第24話 王都の動向

アステル村に「情報室」が設立されてからというもの、カイたちの状況は劇的に変化した。これまでは城壁の内側という閉ざされた世界で生きてきたが、今や彼らの目と耳は、王国の隅々にまで届くようになったのだ。

情報室の運用は、主にエルウィンが担当した。彼は、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように、来る日も来る日も情報室に籠もり、遠見の水晶から得られる膨大な情報を分析し、整理していった。


「カイ君、面白いことが分かったぞ」

ある日、エルウィンが興奮した様子でカイを情報室に呼びつけた。壁の巨大な水晶パネルには、見覚えのある壮麗な街並みが映し出されている。アークライト王国の王都だ。


「これは……王都か」

カイの胸に、ちくりと小さな痛みが走る。自分が追放された、忌まわしい記憶の場所。だが、感傷に浸っている場合ではなかった。

「何か分かったのか、エルウィン?」

「うむ。まず、我々を目の敵にしている代官ブランデルだが、どうやら彼は本格的に我々を潰すため、王都の有力者に接触を図っているようだ。おそらく、騎士団の出兵許可を取り付けるためだろう」

エルウィンの言葉に、カイは眉をひそめた。やはり、事態は面倒な方向へと進んでいる。


「だが、それよりも興味深いのは、王都そのものの動向だ。特に……君を追放した、勇者アレス一行の動きがな」

エルウィンが円卓のコンソールを操作すると、水晶パネルの映像が切り替わった。映し出されたのは、豪華絢爛な貴族の屋敷。その一室で、見覚えのある者たちがテーブルを囲んでいた。

勇者アレス、大魔術師レオナルド、そして剣聖ガウェイン。彼らは魔王討伐の功績を独占し、国王から貴族の爵位と広大な領地を与えられ、今や王国の政治に大きな影響力を持つ存在となっていた。


「相変わらず、偉そうだな……」

カイは、傲慢な態度でワイングラスを傾けるアレスの姿を見て、苦々しく呟いた。

水晶からは、彼らの会話も聞こえてくる。その内容は、カイにとって聞き捨てならないものだった。


『……それで、セリアの様子はどうだ?』

アレスが、不機GPT-3.5 Turbo

機嫌な声でレオナルドに尋ねている。

『相変わらずよ。あの日以来、塞ぎ込んで部屋に籠もりがち。治癒魔法の力も、日に日に弱まっているわ。まるで、女神の寵愛を失ってしまったみたいにね』

レオナルドが、扇子で口元を隠しながら答える。


その会話に、カイは息を飲んだ。

聖女セリア。かつての仲間。カイを追放する際、彼女は冷たい無表情を浮かべていた。だが、本当は心を痛めていたというのか。そして、彼女の力が弱まっている……?


エルウィンが、カイの心中を察したように解説を加える。

「聖女の力は、信仰心と精神の安定に大きく左右される。おそらく彼女は、君を追放したことへの罪悪感に苛まれ、精神のバランスを崩しているのだろう。その結果、聖なる力との繋がりが弱まっているに違いない」

「……」

カイは黙って、映像を見つめた。セリアの苦しみを知っても、同情する気にはなれなかった。彼女もまた、自分を見捨てた一人なのだから。だが、心のどこかで、わずかな引っ掛かりを感じていた。


会話は続く。今度は、剣聖ガウェインが重い口を開いた。

『アレス。やはり、カイを追放したのは間違いだったのではないか? 彼がいた頃、我々の装備は常に最高の状態に保たれ、疲労の回復も早かった。今思えば、彼の【錬成】スキルは、我々が気づかぬうちに、パーティー全体を強化していた……』

「黙れ、ガウェイン!」

アレスが、テーブルを叩いて激昂した。

「あの無能な雑用係が、我々の力に影響を与えていたなどと、あり得るものか! 我々は、我々自身の力で魔王を倒したのだ! あの男は、ただの荷物持ちに過ぎん!」


アレスの必死な自己弁護は、逆に彼がカイの能力の重要性に気づき始めていることを示唆していた。彼は、自分の判断が誤りだったことを認めたくないのだ。その歪んだプライドが、彼を苛んでいる。


「面白いな」とエルウィンが呟いた。「英雄たちは、内側から崩れ始めているようだ。君という、最も重要な土台を失ったことでな」

「……俺が、土台?」

「そうだとも。どんなに強力な剣も、手入れを怠れば錆びつき、いずれは折れる。どんなに屈強な戦士も、休息と栄養がなければ十全な力は発揮できない。君は、彼らにとって最も重要な『基盤』そのものだったのだ。彼らは、そのことに今更になって気づき始めた」


カイは、複雑な気持ちで映像を見つめていた。自分を蔑み、追放した者たちが、今になって自分の価値を認め始めている。それは、ささやかな復讐が果たされたようで、少しだけ胸がすく思いだった。しかし、それ以上に、彼らの愚かさに対する呆れが勝っていた。


「アレスは、カイを探させているようだ」

エルウィンが、さらに情報を引き出す。水晶には、アレスが密偵に指示を出している場面が映し出された。

『……いいか、どんな手を使っても、カイの居場所を突き止めろ。そして、奴を連れ戻すのだ。もし抵抗するようなら、力ずくでも構わん』


「連れ戻す、か。どの口が言うんだ」

カイは吐き捨てるように言った。

エルウィンは腕を組み、思案する。

「今のところ、彼らはまだ、我々の村と君を結びつけてはいないようだ。だが、時間の問題だろう。代官ブランデルが王都に働きかければ、いずれアレスの耳にもこの村の噂が入るはずだ」


そうなれば、アステル村は二つの敵と対峙することになる。私腹を肥やそうとする強欲な代官と、失われた力を取り戻そうとする傲慢な勇者。どちらも、厄介な相手であることに変わりはなかった。


「どうする、カイ君? 敵の内部は、我々が思うより脆いかもしれんぞ」

「……どうもしないさ」

カイは静かに首を振った。

「俺たちは、俺たちのやるべきことをやるだけだ。この村を守り、仲間たちと平穏に暮らす。そのために、必要な準備をする。それだけだよ」


復讐に心を燃やすことも、過去の栄光に固執することもない。カイの目は、ただひたすらに、目の前にある「今」と、これから築いていく「未来」だけを見据えていた。


「それが君らしい答えだな」

エルウィンは満足げに微笑んだ。


情報室の水晶パネルは、その後も王都の様々な人間模様を映し出していた。貴族たちの権力争い、民衆のささやかな暮らし、そして英雄たちの内なる葛藤。

それは、カイが捨てた世界であり、そして、これから否応なく関わらざるを得なくなる世界でもあった。


カイは、静かに情報室を後にした。

外に出ると、村はいつもと変わらない、穏やかな空気に満ちていた。ボルグの工房から響く槌音、畑で働くドワーフたちの声、そしてリリの元気な笑い声。

この光景を守る。

カイは、改めて心に誓った。どんな敵が来ようとも、この手で創り上げた楽園を、誰にも奪わせはしない、と。

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