第7話:冒険者登録と最初の依頼

フロンティアの喧騒は、リオにとって新鮮であり、同時に少しだけ気後れするものだった。王都の整然とした街並みとは違い、ここではあらゆるものが剥き出しで、力強く、そして混沌としている。彼は人波をかき分けながら、まずは冒険者ギルドを探すことにした。


幸い、ギルドの場所はすぐに見つかった。街の中央広場に面した一角に、ひときわ大きく、そして頑丈そうな木造の建物が建っていた。入口の上には、交差した剣と杖を象った大きな木製の看板が掲げられており、そこが冒険者ギルドであることを示している。建物からは、酒と汗と、そして微かな血の匂いが混じり合った、独特の熱気が漂ってくるようだった。


リオは意を決して、ギルドの重い木の扉を押し開けた。途端に、内部の喧騒が彼を包み込む。広いホールには、カウンター、依頼が張り出された巨大な掲示板、そしてテーブルと椅子がいくつも置かれ、多くの冒 peintre 者たちが情報交換をしたり、酒を酌み交わしたりしていた。


壁には様々な魔物の剥製や、巨大な武器などが飾られている。鎧姿の屈強な戦士、軽装の斥候、ローブを着た魔術師、そしてドワーフや獣人といった亜人の姿も多く見られる。誰もが歴戦の猛者といった雰囲気を漂わせており、新参者であるリオは明らかに浮いていた。いくつかの好奇や侮りの視線が、彼に突き刺さるのを感じる。


(……すごい熱気だな。これが、辺境の冒険者ギルドか)


王都の魔術師団とは全く違う、実力主義と生存競争の匂いが充満している。ここでやっていくには、相当な覚悟と実力が必要になるだろう。リオは少しだけ緊張しながらも、受付カウンターへと向かった。


カウンターの内側には、数人の受付嬢が忙しそうに書類を処理したり、冒険者たちの応対をしたりしていた。リオは、比較的空いているカウンターを選び、声をかけた。


「すみません、冒険者登録をお願いしたいのですが」


応対してくれたのは、栗色の髪をポニーテールにした、快活そうな若い女性だった。彼女は書類から顔を上げ、リオを見ると、少しだけ意外そうな表情を浮かべた。おそらく、リオの見た目が、このギルドにいる他の荒くれ者たちとは少し違って見えたのだろう。


「はい、新規登録ですね。ようこそ、フロンティア冒険者ギルドへ! 私は受付のサラと申します。よろしくお願いしますね」


サラは、にこやかな笑顔で対応してくれた。その屈託のない笑顔に、リオは少しだけ緊張が和らぐのを感じた。


「こちらこそ、よろしくお願いします。リオ・アシュトンと申します」

「リオさんですね。では、こちらの書類にご記入をお願いします。お名前、年齢、出身地、それから、扱える武器や魔法、特技などですね。正直に書いてくださいね。虚偽の申告は、後で大変なことになりますから」


サラはそう言って、一枚の羊皮紙とインク、ペンを差し出した。リオはそれを受け取り、カウンターの隅で記入を始めた。名前、年齢(20歳と書いた)、出身地は「東部の地方都市」と曖昧に記した。問題は、武器や魔法、特技の欄だ。


(武器は……ほとんど扱えないな。魔法は……)


宮廷魔術師団にいたとはいえ、リオは戦闘訓練にはほとんど参加させてもらえなかった。【ライトニング・ランス】は強力だが、軽々しく書くわけにはいかない。【ルミナ・スフィア】や【リペア・フラグメント】も同様だ。そして、彼の核となる【言語魔法】。これをどう説明したものか。


(「古代言語の解読と、それに基づく魔法の解析が得意」……これなら、嘘ではないし、ある程度は伝わるか……?)


しかし、「古代言語」などと書けば、無用な詮索を受けるかもしれない。辺境とはいえ、古代遺跡や魔法に興味を持つ者は少なくないはずだ。今はまだ、目立たずに力を蓄えたい。


結局、リオは悩んだ末に、魔法の欄には「初級程度の生活魔法、及び、解析・補助系の魔法少々」とだけ記した。特技の欄には、「古文書の読解、魔法陣の分析」と書いた。地味だが、嘘ではない。これならば、ただの駆け出しの、少し変わったタイプの魔術師見習いに見えるだろう。


記入を終えた書類をサラに提出すると、彼女はそれに目を通し、軽く眉を上げた。


「解析・補助系の魔法、ですか。それに古文書の読解……。ふむ、ちょっと珍しいタイプですね。戦闘はあまり得意ではない、と?」

「はい。正直に言って、実戦経験はほとんどありません。ですが、知識や分析能力で貢献できると思っています」

「なるほど……。分かりました。では、次に簡単な実技テストを受けていただきます。ここでは、最低限の自己防衛能力があるかどうかの確認をさせてもらっていますので」


サラはそう言うと、カウンターの奥にある訓練場らしき方向を指差した。


「えっ、実技テストですか?」


リオは少し驚いた。聞いていなかった。


「はい。簡単なものです。魔術師の方なら、基本的な攻撃魔法か、あるいは防御魔法を一つ、あそこの的に向かって見せていただければ結構です。あくまで、全くの素人ではないことの確認ですので、威力などは問いません」


(基本的な攻撃魔法か防御魔法……。困ったな。【ライトニング・ランス】は論外だし、宮廷で習った初級攻撃魔法は、正直、威力も精度も自信がない……)


追放されるまで、リオは攻撃魔法の訓練をまともに受けてこなかったのだ。【言語魔法】の研究に没頭していた、というのもあるが、それ以上に、バルカスたちから「無駄だ」と嘲笑され、訓練に参加しづらい雰囲気だったというのも大きい。


リオが逡巡していると、サラが少し心配そうな顔でこちらを見た。


「あの、もしかして、本当に基本的な魔法も……?」

「い、いえ、そういうわけでは……ただ、あまり得意ではなくて」

「そうですか……。うーん、困りましたね。規定では、何らかの実技を示せないと、登録は難しいのですが……」


サラが困ったように呟いた、その時だった。


「おいサラ、そいつが例の新人か? 何かモタモタしてるようだが」


不意に、横から低い声がかけられた。見ると、カウンターに片肘をつき、こちらを面白くなさそうに見ている、体格の良い戦士風の男が立っていた。顔には深い傷跡があり、使い込まれた革鎧からは、歴戦の風格が漂っている。腰には大きな戦斧が吊るされている。


「あ、ゴードンさん。ええ、この方がリオさんです。今、登録手続き中で……」

「フン、ひょろっとした兄ちゃんだな。魔術師だって? そんなんで、このフロンティアでやっていけるのかねぇ」


ゴードンと呼ばれた男は、あからさまに侮るような視線をリオに向けた。


「まあまあ、ゴードンさん。見た目で判断しちゃダメですよ。それで、リオさん、どうします? 何か一つ、見せられる魔法はありませんか? 本当に簡単なものでいいんですよ。【ライト】とかでも……」


サラが助け舟を出してくれるが、リオは迷っていた。ここで下手な魔法を見せれば、ますます侮られるだけだろう。かといって、古代魔法を使うわけにもいかない。


(……いや、待てよ。何も派手な魔法を見せる必要はないんだ。【言語魔法】の応用を見せればいい)


リオは決意し、サラに向き直った。


「分かりました。では、少し変わったものですが、お見せします」


彼はそう言うと、カウンターの上に置かれていた、インク壺とペン立てに意識を集中させた。そして、【言語魔法】の力で、それらの物体に込められた微かな「情報」――素材、製法、使われてきた時間――を読み取る。


「そのインク壺は、おそらく3年ほど前に、王都の西地区にある工房で作られたものですね。素材は粘土を焼いた陶器で、底に小さな欠けがあります。ペン立てはもう少し古く、北方の硬い木材で作られています。表面には、持ち主がつけたと思われる細かい傷が無数に……」


リオは、まるで品定めでもするかのように、淡々と情報を口にした。サラは最初、きょとんとしていたが、リオが指摘したインク壺の底の欠けや、ペン立ての傷を確認すると、驚きに目を見開いた。


「えっ!? なんでそんなことまで分かるんですか!? まるで鑑定士みたい……」

「俺の魔法は、物や言葉に込められた情報を読み解くのが得意なんです。戦闘には向きませんが、調査や分析には役立つかと」


リオはそう言って、にこりともせずに答えた。横で聞いていたゴードンも、少し目を見張っている。彼の「鑑定」は、単なる観察力だけでは説明がつかないレベルのものだったからだ。


サラはしばらく驚いていたが、やがて納得したように頷いた。


「……分かりました! リオさんの能力、確かに確認しました! これなら、戦闘は苦手でも、特定の依頼で活躍できるかもしれませんね! 実技テストはこれでクリアとします!」


どうやら、リオの【言語魔法】の一端は、無事に認められたようだ。戦闘能力ではなく、ユニークな情報収集能力を示すことで、最低限のハードルを越えることができた。


「ありがとうございます」

「いえいえ! では、こちらがリオさんの冒険者プレートです。ランクは一番下のG級からスタートになります。依頼をこなして実績を積めば、ランクアップしていきますから、頑張ってくださいね!」


サラはそう言って、一枚の銅製の小さなプレートを手渡した。プレートには、リオの名前とG級というランク、そしてギルドの紋章が刻まれている。これが、彼の冒険者としての身分証明となる。


「それから、ギルドの簡単な利用案内と、現在G級冒険者が受けられる依頼の一覧です。依頼はあちらの掲示板で確認して、受ける場合はカウンターまで来てください。分からないことがあれば、いつでも聞いてくださいね!」


サラは手際よく説明し、数枚の羊皮紙をリオに渡した。


「ありがとうございます。助かります」


リオは礼を言って、プレートと書類を受け取った。ひとまず、冒険者としての第一歩は踏み出せたようだ。横にいたゴードンは、まだ少し疑いの目を向けてはいたが、それ以上何も言わずに立ち去っていった。


リオはカウンターを離れ、ギルドのホールを見渡した。まずは、受けられる依頼を確認しよう。彼は、巨大な依頼掲示板へと向かった。


掲示板には、様々な依頼書が所狭しと貼り出されている。魔物討伐、護衛、採集、調査、配達……。依頼内容と共に、推奨ランク、報酬、依頼主などの情報が記されている。ランクが高い依頼ほど、危険度も報酬も高いようだ。


リオは、G級向けの依頼がまとめられた一角に目を向けた。


「『街の清掃補助:報酬銅貨5枚』……『ゴブリンの巣の偵察(戦闘なし):報酬銅貨30枚』……『薬草『月見草』の採集:1株につき銅貨2枚』……」


やはり、G級向けの依頼は地味で報酬も安いものが多い。しかし、今のリオには実績が必要だ。それに、所持金も心許ない。まずは、確実にこなせそうな依頼から始めるべきだろう。


その中で、リオの目に留まった依頼があった。


「『依頼:古代遺跡の碑文の写し取り』……推奨ランク:G級。報酬:銀貨1枚。場所:フロンティア近郊の小規模遺跡。詳細:遺跡内部にある石碑の文字を正確に写し取ること。危険度は低いが、特殊な知識(古文書読解)が必要なため、希望者僅少。依頼主:学者ギルド所属、エルウッド氏」


(古代遺跡の碑文……! しかも、古文書読解の知識が必要……これだ!)


リオの心が躍った。これほど今の自分にうってつけの依頼はないだろう。危険度も低いと書かれているし、報酬もG級にしては悪くない。何より、古代の文字に触れることができるかもしれない。


「すみません、サラさん。この依頼を受けたいのですが」


リオは依頼書を剥がし、再びサラの元へ向かった。


「はい、どれどれ……『古代遺跡の碑文の写し取り』ですね。ああ、この依頼、ずっと残ってたんですよ。珍しい文字らしくて、読める人がいなくて。リオさんなら、確かにお得意分野かもしれませんね!」


サラは依頼書を確認し、にっこりと笑った。


「では、こちらの依頼、リオさんがお受けになりますね。依頼主のエルウッドさんには、こちらから連絡しておきます。場所は街の東、森を抜けた先にある小さな丘です。地図はこちらに。気をつけて行ってきてくださいね!」


サラは手早く手続きを済ませ、簡単な地図をリオに渡した。


「ありがとうございます。行ってきます」


リオは地図を受け取り、ギルドを後にした。


最初の依頼が決まった。しかも、自分の能力を活かせそうな、興味深い内容だ。古代遺跡で得た知識と力を試す、絶好の機会かもしれない。


しかし、その前にやるべきことがある。まずは宿を探し、最低限の装備を整えなければならない。リオは、フロンティアの街の喧騒の中へと再び足を踏み入れた。期待と、ほんの少しの不安を胸に抱きながら。彼の辺境での冒険者生活が、いよいよ具体的に動き出そうとしていた。

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