第三十九話 高難度クエスト

「暁の剣」の活躍に刺激され、俺たちはさらに上を目指すことを決めた。

Cランクの依頼をいくつかこなし、資金と経験を貯めた俺たちは、ギルドの依頼掲示板の前で次なる目標を探していた。


「アッシュさん、これはどうでしょう」

ミリアが指さしたのは、掲示板の中でもひときaturationに古びた一枚の依頼書だった。

依頼主はギルド。内容は『迷いの森の踏破および地図の作成』。

報酬は破格だった。Bランク昇格も確実だろう。だが、その依頼書には不穏な朱書きが加えられている。


『挑戦者求む。ただし、直近三パーティが任務失敗。うち一パーティは未だ行方不明』


「迷いの森……」

俺はその名前を聞いたことがあった。

森に足を踏み入れた者は、例外なく方向感覚を失うという。磁石は狂い、魔法による探知も霧のような瘴気に阻まれる。来たはずの道は消え、同じ場所をぐるぐると回り続けるうちに、潜んでいる魔物の餌食になるか、精神を病んでしまう。

まさに、匙を投げられた高難度クエストだった。


「やめておいた方がいい」

近くで話を聞いていた別の冒険者が、忠告してくれた。

「あそこはヤバい。腕利きの斥候(スカウト)でも、半日で泣いて逃げ帰ってくる場所だ。タンクと支援術師だけで行っても、迷子になって終わりだぞ」


忠告はもっともだ。

だが、俺の心は妙に惹きつけられていた。

方向感覚を狂わせる森。それは、エルミナの元で培った俺の観察眼を試すのに、最高の舞台ではないか。


俺はミリアに向き直った。

「どうする?危険な任務になる」

ミリアは少しも迷わなかった。

「アッシュさんが行くなら、私も行きます。あなたが道を見失うなんて、思えませんから」

彼女の絶対的な信頼が、俺の背中を押した。


俺たちはその依頼書を剥がし、カウンターへ持っていく。

リーナさんは俺たちの顔を見て、深くため息をついた。

「あなたたちなら、あるいはとは思いますが……。本当に、気をつけてくださいね」


翌日、俺たちは迷いの森の入り口に立っていた。

一歩足を踏み入れると、空気が変わるのが分かった。湿っぽく、甘い香りがする奇妙な霧が立ち込めている。

背後を振り返ると、今通ってきたはずの道が、すでに霧の中に溶けて消えていた。

普通の人間なら、この時点でパニックに陥るだろう。


俺は目を閉じた。

視覚に頼るな。エルミナの教えが蘇る。

風の流れ、地面のわずかな傾斜、木々の葉が太陽を求める向き。変わらないものだけを信じろ。

俺が目を開けた時、その視界には霧に惑わされない、確かな道筋が見えていた。


「行こう、ミリア」


俺たちが森の奥へと進み始めた、その時だった。

霧の中から、複数の影がゆらりと姿を現した。それは魔物ではなかった。

虚ろな目をした、行方不明になったはずの冒険者たちだった。

彼らは生気のない動きで、ゆっくりとこちらに武器を向けた。

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