなかった。まるで黒い墨を撒き散らしたかのように、空間そのものを黒く染め上げる、不定形のエネルギーの奔流だった。
「シールド、最大!」
ゼノが叫ぶ。
シーカーの船体が、青白い光の障壁に完全に覆われる。帝国の誇る最新鋭の多重構造エネルギーシールド。それは戦艦の主砲の直撃にすら耐えうる、絶対的な防御壁のはずだった。
黒いエネルギーの奔流が、シールドに着弾した。
だが、想像していたような衝撃音はなかった。
代わりに、ブリッジのクルーたちは、耳障りな不協和音を聞いた。
キィィィィィン…!
シールドが、黒いエネルギーに触れた部分から、まるで酸で溶かされるように霧散していく。
「なっ…!?」
シールド管制官が、信じられないといった声を上げた。
「シールドエネルギー、急速に低下! ダメです、吸収されています! 奴らの攻撃は、我々のシールドエネルギーを無効化し、自らの力へと変換する特殊な性質を持っています!」
その絶望的な報告に、ブリッジは凍りついた。
帝国の軍事技術の根幹を成すエネルギーシールドが、全く通用しない。それは、帝国軍の戦士たちが鎧を着けずに、剥き身で戦場に立つことを意味していた。
「回避運動! 取り舵いっぱい!」
ゼノが叫ぶが、もはや遅い。
シーカーは、全方位から放たれる黒いエネルギーの奔流に完全に捕らえられていた。
青白いシールドはみるみるうちにその輝きを失い、ガラスのように砕け散っていく。
ガッ…! ズズンッ!
ついに、黒いエネルギーの一部が、シーカーの船体装甲に直撃した。
船体が大きく揺れ、ブリッジのあちこちで火花が散る。
「第4船殻、融解!」
「船体各所にダメージ! エネルギーラインに異常発生!」
警報がけたたましく鳴り響き、赤色の非常灯がブリッジを不気味に照らし出す。
クルーたちは必死にコンソールを操作し、被害の拡大を食い止めようとするが、ヴォイドの攻撃は止まらない。
絶望的な状況。もはや、シーカーが撃沈されるのは時間の問題だった。
エリアーナは、激しく揺れる船内で必死に体を支えていた。その顔は恐怖で蒼白になっていたが、彼女の視線は隣に立つヤマトから離れなかった。
(ヤマト様…)
この絶望的な状況を覆せる者がいるとすれば、それは彼しかいない。クルーたちの誰もが、心のどこかでそう信じていた。
ヤマトは、その全ての光景を、静かに、しかし険しい表情で見つめていた。
彼の脳内では、地球の常識と知識がフル回転していた。
エネルギーを吸収する敵。
シールドが効かない。
ならば、どうする?
答えは、一つしかない。
エネルギーではないもので対抗する。
最も原始的で、最も単純な力。
――物理。
彼は、艦長席の肘掛けを強く握りしめた。
その指が、ミシリと音を立てて硬い金属に食い込んでいく。
彼の心は決まっていた。
だが、その決断は、この宇宙の常識ではあまりにも荒唐無稽で、狂気の沙汰としか思えないものだった。
「ゼノ」
ヤマトが、静かに、しかし有無を言わさぬ口調で言った。
「船外活動用のエアロックを、一つ開けてくれ」
「…は?」
ゼノは自分の耳を疑った。
「船長、何を仰るのですか! こんな状況で船外に出るなど、自殺行為ですぞ!」
「いいから、やれ」
ヤマトの言葉には、有無を言わさぬ力が込められていた。
ゼノは一瞬ためらったが、師の命令は絶対だった。彼は震える手で、エアロックの遠隔操作パネルを操作した。
「…第3エアロック、開きます」
ヤマトは、艦長席から静かに立ち上がった。
そして、隣で不安げに自分を見つめるエリアーナの頭を、一度だけ優しく撫でた。
「…大丈夫。ちょっとゴミ掃除してくるだけだから」
そのあまりにも場違いで、穏やかな言葉。
だが、エリアーナには分かった。
彼は、自分たち全員を守るために、たった一人で、あの神話級の災厄に立ち向かおうとしているのだ、と。
「ヤマト様…!」
ヤマトは彼女に力強い笑みを一つ見せると、ブリッジの扉へと向かった。
クルーたちは、呆然と、その小さな、しかし誰よりも大きな背中を見送ることしかできなかった。
彼が一体何をしようとしているのか、誰にも想像がつかなかった。
ただ、これから自分たちは再び神話の目撃者になるのだということだけを、漠然と予感していた。
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