第二十話 捕虜たちのカルチャーショック

人間連合軍十万が潰走した翌日。

魔王城では、大規模戦闘の後処理が、俺の作ったマニュアルに従って、驚くほど効率的に進められていた。

破損した武具は修繕チームへ、消費した物資の在庫補充はグラヴィスの管理システムへ、そして、今回の戦闘で得られた各種データは、次なる改善のための分析チームへと、淀みなく流れていく。

まさに、完璧なプロジェクト・クロージングだ。


俺が、執務室で満足げに最終報告書をまとめていると、魔王ヴァルヴァトス直々の召集がかかった。

玉座の間に赴くと、そこには魔王と四天王が勢揃いしていた。彼らの議題は、今回の戦で生じた、唯一にして最大の『負の遺産』の処遇についてだった。


「ケントよ、よく来てくれた」

魔王は、いつもより硬い表情で口を開いた。

「議題は、捕虜となった数千の人間兵の処遇についてだ。今までの慣例に従えば、労働力として魔鉱石の採掘場に送るか、あるいは見せしめとして処刑するか……。皆の意見を聞きたい」


魔王の言葉に、リザリアが腕を組んで答える。

「私個人としては、もはや奴らに戦意はないと見る。無用な殺生は好まん。だが、労働力として使うにしても、反乱のリスクがつきまとう。管理コストも馬鹿にならん」

以前の彼女なら、即座に「皆殺しにしろ」と言っていたかもしれない。だが、俺の改革を経て、彼女も物事をコストとリスクで考える癖がつき始めていた。


「私の部署で、彼らの身元や能力を調査することも可能ですが……数が多い。それに、彼らを養う食費も、馬鹿になりませんな」

グラヴィスが、現実的な懸念を口にする。


「いっそ、僕の部下に『実験材料』として引き渡してくれれば、色々と面白いデータが取れると思うけどねえ」

メフィストが、物騒な冗談を言う。


「……めんどくさいから、みんな、にがしてあげれば……?」

ネムの意見が、ある意味では一番穏当かもしれなかった。


議論は、平行線を辿る。

殺すにせよ、生かすにせよ、数千という捕虜の存在は、魔王軍にとって扱いの難しい爆弾のようなものだった。

やがて、全ての視線が、沈黙を守っていた俺へと集まった。


「ケントよ。お主の考えを聞かせてはくれまいか」

魔王の問いに、俺は静かに頷くと、一歩前に進み出た。

そして、彼らが想像もしなかったであろう、第三の選択肢を提示した。


「殺しもせず、奴隷にもせず、そして、ただ解放することもしません」

俺は、自信に満ちた笑みを浮かべた。

「彼らには、我が魔王軍の『インターンシップ』に参加してもらいます」


「「「……いんたーんしっぷ?」」」

全員が、奇妙な響きの言葉に首を傾げた。


「職場体験、とでも言いましょうか」

俺は、その驚くべき計画の全容を語り始めた。

「彼らを、一定期間、魔王軍の『研修生』として扱い、我々の労働環境と福利厚生を、その身をもって体験させるのです。そして、プログラム終了後、彼らを解放し、人間社会へと送り返す。これが、私の提案です」


「……ケント、それは一体、何のために?」

リザリアが、困惑した表情で尋ねる。

「目的は二つ。第一に、『口コミによる内部崩壊の誘発』です」

俺は、前世のマーケティング理論を、このファンタジー世界に持ち込んだ。

「解放された兵士たちは、生きた広告塔となります。彼らが語る『魔王軍の素晴らしい労働環境』は、噂となって人間社会に広まり、民衆の間に、自国への不満と、我々への奇妙な憧れを植え付けるでしょう。武器を使わずして、敵の士気を内側から破壊するのです」


「そして、第二の目的は、『優秀な人材のスカウティング』です」

「すかうてぃんぐ?」

「中途採用ですよ。インターンシップの過程で、我が軍の理念に共感し、『ここで働きたい』と願う優秀な者がいれば、我々は彼らを新たな仲間として迎え入れる。人間であろうと、なんであろうと、優秀な人材は常に確保すべきです。これは、組織の持続的な成長のための『採用活動』です」


俺のあまりに異質で、あまりに計算高い提案に、玉座の間は水を打ったように静まり返った。

魔王も、四天王たちも、ただ呆然と俺を見つめている。

彼らの常識では、戦争とは、血と暴力で雌雄を決するもの。敵を『採用』するなど、発想の埒外だったのだ。


やがて、沈黙を破って、メフィストがくつくつと笑い出した。

「……はは、ははは! 面白い! ケント、君は本当に最高だ! 敵兵の心すら、福利厚生でハッキングしようというのか! まさに、悪魔の所業だね!」


こうして、俺の前代未聞の提案は、魔王の最終的な裁可を得て、実行に移されることとなった。



捕虜収容所に集められた数千の人間兵たちに、インターンシッププログラムの実施が通達された時、彼らは当然、それを新たな拷問か、残虐な人体実験の始まりだと考え、絶望に打ち震えた。


だが、彼らが最初に連れて行かれた場所は、拷問部屋ではなく、湯気の立つ大食堂だった。

そして、目の前に並べられたのは、ニュリが腕によりをかけて作った、栄養満点のシチューと、ふわふわの白パン。

「……毒でも入っているんじゃないか……?」

兵士たちは、疑心暗鬼に駆られながらも、あまりの空腹に耐えきれず、恐る恐るスプーンを口に運んだ。


次の瞬間、彼らの目に、涙が溢れた。

「う……美味い……!」

「なんだ、これは……故郷のおふくろの味より、ずっと美味いぞ……!」

彼らは、生まれて初めて味わう本物の『食事』に、ただ夢中でがっついた。


次に彼らが案内されたのは、魔王城自慢の温泉施設だった。

戦場で負った傷、長旅の疲労が、魔法のように癒えていく。

「……天国だ……俺たち、もう死んで、天国に来ちまったんじゃないのか……」

ある兵士が、湯船でそう呟くと、周りの者たちも、 молча頷いた。


翌日からは、簡単な『業務』が割り当てられた。

城内の清掃、資材の運搬、武具のメンテナンス補助などだ。

だが、そこには、彼らが想像していたような、奴隷としての過酷な労働はなかった。

作業時間は厳密に管理され、一定時間ごとに必ず休憩が与えられる。水分補給も徹底され、少しでも体調が悪そうな者がいれば、すぐに衛生兵が駆けつけてくる。

何より、彼らを監督する魔族の兵士たちが、一切の暴力や罵声を振るわないことに、人間たちは衝撃を受けた。


「おい、人間! その運び方じゃ、腰を痛めるぞ! 俺が手本を見せてやる!」

オークの兵士が、ぶっきらぼうだが親切に、正しい荷物の持ち方を教えてくれる。

「へたくそだなあ。剣の磨き方は、こうやるんだよ。こうすりゃ、貢献ポイントがもらえるんだぜ」

ゴブリンの兵士が、得意げに武具の手入れのコツを伝授してくれる。


人間兵士たちは、目の前の光景が信じられなかった。

残虐非道な魔物だと教えられてきた彼らが、種族の壁を越え、互いに協力し、楽しそうに働いている。

そして、彼らのモチベーションの源泉が、中央広場の『ランクボード』にあることを知った時、彼らの価値観は、完全に崩壊した。


努力すれば、生まれや種族に関係なく、誰でも正当に評価される。

頑張った分だけ、必ず報われる。

そんな、当たり前で、しかし自分たちの国では決してありえなかった『公平さ』が、この魔王軍には、確かに存在していた。


「……なあ。俺たち、一体何のために戦ってたんだろうな」

インターンシップが始まって一週間が経つ頃には、そんな言葉が、人間兵たちの間で、ごく当たり前のように交わされるようになっていた。

彼らの心は、もはや魔王軍に敵意を抱いてはいなかった。

むしろ、この驚くべき組織に対する、畏敬と、羨望の念で満たされ始めていた。


俺は、そんな彼らの変化を、作戦司令室のモニター越しに、満足げに眺めていた。

モニターには、各捕虜の『忠誠心』や『ストレスレベル』といったパラメーターが、俺の【解析】スキルによって、リアルタイムで表示されている。

彼らの忠誠心のベクトルが、人間王国から魔王軍へと、劇的にシフトしていくのが、一目瞭然だった。


「洗脳なんて、野蛮で非効率なやり方は古いんですよ、メフィスト殿」

俺は、隣で興味深そうにモニターを眺めるメフィストに語りかけた。

「最高の労働環境と、公平な評価制度。それこそが、最も効果的で、最も人間的なマインドコントロールなんです」


俺の言葉に、メフィストは心底愉快そうに喉を鳴らした。

捕虜たちの心が、完全に『堕ちた』ことを確認した俺は、そろそろ、このインターンシップの最終段階へと移行する時だと判断した。

それは、彼らに、究極の選択を迫る時だった。

故郷へ帰るか、それとも――。

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