第51話 大手ギルドの横槍

アースドラゴン討伐という偉業は『アフターファイブ』の日常を劇的に変えた。

ギルドに顔を出せば、以前の好奇や畏怖の視線に今は羨望と嫉妬が混じる。カウンターには彼らを名指しした依頼書が山のように積まれていた。その中には貴族からの護衛依頼や、国家機関からの極秘調査など破格の報酬が約束されたものも少なくない。


「いやー、モテ期到来ってやつっスかね!」

リョウは分厚い依頼書の束を扇子のように広げ、ご満悦の表情だ。

「この『伯爵令嬢のペット探し』ってのどうよ! 俺の華麗な捜索術で、ついでにお嬢様のハートもゲットだぜ!」

「……お前はペットの餌にでもなればいい」

シオンが冷たく言い放つ。すっかり回復したリョウとシオンの軽口の応酬も、今やパーティーの日常風景だった。


しかし、健太はそんな喧騒には加わらず、依頼書の一枚一枚をまるで企業の決算報告書でも読むかのように厳しい目で精査していた。

「この依頼は政治的なリスクが高すぎる。こちらは費用対効果が悪い。……ダメですね。我々の実力と目的に見合う案件が、今のところ見当たらない」

彼は山積みの依頼書をあっさりと脇に押しやった。

「しばらくは、急いで依頼を受ける必要はありません。まずは今回の戦闘で消耗した資材を補充し、各自の装備をアップグレードするのが先決です。次のステップに進むための、地道な準備期間としましょう」


健太の冷静な判断に二人が異を唱えることはなかった。このパーティーの頭脳であり、屋台骨である健太の方針に絶対の信頼を置いていたからだ。


数日後、健太は次のダンジョン攻略を見据え、新たな「資材」の調達に動いていた。

彼が目をつけていたのは『銀鋼石』という特殊な鉱石。魔力伝導率が非常に高く、これを加工して矢尻やトラップの部品に組み込めば威力を格段に向上させられるはずだった。

ところが、ギルド周辺の武具店や素材屋を何軒回っても答えは同じだった。


「銀鋼石? ああ、申し訳ないねえ。つい先日、全部買い占められちまって今は在庫が一つもないんだよ」

「うちもだ。なんか、大手のギルドさんが市場に出回ってる分を根こそぎ持ってっちまったらしくてね」

「どこのギルドかは箝口令が敷かれてて言えないんだけど……」


健太は眉をひそめた。偶然にしてはあまりにも不自然だ。

その夜、アジト代わりにしている安宿の一室で健太はその状況を二人に報告した。

「私が必要としていた素材だけじゃない。シオンさんの刀のメンテナンスに必要な『月光油』や、リョウ君が使う特殊な投げナイフの素材も市場から姿を消しています。これは、意図的な妨害と見て間違いないでしょう」


「妨害だと!? 誰が、一体何のために!」

リョウが怒りを露わにした。

「決まってる。俺たちに、これ以上活躍させたくない奴らだ」

健太の目は冷静に事態を分析していた。

「リョウ君、あなたの力で黒幕を特定できますか?」

「任せな、旦那!」

リョウはその夜のうちに裏社会の情報網へとダイブしていった。


翌朝、目の下に濃い隈を作ったリョウが、一枚の羊皮紙をテーブルに叩きつけた。

「……ビンゴだ。黒幕は、大手ギルド『グリフォン』。間違いねえ」


『グリフォン』。

日本でも五本の指に入る巨大ギルドの一つ。圧倒的な資金力と政治力を背景に、商業主義的な運営で勢力を拡大してきた。有望な新人パーティーを強引に引き抜いたり、敵対するギルドを経済的に追い詰めて潰したりと、そのやり方は常に強引で黒い噂が絶えない。


「俺たちがアースドラゴンを討伐したことで、奴らの縄張りを荒らされた、とでも思ったのかね。気に食わねえ奴はダンジョンで潰すんじゃなく、市場で潰す。いかにも、あいつらがやりそうな陰湿な手口だ」

リョウが忌々しげに吐き捨てる。

シオンは黙って刀を握りしめていた。その瞳には静かな怒りの炎が燃えている。


だが、健太の反応だけは違っていた。

彼はリョウが突きつけた報告書を読みながら、ふっと笑みを漏らした。それは怒りでも、困惑でもない。

まるで、手強い競合企業の戦略分析レポートを読み解いた時のような獰猛で、楽しげな笑みだった。


「なるほど、市場の独占とサプライチェーンの破壊による兵糧攻め、ですか」

健太は懐かしいビジネス用語を呟いた。

「面白い。実に、面白い。ダンジョンで戦うだけが探索者の戦いではない、と。良いでしょう。その喧Cランク買ってあげますよ」


彼の不敵な言葉にシオンとリョウは顔を見合わせる。

この男はまた何か、とんでもないことをやらかす気だ。二人の脳裏に同じ予感がよぎっていた。

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