第15話 禁忌の行使

アレンはオーク・ジェネラルとエルフの少女の間に、静かに立ちはだかった。武器も持たず、防具も身につけていない丸腰の姿。それはあまりにも無謀で、自殺行為にしか見えなかった。


「アレン!戻れ!死ぬ気か!」


バルトロの悲鳴に近い声が響く。他の村人たちも、アレンの行動が理解できず、ただ固唾を飲んで見守るしかなかった。


「グルア?」


オーク・ジェネラルは、目の前に現れたちっぽけな人間を訝しげに見下した。その目には明らかな侮蔑の色が浮かんでいる。こんな痩せた男一人、棍棒の一振りで肉塊に変えられる。そう言っているかのようだった。


だが、アレンは怯まなかった。彼の視線はオーク・ジェネラルではなく、その足元で肉塊と化したエルフの両親の亡骸に注がれていた。

彼はゆっくりとその場に膝をつくと、亡骸にそっと手を伸ばした。


その瞬間、オーク・ジェネラルは獲物をいたぶるかのように、巨大な棍棒を振り上げた。村人たちの間から、悲鳴が上がる。


しかし、棍棒が振り下ろされるよりも早く、アレンの体から凄まじい光が放たれた。


それは、これまで彼が使ってきた《ヒール》の緑色の光ではなかった。

夜明けの空を思わせる、どこまでも澄んだ蒼光。

その光は優しく、しかし抗うことのできない絶対的な力をもって、アレンを中心に広間全体を包み込んだ。


「な……んだ、この光は……!?」


村人たちは、そのあまりにも神々しい光景に目を奪われた。

オークたちも、その得体の知れない力の波動に怯んだのか、一斉に動きを止める。振り上げた棍棒をそのままに、オーク・ジェネラルが呆然とアレンを見下ろしていた。


蒼い光の中心で、アレンは静かに目を閉じていた。彼の意識は、今、世界の理そのものに干渉しようとしていた。


(戻ってこい)


彼は心の中で強く念じた。


(この子のもとへ、帰ってきてくれ!)


スキル【完全蘇生】を発動する。

アレンが触れているエルフの両親の亡骸に、蒼光が奔流となって注ぎ込まれた。

そして、奇跡が起こった。


砕け散っていた骨が、元の形へと組み上がっていく。引き裂かれた筋肉が、再生していく。失われた血液が、再び血管を満たしていく。それはまるで、壊れた人形を巻き戻すかのように、死の過程が逆再生されていく光景だった。

ほんの数十秒の間に、血と肉塊でしかなかった二つの亡骸は、完全に元のエルフの男女の姿を取り戻した。傷一つない、安らかに眠っているかのような姿に。


「う……そだろ……」


誰かが、かすれた声で呟いた。村の誰もが、目の前で起きていることが信じられなかった。


アレンはゆっくりと立ち上がると、今度は泣きじゃくるエルフの少女の肩に、優しく手を置いた。


「もう大丈夫だよ」


その声には、不思議な力が宿っていた。少女はびくりと体を震わせ、涙に濡れた顔を上げる。

そして、彼女は見た。

目の前で、安らかに横たわっていたはずの両親の指が、ぴくりと動くのを。

やがて、二人のエルフはゆっくりと瞼を開き、 bewildered した様子で体を起こした。


「……あれ?俺たちは……」

「あなた……!それに……!」


二人は互いの無事を確認し、そして目の前にいる愛娘の姿を認め、その名を呼んだ。


「リーナ……!」


「……お父、さん……?お母、さん……?」


リーナと呼ばれた少女の瞳が、信じられないものを見るように大きく見開かれる。

夢じゃない。幻でもない。さっきまで、自分の目の前で無残に殺されたはずの両親が、そこにいる。生きている。


「お父さーん!お母さーん!」


少女は堰を切ったように泣き叫びながら、両親の胸に飛び込んだ。三人は互いを強く抱きしめ合い、その奇跡的な再会を喜び合った。


その感動的な光景を、村人たちは呆然と見つめていた。

死者が、蘇った。

神話やおとぎ話でしか聞いたことのない、神の御業が、今、目の前で現実となったのだ。

そして、その奇跡を起こしたのが、つい先日までただの気弱な若者だと思っていた、アレンであるという事実に、彼らは言葉を失った。


「アレン……お前は、一体……」


バルトロが、畏敬の念を込めて呟く。

村人たちの視線が、一斉にアレンへと注がれた。それはもはや、ただの村人を見る目ではなかった。神の使いか、あるいは聖者そのものを見るかのような、畏れと信仰が入り混じった眼差しだった。


「グル……オオ……」


その時、我に返ったオーク・ジェネラルが、理解不能な現象への怒りと恐怖からか、再び棍棒を振り上げた。

しかし、その棍棒が振り下ろされることはなかった。


「――お前の相手は、俺だ」


冷たく、静かな声が響いた。

声の主は、アレンだった。

彼はゆっくりとオーク・ジェネラルの方へ向き直る。その瞳には、先程までの穏やかさはなく、絶対的な強者の持つ、冷徹な光が宿っていた。


彼の体から、再び蒼い光が立ち上る。だが、今度の光は先程のような優しいものではなかった。触れれば斬られそうなほど、鋭く、そして強大な力の波動を放っていた。


「奇跡の代償は、高くつくぞ」


アレンは右手を、オーク・ジェネラルに突き出した。

その瞬間、アレンの体に施されていた『神々の枷』が、また一つ、音を立てて砕け散った。

新たな力が、彼の魂に流れ込む。


『回復魔法の応用解釈により、新規スキル《オーバーヒール・ブースト》を習得しました』


脳内に響くシステムメッセージを無視し、アレンはただ、目の前の敵を見据えていた。

村を襲い、少女から両親を奪った、許されざる存在を。

禁忌を犯した彼の前には、もはや引き返す道はない。ならば、進むだけだ。大切なものを守るために、この力、振るうだけだ。

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