第57話 明かされた真実と新たな協力関係
戦場だったはずの広場は、今や奇妙な静けさとシュールな光景に包まれていた。
ゴブリンたちは未だに『ハッピー・スモーク』の効果から抜け出せず、手を取り合って輪になって陽気に踊り続けている。その中心ではゴブリン・チャンピオンが幸せそうな寝顔でいびきをかいている。
一方、王国騎士団の面々は、そのあまりにも非現実的な光景を前に、ただ呆然と立ち尽くすばかりだった。
彼らの誇りも自信も常識も、この数十分の間にすべてが粉々に砕け散ってしまったのだ。
「……君は、いったい……」
ようやく我に返ったアレスター隊長が、絞り出すような声で俺に尋ねた。その青い瞳にはもはや警戒や敵意はなく、ただ純粋な畏怖と混乱の色だけが浮かんでいる。
「俺はルイン。ただの村長だ」
俺は肩をすくめて答えた。
「……村長……。君が、あの村の……。そして、この信じがたい現象を引き起こしたと……?」
「まあ、そんなところだ」
俺は踊り狂うゴブリンたちを指差した。
「こいつらはもう戦う気はない。放っておけば、そのうち森の奥へ帰っていくだろう。あんたたちの今日の任務は、これで終わりだ」
俺の言葉に、アレスターはぐっと唇を噛み締めた。
完敗だった。
それも手も足も出ない、圧倒的な完敗。
自分たちが命がけで戦っても勝てなかった脅威。それを目の前の青年は、まるで子供をあやすかのようにいともたやすく無力化してしまった。
「……我々の負けだ」
彼は潔く敗北を認めた。そして、俺に向かって騎士として最高の敬意を示す深々とした礼をした。
「ルイン殿。先ほどの無礼な態度、心からお詫びする。そして、我々の命を救っていただいたこと、重ねて感謝申し上げる」
その実直な態度に、俺は少しだけ好感を抱いた。
ガイアスのような見苦しい言い訳や責任転嫁をする男ではないらしい。
「顔を上げろよ。別に、あんたたちを辱めるためにやったわけじゃない」
俺は彼に言った。
「ただ知って欲しかっただけだ。この森の問題が、剣と魔法だけで解決できるような単純なものじゃないってことをな」
俺はアレスターと彼の部下たちを、俺たちの村へと案内することにした。
彼らが再び『安らぎの庭』の壮麗なログハウスと、そこに暮らす多様な村人たちの姿を目にした時の驚きは、もはや言うまでもない。
俺たちは広々としたリビングでテーブルを囲んだ。
エリナが騎士たちのために疲労回復効果のあるハーブティーを淹れてくれる。グレンは興味深そうに彼らの銀色の鎧を鑑定し、フェンはアレスターの足元で、なぜかすっかり懐いて尻尾を振っていた。
俺は彼らに単刀直入に切り出した。
この森で今、何が起ころうとしているのか。
『世界の歪み』の存在。
魔瘴の濃度の上昇と魔物の凶暴化。
そして、それらがやがて世界全体を蝕む大きな災厄の前兆であるというエリナの仮説を。
俺の話を騎士たちは、最初は半信半疑の顔で聞いていた。
だが、エリナが古代エルフとしての知識を交え、グレンが鉱石の異常な変化を専門家として証言するに及んで、彼らの表情は次第に深刻なものへと変わっていった。
「……信じられん。そんなおとぎ話のような災厄が、現実に起ころうとしていると……?」
アレスターが呻くように言った。
「だが、我々が今日目の当たりにした魔物の異常な凶暴化。そして、あなた方の常識を超えた力。それらを考え合わせれば、あなたの話をただの戯言として切り捨てることはできない……」
彼は深く長い溜息をついた。
そして、決意を固めたような目で俺を見つめた。
「……ルイン殿。改めてお願いしたい。どうか我々に力を貸していただけないだろうか」
今度の申し出には、以前のような騎士としてのプライドや上からの目線はなかった。
ただ純粋に世界を憂い、民を守ろうとする一人の男としての必死の願いが込められていた。
「我々だけでは、この世界の危機に立ち向かうことはできない。だが、あなた方の知識と力があれば……。いや、あなた方しかこの事態を収拾できる者はいないのかもしれない」
俺は黙って彼の言葉を聞いていた。
そして、隣に座るエリナとグレンに視線を送る。
二人は静かに、だが力強く頷いた。
俺たちの思いは同じだった。
「……わかった」
俺は答えた。
「協力しよう。俺たちも、この庭とここに住む仲間たちを守る必要があるんでな。目的は同じだ」
俺のその一言に、アレスターの顔がぱっと明るくなった。
「おお……! 本当か、ルイン殿!」
「ただし、条件がある」
俺は続けた。
「俺たちはあんたたちの部下になるつもりはない。あくまで対等な協力者として行動させてもらう。そして俺たちのこの村の自治と平和は、王国であろうと絶対に干渉させない。この条件が飲めるのなら、手を組もう」
俺の提示した条件に、アレスターは一瞬の迷いもなく頷いた。
「……承知した。いや、当然のことだ。あなた方は我々が敬意を払うべき独立した力だ。王国も決して不当な干渉はすまい。このアレスター・グレイウォードが、命に代えても保証する」
彼はそう言うと、俺に向かって右手を差し出した。
俺もその手を力強く握り返した。
こうして、この呪われた森の奥深くで、森の賢者(仮)と王国の騎士団との間に固い協力関係が結ばれた。
それは種族も立場も超えた、ただ世界を守りたいという共通の目的の下に結ばれた新しい絆だった。
「さて、と」
俺は握手を解くと、にやりと笑った。
「協力関係の証だ。今日は歓迎の宴にしようじゃないか。うちの自慢の酒と料理を、腹一杯食わせてやる」
俺の提案に、疲れ果てていた騎士たちの顔にもようやく笑顔が戻った。
その夜『安らぎの庭』では、今までで一番盛大な宴が開かれた。
騎士たちも村人たちも立場を忘れ、共に飲み語り笑い合った。
アレスターとグレンは酒を酌み交わしながら武具談義に花を咲かせ、カインと名乗った若い騎士はエリナの美しさに完全に넋を失っていた。
その賑やかで温かい光景を眺めながら、俺は思う。
俺が望んでいた静かなスローライフとはずいぶんかけ離れてしまった。
だが、この新しい日常も悪くない。
いや、むしろこっちの方がずっと面白いかもしれない。
世界の危機という巨大な脅威を前に、俺たちの『安らぎの庭』は今、閉ざされた楽園から反撃の狼煙を上げる最前線の拠点へと、その役割を変えようとしていた。
俺たちの本当の戦いはこれからだ。
俺は新しい仲間たちと共に未来を見据え、極上の『紫怨の魂』を呷った。その味は、勝利の予感に満ちていた。
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